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あたしは行為を終えたベッドの上で息を深く吐いた。
絶頂を迎えた相手はあたしの上に覆い被さって体力の回復を待っていた。
重くて苦しいけどこの重量感があたしは好きだった。
相手の呼吸、鼓動の音、汗ばんだ皮膚が感じ取れるくらい密着することがあたしの寂しさを埋めてくれる。
この日の相手は細身のおじさん、わりと見た目は悪くなくいい人だった。
やさしく触れて撫でて愛してくれた。
もちろん、愛をくれるのはベッドの上にいる時間だけ。
あたしのことを一生をかけて愛してくれるはずないし、あたしもそんなことは望んでない。
一生をかけた愛なんて、そんなお手軽に手に入るわけないもん。
おじさんは「ありがとう」と言ってあたしを解放してシャワーを浴びに行っちゃった。
この瞬間がさびしくて苦手。
置いてけぼりにされたような感じ。
子どもみたいに泣きじゃくりたくなるけど、そこはもう子どもじゃないから我慢する。
シャワー室から出てきたおじさんは腰にタオルを巻いて「次、いいよ」ってあたしを浴室へ促した。
あたしは何も言わずに浴室に行ってシャワーを浴びる。
胸元に付いたキスマークを指でなぞりながら、汗を洗い流した。
さっぱりしていい気持ち。
だけどやっぱり少し侘しい。
さっきまでの時間がよかっただけに、終わりは物寂しさに襲われる。
子どもの頃、夢中になって見ていたアニメのエンディングを迎えたような、あの寂しさをさらに強くした感じ。
シャワー室を出ると、おじさんが腰にタオルを巻いたまま、ベッドに腰掛けてた。
あれ?まだ服着てないの?二回戦目突入?ホテルの延長料払ってくれるならいいけど。
「奈緒ちゃん、大事な話がある」
「どうしたの?」
おじさんは緊張しているようで、雰囲気から二回戦目はないなと察し、あたしは下着を身につけながら聞いた。
「ごめん、もう会えそうにない」
ああ、ついにこの時が来たか。
少しショックだったけど、あたしはできる限り感情を表に出さずに淡々と話した。
「どうして?」
「俺も本格的に将来のことを考える必要があると思ってさ」
「結婚相手を探すってこと?」
「そう」
将来のことを意識するには遅くない?おじさんいくつだっけ?と言いそうになったけど、まあ何事にも遅すぎるということはないって言うし、あたしは黙って頷いた。
「来週、友達の紹介で女性と会うことになったんだ。こんなことをしているとバレたら大変だ」
「そっか、寂しいけど仕方ないね」
「これ、今までのお礼分」
おじさんは福沢諭吉さんの描かれた紙をテーブルに置いた。
数えたら十枚!奮発したなおじさん!
でも、正直なところ、残念だった。
このおじさんは話してて楽しかったし、身体の相性も良かった。
会えなくなるのは寂しい。
会ってたのはお金が欲しかったからじゃないわけだし。
でもいつかはこの関係も終わるって分かってたから、こういうことにはもう慣れっこだ。
あたしはブラウスを着て、制服のネクタイを結んで言った。
「ありがとう。じゃあ、最後にお別れのキスして」
おじさんの首に腕を絡ませながら囁いた。最後だし、思いっきり甘えたい。
「別れたくないな」
おじさんはあたしの背中に腕を回した。
「おじさんが言ったんでしょ?」
「君との将来を考えてはだめかな?」
意外な返答にあたしは少し驚いた。
そんなにあたしのことを気に入ってくれていたなんて、嬉しくて少し涙が出た。
でも、身体から入った関係なんて、本気になっても長く続かない。
「ダメダメ、あたしはそんなの望んでないから!はやく!」
急かすとおじさんは名残惜しそうにキスをしてくれた。
「今までありがとう。幸せになってね!」
あたしはおじさんを置いてラブホテルを出た。
寂しかったけど、我ながら爽やかな別れができたと達成感があった。
また新しい相手を見つけないとな。
あたしが人との繋がりを感じられるのは抱かれている時だけ。
だから、時間があれば、あたしを買ってくれる人を探して彷徨っている。
ぶらぶらと街を歩いていると、少し離れたところで他の学校の生徒二人がこちらを見ていた。
最悪、小学校時代の同級生だ。
二人はあたしを指差して聞こえよがしに悪口を言い出した。
「まだこの町にいるなんて信じられなーい」
「よくあんなことあって、ここで生活できるよねー。さすが性悪女」
「あの子が入学できるなんて、SI高って実は馬鹿なんじゃないのー?」
そういう彼女らの着ている制服は、あたしが通う高校よりも偏差値が二十も下である。だから何だって話だが。
そういえば、今日は金曜日。
タヌキおじさんがこの時間は仕事が早く終わるから空いていると言ってた事を思い出した。
タヌキおじさんを誘ってみるか。
あんな悪口に腹を立てる暇があったら、タヌキおじさんのぽってりとしたお腹でも撫でていた方が有意義だ。
あたしは携帯電話を取り出しメールを送った。
すぐにタヌキおじさんから返信があり、近くのドーナツ屋さんで会うことにした。
人生短いし、時間は楽しいことに使った方がいいよね。
あたしはドーナツ屋さんでココナッツのドーナツを齧りながら、タヌキおじさんの話に相槌を打った。
タヌキおじさんはあたしを初めて買った人で、長い付き合いだった。
優しそうなタレ目に柔らかそうなお腹がタヌキを思わせたからあたしはそう呼んでいる。
身体の相性がいいのはもちろん、お互いの波長が合うのか居心地がよかった。
おじさんが話すのは仕事のことで、あたしはひたすら聞く方に回っている。
でも、タヌキおじさんの話は学生のあたしには知らないことばかりで、聞いていて楽しいし、あたしの過去を詮索されるわけじゃないから気が楽だ。
二人でコーヒーを飲み終えたら、ホテルに行って愛し合った。
タヌキおじさんのタヌキのようなお腹をポンポン叩くとぽよんと揺れて、お互い笑い合った。
こんな生活を、かれこれ五年ほど続けている。
あなたは軽蔑する?
まあ、されても仕方がないし、慣れっこだからいいんだ。
でもね、こういうことでしか愛情を得られない人間もいるんだよ。
だから、否定しないで、最後まで読んで欲しい。
あたしの人生で起こった出来事を。
絶頂を迎えた相手はあたしの上に覆い被さって体力の回復を待っていた。
重くて苦しいけどこの重量感があたしは好きだった。
相手の呼吸、鼓動の音、汗ばんだ皮膚が感じ取れるくらい密着することがあたしの寂しさを埋めてくれる。
この日の相手は細身のおじさん、わりと見た目は悪くなくいい人だった。
やさしく触れて撫でて愛してくれた。
もちろん、愛をくれるのはベッドの上にいる時間だけ。
あたしのことを一生をかけて愛してくれるはずないし、あたしもそんなことは望んでない。
一生をかけた愛なんて、そんなお手軽に手に入るわけないもん。
おじさんは「ありがとう」と言ってあたしを解放してシャワーを浴びに行っちゃった。
この瞬間がさびしくて苦手。
置いてけぼりにされたような感じ。
子どもみたいに泣きじゃくりたくなるけど、そこはもう子どもじゃないから我慢する。
シャワー室から出てきたおじさんは腰にタオルを巻いて「次、いいよ」ってあたしを浴室へ促した。
あたしは何も言わずに浴室に行ってシャワーを浴びる。
胸元に付いたキスマークを指でなぞりながら、汗を洗い流した。
さっぱりしていい気持ち。
だけどやっぱり少し侘しい。
さっきまでの時間がよかっただけに、終わりは物寂しさに襲われる。
子どもの頃、夢中になって見ていたアニメのエンディングを迎えたような、あの寂しさをさらに強くした感じ。
シャワー室を出ると、おじさんが腰にタオルを巻いたまま、ベッドに腰掛けてた。
あれ?まだ服着てないの?二回戦目突入?ホテルの延長料払ってくれるならいいけど。
「奈緒ちゃん、大事な話がある」
「どうしたの?」
おじさんは緊張しているようで、雰囲気から二回戦目はないなと察し、あたしは下着を身につけながら聞いた。
「ごめん、もう会えそうにない」
ああ、ついにこの時が来たか。
少しショックだったけど、あたしはできる限り感情を表に出さずに淡々と話した。
「どうして?」
「俺も本格的に将来のことを考える必要があると思ってさ」
「結婚相手を探すってこと?」
「そう」
将来のことを意識するには遅くない?おじさんいくつだっけ?と言いそうになったけど、まあ何事にも遅すぎるということはないって言うし、あたしは黙って頷いた。
「来週、友達の紹介で女性と会うことになったんだ。こんなことをしているとバレたら大変だ」
「そっか、寂しいけど仕方ないね」
「これ、今までのお礼分」
おじさんは福沢諭吉さんの描かれた紙をテーブルに置いた。
数えたら十枚!奮発したなおじさん!
でも、正直なところ、残念だった。
このおじさんは話してて楽しかったし、身体の相性も良かった。
会えなくなるのは寂しい。
会ってたのはお金が欲しかったからじゃないわけだし。
でもいつかはこの関係も終わるって分かってたから、こういうことにはもう慣れっこだ。
あたしはブラウスを着て、制服のネクタイを結んで言った。
「ありがとう。じゃあ、最後にお別れのキスして」
おじさんの首に腕を絡ませながら囁いた。最後だし、思いっきり甘えたい。
「別れたくないな」
おじさんはあたしの背中に腕を回した。
「おじさんが言ったんでしょ?」
「君との将来を考えてはだめかな?」
意外な返答にあたしは少し驚いた。
そんなにあたしのことを気に入ってくれていたなんて、嬉しくて少し涙が出た。
でも、身体から入った関係なんて、本気になっても長く続かない。
「ダメダメ、あたしはそんなの望んでないから!はやく!」
急かすとおじさんは名残惜しそうにキスをしてくれた。
「今までありがとう。幸せになってね!」
あたしはおじさんを置いてラブホテルを出た。
寂しかったけど、我ながら爽やかな別れができたと達成感があった。
また新しい相手を見つけないとな。
あたしが人との繋がりを感じられるのは抱かれている時だけ。
だから、時間があれば、あたしを買ってくれる人を探して彷徨っている。
ぶらぶらと街を歩いていると、少し離れたところで他の学校の生徒二人がこちらを見ていた。
最悪、小学校時代の同級生だ。
二人はあたしを指差して聞こえよがしに悪口を言い出した。
「まだこの町にいるなんて信じられなーい」
「よくあんなことあって、ここで生活できるよねー。さすが性悪女」
「あの子が入学できるなんて、SI高って実は馬鹿なんじゃないのー?」
そういう彼女らの着ている制服は、あたしが通う高校よりも偏差値が二十も下である。だから何だって話だが。
そういえば、今日は金曜日。
タヌキおじさんがこの時間は仕事が早く終わるから空いていると言ってた事を思い出した。
タヌキおじさんを誘ってみるか。
あんな悪口に腹を立てる暇があったら、タヌキおじさんのぽってりとしたお腹でも撫でていた方が有意義だ。
あたしは携帯電話を取り出しメールを送った。
すぐにタヌキおじさんから返信があり、近くのドーナツ屋さんで会うことにした。
人生短いし、時間は楽しいことに使った方がいいよね。
あたしはドーナツ屋さんでココナッツのドーナツを齧りながら、タヌキおじさんの話に相槌を打った。
タヌキおじさんはあたしを初めて買った人で、長い付き合いだった。
優しそうなタレ目に柔らかそうなお腹がタヌキを思わせたからあたしはそう呼んでいる。
身体の相性がいいのはもちろん、お互いの波長が合うのか居心地がよかった。
おじさんが話すのは仕事のことで、あたしはひたすら聞く方に回っている。
でも、タヌキおじさんの話は学生のあたしには知らないことばかりで、聞いていて楽しいし、あたしの過去を詮索されるわけじゃないから気が楽だ。
二人でコーヒーを飲み終えたら、ホテルに行って愛し合った。
タヌキおじさんのタヌキのようなお腹をポンポン叩くとぽよんと揺れて、お互い笑い合った。
こんな生活を、かれこれ五年ほど続けている。
あなたは軽蔑する?
まあ、されても仕方がないし、慣れっこだからいいんだ。
でもね、こういうことでしか愛情を得られない人間もいるんだよ。
だから、否定しないで、最後まで読んで欲しい。
あたしの人生で起こった出来事を。
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