見つけた、いこう

かないみのる

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 夜十一時、オレはあるオフィスビルの二階にいた。


 可那人がアルバイトをしていた個別指導塾だ。


 入り口のガラス戸は内側にロールカーテンが降りており、隙間からうっすらと灯りが漏れている。

オレは深く深呼吸をしてインターホンを鳴らした。

ロールカーテンが上がり、中からくたびれたスーツを着た中年の男性が出てきた。



「夜分遅くに申し訳ありません」


「いや、こちらこそこんな遅い時間を指定してすまなかったね」



 応接スペースと思しきテーブルに促され、男性と向かい合うように座った。

真上の蛍光灯以外の照明は消されていて室内は薄暗かった。


 男性は缶コーヒーをオレの前に一本置き、自分の缶コーヒーのプルタブを開けた。



「マスコミやら保護者対応で夜中以外まともに仕事ができなくてね」



 男性の顔には疲労の色が見えている。

それはそうだろう。

ここで働いていた講師が殺人事件の容疑者になっているのだ。

マスコミはもちろん、衝撃を受けた生徒や親たちからの非難や責任の追及などはそ俺の想像を超えるような激しいものだろう。

それを一身に引き受けているのだから肉体的にも精神的にも疲労が溜まっているはずだ。



「お忙しい中すみません」


「いいよ。改めまして、僕はこの塾の塾長をしている太田です。君が拓也君だね?橘先生からちょくちょく話は聞いてたよ。うちの塾でバイトしてくれないかなーって思ってたんだよ。あ、イナゴの佃煮食べる?」



 太田さんはビニール袋からパックに入ったイナゴの佃煮を出した。

中には茶色くテカリを帯びたイナゴがわんさかといた。



「いや、結構です」



 可那人から聞いてはいたが、随分独特な気遣いをする人だな。



「それで、何が聞きたい?たいした情報はあげられないと思うけど」



 太田さんは割り箸でイナゴの佃煮をつまみながら聞いた。



「そちらで働いていた橘君のことについて、なんでもいいからお聞きしたいんです」



 可那人は殺人なんて犯していないはずだ。

しかしその根拠は何かと聞かれても答えられない。

だから今は何だっていいから情報を集めるしかない。



「橘先生ねえ、いい子だったよ、ホント。教えるのは上手かったし生徒には好かれていたし」



 太田さんは、でも、と続けた。



「確かに事件直前は思い詰めた顔をしてたな、珍しく」



 伏目がちに答えた。

一見飄々としているが、可那人のことについて大きなダメージを受けているのかもしれない。

そこまで過去の出来事でもないのに、どこか遠い目をして懐かしむような顔をしていた。



「そうですか。直近で連絡が取れたのはいつですか?」


「事件の二、三日前かな?授業の時になかなか来なくて、珍しく遅刻かと思って電話をかけた。でも出なかった。何回かかけるうちに電源が切れて繋がらなくなっちゃった。その後テレビを見て事件の容疑者になっている事を知った」



 太田さんは、他に知っていることはないとでも言うように両手をひらひらさせた。



「そうですか……」



 そんなに都合よく情報が手に入る訳ない。そう頭では分かっていたが、落胆せずにはいられなかった。



「橘先生、どうしてこんなことしたんだろうね?」



 太田さんは沈黙を破るためにその場しのぎで言ったのかもしれないが、オレにとってはショックな言葉だった。

この人も可那人が犯人だと疑っていないんだ。失望がオレを覆い尽くしそうになった。



「橘センセイは犯人じゃないと思うな」



 入り口の方から声が聞こえた。俺と太田さんは同時に声のする方を向いた。


 入り口に立っていたのは独特な格好をした少女だった。

胸に丸い鏡を下げ、首には勾玉を数個かけている。片手にはスプーンを持っている、オカルトチックな出立ちだ。



「優実ちゃん、どうしているの!?」


「橘センセイは人を殺せるような人間じゃないよ。臆病者だもん」



 優実ちゃんとやらは太田さんの言葉を無視してこちらに近づいてきた。



「こんな遅くに女の子が一人で出歩いたら危ないでしょ!」


「アタシは大丈夫だよ。能力があるもン。てか太田先生久しぶりー」



 そう言ってイナゴの佃煮を一匹摘んで口に運んだ。



「ああ、橘先生の元生徒の 志賀優実しがゆうみちゃんです」



 太田先生は俺に優実ちゃんを紹介した。オレは優実ちゃんに会釈をして可那人の友人だと説明した。



「橘センセイ、塾講師としてはいい人だったと思うけど」



 優実ちゃんはもったいぶるように言った。

オレ知らない可那人を知っているのだろうか。

優実ちゃんはスプーンを弄びながらオレの隣の椅子に座り、足を組んだ。



「オトコとしてはサイアクだったよ」

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