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3章
16 懐かしき再会
しおりを挟む「きれいよ、スーリア」
にこにこと笑って、言葉をかけてきたのは母だ。
本日は、これから王宮で開かれる夜会へと赴く。
今までにないほどの豪華なドレスで着飾り、久々に化粧も施した。地味な顔立ちのスーリアでも、化粧をすればそれなりには見える。
ワインレッドのドレスは、スーリアの白い肌をより美しく引き立たせていた。
長く伸ばしたこげ茶色の髪はそのまま後ろで垂らし、耳の上辺りにひまわりが象られた金細工の髪留めをつけている。
これから結婚相手を探しに行くというのに、男性からの贈りものを身に着けるのはどうかとも思ったが、こういう時でもない限り使う機会はないだろうと自分に言い訳をした。
両親からはそんな高価なものどうしたのか追及されたが、曖昧に笑ってごまかした。
彼とはあの日以来、一度も会っていない。
どうにも顔を合わせづらく、ここ最近はずっと従業員用の食堂を利用している。
同じ王城の敷地内で働いていても、あの木陰以外に彼との接点などほぼないのだ。
でも、これでよかったのかもしれない。
今日の夜会次第では、彼のことは忘れなくてはならない。
別れの挨拶はできなかったが、顔を合わせてさよならを言えるほど、彼の前で明るく振る舞える自信はなかった。
ロイと初めて出会ってから二カ月と少し。
今まで生きてきた中で、もっとも濃い時間だったと思う。
「行こうか、スーリア」
「はい、お父様」
父の手を取り馬車に乗り込む。
目を閉じればまぶたの裏に蘇る彼の笑顔に、小さな声で、さよならと呟いた。
*
きらきらと輝くシャンデリアの光が目に痛い。
どこを見渡しても人ばかり。
漂ってくる香水の匂いに、吐き気がしそうだった。
「うぅ……人酔いしそう」
会場に足を踏み入れて早々に、スーリアは音を上げていた。
夜会に参加すること自体がかなり久しぶりだと言うのに、王宮での夜会ともなると人の数が桁違いだ。
自宅と王城の庭園にて、のんびりと日々をすごしていた最近のスーリアには、この光景は目に痛すぎた。空気もなんだか薄い気がする。
こっそりと深呼吸を繰り返しながら、隣にいる父を見る。先ほどから久しぶりに会ったという知人との会話を楽しんでいるようだ。
「そういえば、娘さんは婚約を解消されたとか?」
「ええ、お恥ずかしいもので」
「今日はお相手を探しに?」
「そのようなところです」
父はにこにこと笑って答える。
バース伯爵家の一人娘が婚約を解消されたという話は、社交界にだいぶ浸透しているようだった。
それもそうだろう。
ヒューゴの家――リンドル侯爵家は名のある貴族だ。その当主が代替わりした直後に婚約者が入れ替わったとなれば、噂が立たないはずはない。
今ではリンドル侯爵にゴミのように捨てられた令嬢、として認識されているのだ。
もう何人目かも分からない、同じような会話を繰り返す父だったが、その表情は変わらず笑顔を浮かべていて、スーリアは素直に感心していた。
ある程度挨拶を済ませたところで、父はスーリアを見る。
「それじゃあお父さんは王族の方々に挨拶をしてくるから、おまえは適当にしていなさい」
「わかったわ」
そう告げて、父はひときわ人気の目立つ方へと歩いて行った。
あの人だかりの中に王族がいるのか。
そういえば王族の顔や名前なんてまともに覚えた記憶がないな、なんてぼんやりと思った。
父は若い頃、王宮で騎士として働いていたらしい。スーリアが産まれて数年経ってから、家督を継ぐために辞職したのだとか。
その頃の繋がりもあり、父は王族とある程度親しい関係にあるようだった。
父と別れ一人になると、さすがに心細さを感じる。
着慣れないドレスと靴では歩き辛かったので、じっとしていようと壁際に寄ることにした。
横を通り過ぎる人の視線が気になる。
「まただわ……だから嫌だったのに」
主に男性の、その視線が、スーリアの胸元に注がれていた。
「お父様ったら、なんでこんなに胸元があいてるドレスにしたのよ……」
今はここに居ない人物に愚痴をもらす。
スーリアが夜会を嫌う理由のひとつが、彼女の体型にあった。
基本的に細身のスーリアだが、ある一部分だけ突出して女性らしい身体つきをしている。コルセットを締めるとその部分が余計に強調されて、やたらと目立つのだ。
特に男性からの視線は顕著で、スーリアの胸元を見ては目を見開き、そのまま視線を顔に向けては落胆する。その繰り返しである。
なるべく首元まで隠れるドレスを着たりして目立たないようにしていたのだが、今日のドレスはやたらと胸元が強調される形をしていた。
「まさか、色仕掛けで落とせって意味かしら……」
スーリアがそんな技術を持ち合わせていないことは知っているだろうに。
父の意図は分からないが、現状が不快であることは確かだ。
広い会場内は壁際まで行くのも遠い。
ワインの並ぶテーブルを通り過ぎようとした時、聞き覚えのある声がした。
「スーちゃん?」
ふわふわとしたキャメルブロンドの巻き毛を揺らしながら、その人物は近づいてくる。
「シェリル!?」
「久しぶり!」
嬉しそうにスーリアを見ながら手を振っている。
その隣には、すでに懐かしさを感じる人物がいた。シェリルと手を繋ぎながら、空いている方の手にはワイングラスを持ち、こちらに歩いてくる。
「ヒューゴ……」
「久しぶりだな、スーリア。おまえが夜会に参加しているなんて珍しいじゃないか。まさか結婚相手でも探しているのか?」
馬鹿にしたような口調で言うヒューゴだが、スーリアは全く気にかけていない様子で軽くあしらう。
「おかげさまで、選びたい放題よ」
婚約を破棄された令嬢としてスーリア本人の評判は悪いが、バース伯爵家と縁を持ちたいと思う者は多いようで、父にすり寄ってくる貴族は多かった。
だがそんな中にスーリアを好いて一緒になりたいと思ってくれる者などいるわけもなく、先ほどの言葉は嘘とまではいかないが、強がりの部分は大きかった。
「そうか、なら健闘を祈っているよ」
ヒューゴは皮肉げに言い、シェリルの腰に手を回す。
「スーちゃん、結婚式には絶対呼んでね!」
まだ相手も見つかっていないのに、ヒューゴを奪った本人がそれを言うのか。
正直に言うと、こんな男を奪ってくれてありがとうと思う気持ちしかなかったが、それはあえて口には出さない。
この遠縁の親戚であるシェリルは、根は悪い娘ではないとスーリアは思っている。
幼い頃から面倒を見ていたせいか、どうにも情が湧いてしまうのだ。
「ええ、そうするわ」
相手もいないのに、と再度自分で思って少し虚しくなった。
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