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1章

2  理想の生活

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 肌寒さの残る中、暖かな日差しがふり注ぐ。
 木々の枝先には新芽が顔を出し、春の訪れを感じさせていた。

「スーリア! おまえまだ休憩に入ってなかったのか?」
「あともうちょっと!」

 三脚脚立に跨がり、枝の剪定をする女性に話しかけたのは、明るい茶色の髪を持つ青年ジャックだ。
 声をかけられたスーリアは、青年を見ることもなく、目の前の作業に没頭している。
 その様子を見たジャックは、呆れたように息を吐いた。

「ほどほどにしとけよ……」
「だってジャック、やっと剪枝を許してもらえたのよ? 休憩をとっている時間がもったいないわ」
「好きなのは分かるけどな、休憩はちゃんと取ってくれ。じゃないと俺が親方に叱られる」

 その言葉にスーリアは渋々といった様子で脚立から降りる。少し高い位置から両足で着地するようにして飛び降りると、ジャックが眉をひそめた。

「おい、危ないだろ。もう少し女らしくおしとやかにできないのかよ」
「うるさいわね。そういうのはもう卒業したの」
「卒業って……」

 不機嫌をあらわにしながらも、スーリアは服についた葉を手で払う。
 今の彼女は男性用の作業着を着用している。サイズは多少大きめだが、とても動きやすく、庭師の作業をするには最適だ。

 さらに背中まで長く伸びたこげ茶色の髪は、頭の高い位置で纏めている。
 その出で立ちからも、まったく女性らしさを感じられないのは確かだ。

「それじゃあ休憩行ってくるから、あとお願い」
「はいはい、お嬢さま」
「……今度それを言ったら、あなたのお弁当に青虫つっこむわよ」
「それは勘弁してくれ……」

 両手を広げながら降参だと主張するジャックを一瞥し、スーリアは傍らに置いていた私物のバッグを手に取ると、庭園の奥へと歩き出す。

 ここは大国アレストリアの王城の敷地内にある、広い庭園の一画だ。
 まだ春先だと言うのに、さまざまな植木や花が色とりどりに並んでおり、その鮮やかな様はこの国の豊かさを表しているようにも見える。


 スーリアは二カ月ほど前から、この庭園で庭師として働き始めた。
 伯爵家の令嬢として生まれ育った彼女には、絶対に叶うはずがないと思っていた、そんな幼い頃からの夢が叶ったのだ。

 二カ月前に婚約を破棄され、両親に願いを打ち明けたところ、王城にある庭園でならと、働くことを許可してくれた。どうやらこの庭園を管理している庭師の親方が父の知り合いらしく、王城内の庭園であれば警備も厳重だろうとのことで、送り出してくれようだ。

 もともと趣味で学んでいたこともあり、馴染むのも早かったスーリアは、伯爵令嬢という身分を隠し完璧な庭師として働いている。ここで彼女の身分を正しく知るのは、親方とジャックだけだ。

「ジャックったら、いくら親方の命令だって言っても、最近は過保護すぎなのよ」

 庭園を歩きながら、独り言をもらす。
 同僚のジャックは何年も先輩になるのだが、彼はスーリアが無茶をしないように親方から気にかけるように言われているようだ。最近は小言が増え、げんなりとする日々を送っていた。

「それにしても、やっぱり剪定が一番ね。花を育てるのも良いけれど、直接木に触れている時のほうがずっと楽しいわ」

 女性であれば、普通は花を愛でる方が好みだと思われるが、スーリアは違った。幼い頃から、花より樹木や植木に興味があったのだ。
 そして先日初めて、親方から剪定作業をする許可が下りた。それまでは花の手入ればかりだったので、スーリアはようやく訪れた機会に、毎日を楽しく過ごしている。


 広い庭園の端までくると、身長と同じ高さほどある植木の間を抜けて行く。
 人気のない庭園の奥で昼食をとるのが、スーリアの日課だった。特にこの場所は静かで気に入っている。

 今日もいつものように木陰に腰を下ろし、弁当を広げようとしたスーリアの動きが止まった。
 そこに、見慣れないものがあったのだ。

「何かしら、これ」

 地面に置かれた何かが、植木の隙間から飛び出している。それは派手すぎない装飾が施された、金属製の細長い――

「……剣?」

 もっと近くで確認しようと、植木の横から覗き込むように一歩踏み出す。
 ガサリ、と服が葉にこすれる音がその場に響いた瞬間、スーリアは微かな風圧を感じた。

「――っ!?」

 思わず声にならない悲鳴をあげる。
 感じた圧力に反射的に目を瞑り、次に視界を開放した時には、銀色に光る鋭利な刃が目の前にあった。
 スーリアの喉元に、剣の切っ先が突きつけられていたのだ。

「――きッ」

 きゃああ、とあげそうになった悲鳴は、剣の持ち主によって止められる。

「静かに」

 男性の低い声が頭上から響いた。
 手から落ちたバッグが、芝生の上に転がる。

 何が起きているのか状況が飲み込めないスーリアの口を、声がもれないように大きな手が塞いでいた。

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