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番外編
迷子の白猫 ③
しおりを挟む目が覚めると、そこは知らない部屋だった。
やたらと低い視界で辺りを見回すと、大きな茶色い毛玉のようなものが目に入った。
これは何だ、と寝ぼけた思考をしながらそのまま視線を横にずらす。
その視線の先で、ヘーゼル色をした縦長の瞳孔の瞳とかち合った。
「………………」
無言で見つめ合うこと数秒。
先に沈黙を破ったのは、白い体毛にガラス玉のような水色の瞳を持つ猫だった。
「にぎゃぁあ!?」
一体何が、と叫んだ声は人の言葉ではなく。
慌てて己の体を見下ろすと、白い毛に覆われた獣の手足が目に入った。
そして理解する。
そう、シュニーは今、猫の姿で知らない場所にいた。
一瞬で全身の血の気が引くも、この姿では顔が青くなるはずもなく。
とりあえず状況を把握しようと再び視線を前に向けると、薄茶色の体毛をした猫がこちらを見ていた。その猫はシュニーよりも二回りほど大きく、だいぶ肉付きがいい。一般的な成猫よりは小柄なシュニーからすると、かなり迫力があるように見える。
思わずたじろぐように一歩後ずさった。
すると、茶色の猫はシュニーを見つめながら、その距離を詰めるように近づいてくる。
何とも言えない身の危険を感じた瞬間、部屋の扉が開かれる音が聞こえた。
「あ!お兄ちゃん、しろちゃん起きたよ!」
声のした方を向くと、開かれた扉から小さな少女が入ってくるのが見えた。
歳は5歳くらいだろうか。頭の左右で結った髪を揺らして、シュニーの方へと駆けてくる。その後ろには、少女より背の高い10歳前後くらいの少年がいた。
「ハンナ、急に近づくとびっくりさせちゃうから気を付けて」
そう言って少年が窘めると、少女は動きを止めてシュニーを見た。
「そっか!ごめんね、しろちゃん!」
しろちゃんとは自分のことだろうか。恐らくそうなのだろうが、状況に付いていけていないシュニーはひたすら混乱していた。
訳も分からず首をかしげるような動作をすると、少女は勝手に話し出す。
「しろちゃんね、砂浜でぐったりしてたからうちに連れてきたの」
少女の説明に、シュニーはなんとなく状況を察した。
セレナ達と別れた後、木陰に腰を下ろし、彼女に手を振ったのは覚えている。
だが、その後の記憶がない。
恐らくだが眠気を催し、そのまま猫の姿になって眠ってしまい、それをこの兄妹が連れ帰ったのだろうと推測した。
あの浜辺は王族専用であり他の者は立ち入れないはずだが、なぜかこの二人はあの場にいたようだ。
ぐったりしていたというのは、たぶん砂浜に突っ伏して寝ていたシュニーを、兄妹が勘違いしたのだろうと思う。
状況は理解できたが、この場をどう切り抜けたものかと頭を悩ませた。
とりあえず猫のふりをするしかない。いや、どうみても見た目は猫なのだから、猫らしく振る舞えばいいだけだ。それよりも気になることがある。
先ほどから何というか、熱烈な視線を感じるのだ。
目の前の。そうあの薄茶色の猫から。
恐る恐るそのヘーゼル色の瞳を見ると、何を思ったのか猫が近づいてきた。
突然のことに動けずにいると、薄茶の猫は急に距離を詰める。
そして、後ずさる間もなく、シュニーの顔を舐めた。
「にゃ!?」
思わず声を上げるが、薄茶の猫は構うこともなくシュニーの全身を舐めまわす。自分よりだいぶ体の大きなその猫の行為に、シュニーは抵抗できずされるがままになっていた。
「エリザベス、しろちゃんと仲良くなったのね!」
それはこの薄茶の猫の名前だろうか。名前からしてメスなのか、いやたぶんメスなのだろう。なぜか何となく分かってしまう。
「エリザベスも気に入ってるみたい!やっぱりお嫁さんになってもらおうよ、お兄ちゃん!」
「待ってハンナ。しろは飼い猫かもしれないし、勝手に決めちゃだめだよ。それと、お嫁さんになるのはエリザベスの方だから」
「そっか!じゃあしろちゃんの飼い主さんがいいって言ったら、エリザベスをお嫁さんにしてもらおう!」
待て。とりあえず待ってくれ。
本人の了承もなしに決めるんじゃない。
自分は既婚者だ。この猫を嫁にすることはできないし、そもそも彼女が許さない。
むしろ何を真面目に考えているのか。問題はそこじゃない。いや問題がありすぎて、もう何から考えていいのか分からない。
突拍子もない兄妹の会話に、シュニーは項垂れるようにして床に崩れ落ちた。
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