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5章

24話 彼女の行方

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 顔合わせを済ませたシュニーが元の場所に戻ると、そこに愛しい人の姿はなかった。
 辺りを見回すが、あの美しい金色の髪は見当たらない。
 彼女が言いつけを守らないことなど滅多にないというのに。
 嫌な予感がする。
 胸騒ぎを覚えたと同時に、女性の声に呼び止められた。

「シュニー殿下?」

 振り返ると、すぐ近くに若い令嬢が立っていた。黒い髪を後ろでまとめ、若草色のドレスを着ている。

「もしかして、セレナ様を探されてます?」
「え?……あぁ、ここで待っているように言っていたのだけど、見当たらなくて」
「セレナ様でしたら少し前に使用人がやって来て、シュニー殿下が呼んでいるから来てほしいと言われて、会場から出て行かれましたよ?」
「なんだって?」

 全身から血の気が引くのを感じた。
 全く身に覚えがない。それ以前についさっきまで、明日の会談に出席するらしい幹部連中と話していたのだ。話が長くなりそうだったから、また明日に、と無理やり戻ってきたと言うのに。

 急に黙り込んだシュニーに、黒髪の令嬢が首を傾げて言った。

「入れ違いになってしまったようですね?」

 シュニーは会場から出ていないのだから、そんなはずはないのだが。セレナはシュニーの名前を使って、誰かに呼び出されたのか。考えられる人物は一人。その者を思い浮かべ、背中に冷や汗が伝う。

 黒髪の令嬢にお礼を言って、シュニーは焦ったように会場から飛び出した。


   ✳︎


「ジェフ!セレナは来ていないか!?」

 勢いよく扉を開いて、開口一番に叫ぶ。
 ここは使用人たちの控室であり、ジェフとアリーを待機させていた。
 ただならぬ主人の様子に、椅子に座っていたジェフは立ち上がり、眉をひそめながら答える。

「いえ、来ておりませんが……、何かあったのですか?」
「セレナが消えた」
「は?」

 一体どういうことだと、ジェフが先を促す。側で聞いていたアリーも不安そうな顔をしていた。

「王太子に呼ばれて、少し目を離した隙に居なくなった」

 苦虫を噛み潰したような、苦渋の表情を浮かべて言うシュニー。

「僕の名前で呼び出されたらしい。近くにいたご令嬢から聞いた」
「それは……」

 重苦しい空気が流れ、ジェフとアリーは息をのんだ。
 何かが起きている。
 これはおそらく緊急事態だ、と頭の中で警鐘が鳴り響いた。

「セレナを探す」

 そう言ってシュニーは部屋を出ようとするが、アリーの声に振り返る。

「私も手伝います!」

 勢いよく立ち上がったアリーだったが、主人の声に制されて動きを止めた。

「アリーは此処で待機していてくれ。セレナが戻ってくるかもしれない」
「……分かりました」

 そう言われてしまっては従うほかない。シュニーの言うことも一理ある。
 アリーは不安が押し寄せる己の胸を押さえながら、二人を見送った。


 早足で歩く、二人分の足音が廊下に響く。
 ただならぬその空気に、すれ違った者は何事かと首をかしげていた。

「ジェフ、おまえはメルセド王か王太子を呼んでこい。会場にいるはずだ。緊急事態だと言って通してもらえ」
「かしこまりました」

 そうして二手に分かれる。
 ジェフを見送ったシュニーはそのままの足で廊下を進んだ。

 やられた。
 絶対に、離れるべきではなかった。
 予測していなかったわけではない。しかし、こうも堂々と自分の名前を使うとは。
 今回招かれた理由からして、シュニーは何かを仕掛けてくる可能性は低いだろうと予想していた。
 だが、事態は既に起きている。
 油断したことを後悔する暇もなく、廊下の先へと足を進めた。

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