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5章

53 あなたのためにできること

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 主役の言葉に、その場が静まり返る。
 少しして我に返った騎士のひとりが、恐る恐る声をかけた。

「……殿下、いま何とおっしゃいました?」

 動揺を隠せない騎士を一瞥して、ルディオは言い捨てる。

「いいから止めろ」
「な、なぜ急に……」

 騎士の問いかけは無視して、鋭い目つきでシェラを見下ろす。
 この視線には、見覚えがあった。
 そう、初めて会った時の――

「シェラ。いま、何をしようとしていた?」

 怒気を含んだ低い声に、思わず身体を震わせる。

「わ、わたくしは……なに、も……」
「なら何故、あのときと同じ顔をしていた?」
「……あの時?」

 掴まれた手が痛いほど強く握られる。
 彼の緑の瞳が、少しずつ暗くなっていくのが分かった。

「私と初めて会ったときだ。毒入りのワイングラスを片手に、死を覚悟したあの瞬間の――っ……」

 眉間に深く刻まれたしわが、彼の苦痛を表している。
 シェラの手を握っているのとは逆の手で、顔を覆うようにして荒く息を吐きだした。

「兄さん、あまり興奮すると――」

 離れたところで見ていた、第三王子のシュニーが駆け寄ってくる。
 伸ばされた手を振り払って、ルディオは吐き捨てるように言った。

「おまえは黙っていろ」

 めったに見せない兄の剣幕に、シュニーは額に汗を滲ませながら大人しく引き下がる。
 そのまま第二王子であるロイアルドと何か言葉を交わし、数名の使用人を部屋から下がらせた。

 今室内に残っているのは、シェラと王子たち三人、そして黒い隊服をまとった騎士が複数名。その中にはルーゼもいる。

 ルディオは数度深呼吸をして、再びシェラに向き直った。

「私は、あの時の君の顔に心を奪われたが、もう二度と見たいとは思っていなかった」

 それが意味するものを、彼は知っていたから。

「シェラ、答えろ。君はいま、何をしようとしていた?」

 ごくりと唾を飲み込む。
 獰猛な獣そのままのような、他者を圧倒する気迫を感じる。

 ごまかしは、もう利かないだろう。
 彼にはかりごとをすること自体、無謀なのだ。

 いっそこのまま怒らせて、獅子に変わった彼に食い殺されれば、その場で呪いも解けるだろうか。
 だがそれは、あまりにも非情すぎる。

 こうなってしまっては、真実を話すしかない。
 嘘をついたところで、またすぐに見破られてしまうだろう。

 どうして夢と違うことが起きているのか、考えてみても理由は分からなかった。

「あなたの呪いを解くために、必要なことです」

 まっすぐに、少しだけ濁った緑色の瞳を見て言う。
 短い沈黙のあと、彼は小さく息を吐いた。

「……なるほど。条件は、君の命か」

 シェラの様子から全てを察したらしい。
 否定するのも無駄だと思い、無言で首を縦に振る。

「やはり、あのとき視えていたんだな」

 あのときと言うのは、魔術書を手に取ったときだろう。
 何かを感じ取っていたのか、彼は納得した様子だ。

「ですから、式典は続行してください」

 いまは中断しているものの、式典自体が取りやめになったわけではない。夢とは多少違うが、まだ軌道修正はできるはず。
 そう思い続行を促してみるが、シェラの目的を知ってしまったルディオが許すはずもなく。

「馬鹿を言うな。続けられるわけがないだろう」
「わたしが死ねば、あなたの呪いは解けるのですよ!?」

 シェラの言葉に、ルディオは眉を寄せる。

「君の命と引き換えに呪いを解くくらいなら、私はこのままでいい。それに式典を続けた場合、なぜ君が死ぬんだ」
「それは……」

 これから起きることは、正直シェラにも詳しいことは分からない。
 ただ民衆の中から彼に向けて矢が放たれる。知っているのは、それだけ。
 話してしまえば警備を強化されて、夢の通りにいかない可能性が高い。

「……言えません」
「シェラ」
「お願いします、このまま式典を続けてください! わたしのつまらない命でも、あなたを救うことができるんです!」

 あなたが愛してくれたから、あなたの呪いを解いてあげられる。
 わたしを地獄から救い上げてくれたように、こんな道端の雑草でも、あなたのような高潔な存在を救うことができる。

 だから、これでいい。
 わたしはあなたに相応しくないから。
 だって、わたしは――

「それは、君がヴェータの王女ではないからか?」
「え……」
「イシェラ・ミルム……それが、君の本当の名前だろう?」

 大きく目を見開く。

「どう、して……それを……」
「隠しているようだが、君の言葉には北方のなまりがある。私の母は北国出身で同じなまりがあるから、すぐに違和感に気づいた」
「すぐに……?」
「ヴェータで、君を離宮に連れ去ったときだ」

 それはもう、ほぼ最初に会ったときから、シェラを疑っていたということで。
 彼の言う通り、本当の私は……

「バルトハイル王とも似ていなかったしな。ただの母親違いかと思っていたが、誘拐の件と絡めて考えたら、自ずと答えが見えてきた。だから、ハランに頼んで調べさせたんだ」
「だったら……余計にわたしのことは見捨てるべきです! 私はヴェータの王女でもなんでもない、ただの平民です!」

 握られていた手を力任せに振りほどく。
 本当のわたしは、彼に触れてもらえるような身分じゃない。

「わたしはただの……使用人の娘なんです……!」

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