53 / 68
5章
53 あなたのためにできること
しおりを挟む主役の言葉に、その場が静まり返る。
少しして我に返った騎士のひとりが、恐る恐る声をかけた。
「……殿下、いま何とおっしゃいました?」
動揺を隠せない騎士を一瞥して、ルディオは言い捨てる。
「いいから止めろ」
「な、なぜ急に……」
騎士の問いかけは無視して、鋭い目つきでシェラを見下ろす。
この視線には、見覚えがあった。
そう、初めて会った時の――
「シェラ。いま、何をしようとしていた?」
怒気を含んだ低い声に、思わず身体を震わせる。
「わ、わたくしは……なに、も……」
「なら何故、あのときと同じ顔をしていた?」
「……あの時?」
掴まれた手が痛いほど強く握られる。
彼の緑の瞳が、少しずつ暗くなっていくのが分かった。
「私と初めて会ったときだ。毒入りのワイングラスを片手に、死を覚悟したあの瞬間の――っ……」
眉間に深く刻まれたしわが、彼の苦痛を表している。
シェラの手を握っているのとは逆の手で、顔を覆うようにして荒く息を吐きだした。
「兄さん、あまり興奮すると――」
離れたところで見ていた、第三王子のシュニーが駆け寄ってくる。
伸ばされた手を振り払って、ルディオは吐き捨てるように言った。
「おまえは黙っていろ」
めったに見せない兄の剣幕に、シュニーは額に汗を滲ませながら大人しく引き下がる。
そのまま第二王子であるロイアルドと何か言葉を交わし、数名の使用人を部屋から下がらせた。
今室内に残っているのは、シェラと王子たち三人、そして黒い隊服をまとった騎士が複数名。その中にはルーゼもいる。
ルディオは数度深呼吸をして、再びシェラに向き直った。
「私は、あの時の君の顔に心を奪われたが、もう二度と見たいとは思っていなかった」
それが意味するものを、彼は知っていたから。
「シェラ、答えろ。君はいま、何をしようとしていた?」
ごくりと唾を飲み込む。
獰猛な獣そのままのような、他者を圧倒する気迫を感じる。
ごまかしは、もう利かないだろう。
彼に謀をすること自体、無謀なのだ。
いっそこのまま怒らせて、獅子に変わった彼に食い殺されれば、その場で呪いも解けるだろうか。
だがそれは、あまりにも非情すぎる。
こうなってしまっては、真実を話すしかない。
嘘をついたところで、またすぐに見破られてしまうだろう。
どうして夢と違うことが起きているのか、考えてみても理由は分からなかった。
「あなたの呪いを解くために、必要なことです」
まっすぐに、少しだけ濁った緑色の瞳を見て言う。
短い沈黙のあと、彼は小さく息を吐いた。
「……なるほど。条件は、君の命か」
シェラの様子から全てを察したらしい。
否定するのも無駄だと思い、無言で首を縦に振る。
「やはり、あのとき視えていたんだな」
あのときと言うのは、魔術書を手に取ったときだろう。
何かを感じ取っていたのか、彼は納得した様子だ。
「ですから、式典は続行してください」
いまは中断しているものの、式典自体が取りやめになったわけではない。夢とは多少違うが、まだ軌道修正はできるはず。
そう思い続行を促してみるが、シェラの目的を知ってしまったルディオが許すはずもなく。
「馬鹿を言うな。続けられるわけがないだろう」
「わたしが死ねば、あなたの呪いは解けるのですよ!?」
シェラの言葉に、ルディオは眉を寄せる。
「君の命と引き換えに呪いを解くくらいなら、私はこのままでいい。それに式典を続けた場合、なぜ君が死ぬんだ」
「それは……」
これから起きることは、正直シェラにも詳しいことは分からない。
ただ民衆の中から彼に向けて矢が放たれる。知っているのは、それだけ。
話してしまえば警備を強化されて、夢の通りにいかない可能性が高い。
「……言えません」
「シェラ」
「お願いします、このまま式典を続けてください! わたしのつまらない命でも、あなたを救うことができるんです!」
あなたが愛してくれたから、あなたの呪いを解いてあげられる。
わたしを地獄から救い上げてくれたように、こんな道端の雑草でも、あなたのような高潔な存在を救うことができる。
だから、これでいい。
わたしはあなたに相応しくないから。
だって、わたしは――
「それは、君がヴェータの王女ではないからか?」
「え……」
「イシェラ・ミルム……それが、君の本当の名前だろう?」
大きく目を見開く。
「どう、して……それを……」
「隠しているようだが、君の言葉には北方のなまりがある。私の母は北国出身で同じなまりがあるから、すぐに違和感に気づいた」
「すぐに……?」
「ヴェータで、君を離宮に連れ去ったときだ」
それはもう、ほぼ最初に会ったときから、シェラを疑っていたということで。
彼の言う通り、本当の私は……
「バルトハイル王とも似ていなかったしな。ただの母親違いかと思っていたが、誘拐の件と絡めて考えたら、自ずと答えが見えてきた。だから、ハランに頼んで調べさせたんだ」
「だったら……余計にわたしのことは見捨てるべきです! 私はヴェータの王女でもなんでもない、ただの平民です!」
握られていた手を力任せに振りほどく。
本当のわたしは、彼に触れてもらえるような身分じゃない。
「わたしはただの……使用人の娘なんです……!」
0
お気に入りに追加
823
あなたにおすすめの小説
時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。
屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。)
私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。
婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。
レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。
一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。
話が弾み、つい地がでそうになるが…。
そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。
朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。
そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。
レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。
第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
死にたがり令嬢が笑う日まで。
ふまさ
恋愛
「これだけは、覚えておいてほしい。わたしが心から信用するのも、愛しているのも、カイラだけだ。この先、それだけは、変わることはない」
真剣な表情で言い放つアラスターの隣で、肩を抱かれたカイラは、突然のことに驚いてはいたが、同時に、嬉しそうに頬を緩めていた。二人の目の前に立つニアが、はい、と無表情で呟く。
正直、どうでもよかった。
ニアの望みは、物心ついたころから、たった一つだけだったから。もとより、なにも期待などしてない。
──ああ。眠るように、穏やかに死ねたらなあ。
吹き抜けの天井を仰ぐ。お腹が、ぐうっとなった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる