上 下
27 / 68
3章

27 王太子殿下と令嬢騎士 ②

しおりを挟む


「ルーゼさんとハランシュカさんは、恋愛結婚ですか?」
「あら、それ聞いちゃいます?」
「聞いちゃいます」

 身を乗り出して尋ねる。
 昔を思い出すように空中に視線を彷徨わせてから、ルーゼは言った。
 
「まぁ、恐らくは恋愛結婚になるんじゃないでしょうか?」
「恐らく、なんですか?」
「そうですね。少なくとも、ハランはそう思っているはずです」

 なんとも含みのある言い方だ。
 首を傾げて続きを待っていると、普段はあまり凛々しい顔つきを崩さないルーゼがふわりと笑った。

「殿下とは違い、ハランとは面白いくらい気が合いませんでした。でも、そこが逆に良かったんだと思います」

 ルディオとは気が合っていた自覚はあったらしい。

「私はこういう性格なので、思ったことを口に出してしまうことが多いのですが、ハランは何を言ってもきちんと受け止めてくれるので、そういうところが好きなんだと思います。ただ、頭が良すぎるところは苛立ちますが」

 そう言いながらも、口元を綻ばせる。
 素直に好きと言える彼女が、羨ましいと思った。

「シェラ様も、殿下には遠慮しなくていいのです。言いたいことは言ってしまった方が、楽になれる場合もありますよ」

 言いたいことなら、ある。
 彼に対する気持ちを伝えたい。
 その結果嫌悪されたとしても、言わないまま終わるよりはずっとましだ。彼に会う時間が減ってからは、そう考えるようになっていた。

「でも、最近は顔を見ることもできてなくて……」

 想いを伝えたくとも、本人に会えないのであれば意味がない。

「確かに、ここしばらくは本当に忙しいようですね。ハランもほとんど家には帰ってきませんし、私も仕事を上がる際に執務棟に寄って、顔を見ていくくらいしかできてません」

 執務棟と言うのは主に政務関係の実務を行う場所で、騎士団の本部も併設されているらしい。
 シェラが生活している居住棟とは別の建物になるため、わざわざ押しかけてまで会いに行くのは躊躇われた。

「殿下の場合はハランと違って、部屋には戻っているはずです。この際ですから、思い切って夜中に押しかけてみては?」
「!」

 それは盲点だった。
 迷惑をかけたらいけないという思いから、夜遅くに帰ってくる彼のもとを訪ねるなんて、考えもしなかったのだ。

 やっと仕事を終えて戻ってきた彼に時間を作ってもらうのは申し訳なくもあるが、このままではしばらく話しすらできないだろう。

 いつまでこの状態が続くのかもわからないし、こうなったら強硬手段に出るしかない。
 
「それ、採用します!」

 拳を握りながら力強く言うと、ルーゼは笑顔で応援してくれた。

「ふふ、健闘を祈ります」

 こうなったら当たって砕けるしかない。
 いや、砕けてしまったらいけないのだが、待っていても何も始まらない。

 もう、限界なのだ。
 ルディオに会いたくて会いたくて、行き場のない想いがずっと胸の内で燻っている。

 彼が風邪をひいてからは、ずっと別の馬車で移動してきた。それは風邪が治ってからも続き、何かと理由をつけて同じ馬車には乗せてくれなかった。

 道中の休憩時や食事の際は一緒に楽しんだのだが、国境を越えてからは宿も別々の部屋を使っていた。王城に到着したあとは、始めに挨拶回りをして以降まともに顔を見ていない。

 もしかしたら避けられているのでは、と思ったことも一度や二度ではないが、なるべく考えないようにしていた。
 本当に避けられているのなら、今後の身の振り方も考えなければならない。

 彼にとってシェラは、あくまでもヴェータとの関係をつなぐための道具だ。無事に条約が締結された以上、もう深く関わる気はないのかもしれない。

 もしそうであれば、今後は形だけの夫婦を続けることになる。アレストリアは王族に限り、一夫多妻制を認めているらしいし、シェラ以外の妃を娶る可能性だってある。

 知りたくないと言う思いもあるが、この際だからはっきり聞いてしまおう。
 この二週間、考えては消してを繰り返していたが、悶々としているよりはずっと楽になれそうだ。

「ふふ。シェラ様は、本当に殿下がお好きなんですね」
「わ、わかるんですか?」
「わかりますよ。殿下のことを考えている時は、女の顔をしていますもの」
「――!」

 思わず両手で顔を隠す。
 恥ずかしさで、頬が赤く染まっていくのが自分でもわかった。

 一体どんな顔をしているのか。今度は姿見の前でルディオのことを考えみようか、なんて思っていると、ルーゼが急に真面目な顔つきになり、静かな声で言った。

「どうか……何があっても、殿下を見捨てないであげてください」

 ……見捨てる?
 見捨てられることがあるとすれば、それは自分の方だろう。

 そう答えようと口を開きかけたが、あまりにも真剣なルーゼの顔に言葉をのみ込んだ。
 なんと言えばいいか迷っていると、今度はパッと表情を変えて笑顔を作る。

「では、私は一度本部に戻ります。夜襲の結果、楽しみにしていますので、どうなったか聞かせてくださいね!」

 にこりと笑ったその顔は、いつもの彼女と同じだった。
 どんな想像をしているのかわからないが、ルーゼが期待しているような結果にはならないだろう。

 彼女の後ろ姿を見送りながら、今夜の計画を立てるのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。

屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。) 私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。 婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。 レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。 一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。 話が弾み、つい地がでそうになるが…。 そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。 朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。 そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。 レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。 ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。 第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

死にたがり令嬢が笑う日まで。

ふまさ
恋愛
「これだけは、覚えておいてほしい。わたしが心から信用するのも、愛しているのも、カイラだけだ。この先、それだけは、変わることはない」  真剣な表情で言い放つアラスターの隣で、肩を抱かれたカイラは、突然のことに驚いてはいたが、同時に、嬉しそうに頬を緩めていた。二人の目の前に立つニアが、はい、と無表情で呟く。  正直、どうでもよかった。  ニアの望みは、物心ついたころから、たった一つだけだったから。もとより、なにも期待などしてない。  ──ああ。眠るように、穏やかに死ねたらなあ。  吹き抜けの天井を仰ぐ。お腹が、ぐうっとなった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

処理中です...