この感情を何て呼ぼうか

逢坂美穂

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5.Next day. -翌日-

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「……本当、ごめんね。私が子供すぎたんだ」

 呟いた安達の言葉が俺に向けたものとわかっていても、俺には空へ投げたようにも思えた。
 何ひとつかけられる言葉が見つからない。
 だってきっと、安達のそれは莉依子の言っていた『子供としての甘え』だ。
 いつだってそこにあると信じているから―――信じていたから、安達は両親に甘えていた。
 俺も同じだ。
 何も言えないかわりに、そろりと右手を伸ばしてみる。
 安達の左手に僅かに触れた。
 これだけじゃただの偶然に過ぎない。……ちゃんと指先に触ってみた。
 驚いて安達がこちらを振り向いたのは視界の端に捉えていたけれど、俺は空を見上げたままだ。
 そして――――なんと安達は俺の指先に触れ返してきた。
 思わず手を振り払ってしまい、目があった安達の頬はみるみるうちに赤くなっていく。
 夕陽のせいなんかじゃなく、耳も首も真っ赤になっていた。

「え!? 何ヤダ私勘違い!?」
「えっ!? いやだって安達はツルが」
「は!? だから違うって何回も言ってるじゃん!!」

 不毛な声を投げかけ合う俺たちはさぞ滑稽だろう。
 俺の顔はとんでもなく熱い自覚もあったけれど、夕陽のせいだと言い訳したい。

「でもツルの話すると安達照れるから、俺てっきり」
「照れるっていうか、……あーもう!」

 安達は無理矢理俺の手を両手で包み込むと、真っ赤な顔で睨みあげてくる。
 可愛すぎてどうしたらいいのかわからない。

「ツルには全部が全部バレてるから久住くんと一緒に居るとことか見られるのすっっっごい嫌なの!あとで散々からかわれるから!!」
「………はい?」
「わかんないならもういい知らない」

 包まれていた温もりは離され、安達はまたさっきと同じ体勢に戻り空を仰いでしまった。
 最後まで言わせるなと言わんばかりの顔で必死になる安達は、俺の知らない安達だ。いつもはもっと穏やかでにこにこと笑っていて、感情的になることがあったとしても朗らかに笑っていて。
 初めて見る姿を目の前にして、俺は不思議なくらい頭が冴えわたっていくのを感じた。
 つまりは、そういう意味。
 俺が安達に対するものと同じ気持ちを、安達もきっと俺に対して。 
 心なしか頬を膨らませた安達に倣って俺もまた空を仰ぐ。
 そろそろと辿りついた指先を、今度こそきちんと絡ませた。
 一瞬だけびくりと動いた俺より小さくて細い指は、遠慮がちに絡み返してくれた。
 空は半分以上オレンジ色だ。
 聴こえてくるのは野球部の声、澄んだ金属音。そして――――

『莉依子ほら、あれが蝉だよ! セーミ!』
(にゃー!)
『あああっダメ! くわえたらダメ!!』
(グル……)
『持って帰ってお母さんとお父さんに見せよう? 僕と莉依子で一緒に捕まえたんだよーって! きっとすっごいびっくりするよ!』
(にゃー! にゃー!) 

 カナカナカナと夏を惜しむ蝉の声に、幼い頃の自分と愛猫の姿が重なった。
 

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