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3.the second day. -2日目-
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身体が軽い。
ゆらゆらと揺れて、まるで水の中にいるみたい。
本当は水なんて大嫌いだけど、こんな風にいられるならもっと好きになろうかな。
いや、やっぱり生まれ変わったら好きになることにしようかな。
そう思いながら莉依子が目を開けると、下の世界が透けて見えていた。ぎょっとして飛び跳ねそうになったのを堪え、冷静に目を凝らす。納得した。雲に乗っているのだ。
(……絶対夢だ、これ)
頭や首筋を掻きながらぼんやりとそれを自覚するものの、どうしたら目覚めるのかがわからない。
いっそのこと落ちてみたら起きるだろうか。試してみるのは少し怖いけれど、ほかに方法が思い付かない。
『よ、よし』
『こら、りーこ!あぶない!どこかにしっかりつかまってないとおちちゃうよ』
身を乗り出そうとしたその時、鈴の鳴るような可愛らしい声がそう遠くない距離から聞こえてきた。
途端に莉依子の身体は固まる。聴き覚えがありすぎた。
(この声、知ってる)
(でも、まさかそんなことって。でも夢だから何でもアリ……?)
声のする方向へギリギリと顔を動かすと、予想通りの人物がいた。
『……龍ちゃん』
思わず顔が緩んで、笑みがこぼれてしまう。
今目の前に居るのは、まだ幼稚園に通っていた頃の龍だ。
他のお友達よりも目がちょっと大きくて、まつ毛もちょっと長くて。「かっこいいやきゅうせんしゅになりたい」が口癖だった彼は、自分の外見が「おとこらしくないからいやだ」とよく泣いていた。
実はくせっ毛である髪が耳のところでくりんとカールしてしまう事を、この頃から気にしていたっけ。
そんな幼い姿の龍が、隣にいる。
『りーこ、きいてる?そこはあぶないの。きをつけてっていってるでしょ』
可愛らしい外見以上に男らしい表情を浮かべた龍は、今まさに雲から下りようとしていた莉依子の腕を掴むと自分の隣に座らせた。
そしてあの頃みたいに小さな手で頭を撫でてくれる。莉依子は嬉しくて仕方なくなると同時に、懐かしさでまた目のあたりが熱くなってきた。
何かが落ちそうになるのを誤魔化すように手で目を擦って、莉依子は龍へと笑いかける。
『りゅ……龍ちゃんは大丈夫?怖くないの?』
龍は、高いところが苦手なのだ。
今も莉依子の頭を撫でていた小さな手の動きが止まり、カタカタと微かに震えている。反対の手はズボンの裾をぎゅうと掴んで力を入れているのがよくわかった。
『だいじょうぶだもん。りゅう、おとこのこだから』
言ってるそばから涙目になっている、幼い龍。
この姿の龍が莉依子にとっての最初の記憶かもしれない。
お友達と喧嘩したり、かけっこで1位になれなかったり。負けず嫌いの龍は、「おとこのこだもん」と自分に言い聞かせるように宙を睨んで涙をこらえていた。
20歳になった龍を思い出す。邪魔をするなと莉依子に釘を刺して勉強をする龍と今ここにいる龍は、やはり同じものを持っている。
(この顔はすごく懐かしいけど、こう見るとあんまり変わってないんだね、龍ちゃん)
莉依子は笑って龍に話しかけた。
『ねえ龍ちゃん、お空見ようよ』
怖くなくなるから、なんてことを言ったら絶対に言うことを聞かないのは莉依子にはわかっていた。だから意識を変えさせる。雲の上で伏せるような体勢でいるから、真下が見えてしまうんだ。
莉依子は龍の返事を待たずごろんと仰向けになった。
上を見ていればいい。怖いことは何もないし、問題もない。
しばらく莉依子を見つめたまま迷ったようにしていた龍が、それに続く。
『……おそらみえるね』
心底ほっとしたような可愛らしい声に、莉依子はまた目尻に何かが浮かんできた。
『そうだね龍ちゃん。すごく青いね』
『えのぐでいちばんだいすきないろだよ。おそらとうみのいろ』
『そうだったね。……龍ちゃん、もう怖くない?』
『さいしょっからこわくないってば。りゅう、おとこのこだもん』
『あ、ごめんね、そうだったね。ねえ龍ちゃん、さっきよりもずっとずっと気持ちがいいね』
『うん』
龍が目を瞑ると、長いまつげの影が肌に落ちる。
可愛い、可愛い龍。
ふたりだけの時間が多かった頃は、莉依子だけが知っている姿もたくさんあった。
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