夢店屋

内海 裕心

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夢店屋case1

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私は以前からある噂を耳にしていた。ただの都市伝説程度にしか思っていなかったけど、インターネットで検索したら、確かにそれは存在していた。

その噂は、客の理想の夢を見させてくれるというものだった。それが、なんとも現実的で、人生一生分に相当するものらしい。

私は、思い立ってその店のホームページにアクセスして、予約した。そうして、人目のつかない山奥にある店へと足を運んだ。

暗い店内に入ると、五本のろうそくの火が突然着いて、黒い垂れ幕の隙間から声が聞こえた。

「あなたの理想の人生を、その、夢を見させてあげましょう。お金は入りません。ただし、あなたの一番、大切なものを貰います」

黒い垂れ幕の奥から出てきた、怪しいフードを被った少年はそう言った。

顔は見えなかった。でも、声で少年だと分かった。

「一番大切なものを奪われる覚悟はいいですか?」

「はい」

私に、失うものなどなかった。
私は席へ座るよう、促され、背もたれの着いた黒い大きい椅子に座った。

「では、始めましょう。いくつか、質問させていただきます」

と少年はいくつかの紙に目を通しながら話し始めた。恐らくその紙は、私が予約する時に、事前書いて送ったアンケートだ。

「あなたは、いつから自殺しようと?」

「ずっと前からです。行動に移そうと思ったのは一週間前からです」

「ずっと前からって、具体的には?」

「小学五年生の頃からです」

私が死にたいと思ったのはちょうど三年前だった。

「なぜ、自殺しようとしたんですか?」

「私は、生きていてもしょうがないと思ったからです」

「あなたに趣味はありますか?」

「ありません」

「恋人や親友は?」

「いません」

「これまでに、感動した出来事を教えてください」

「、、もう、覚えてません」

「あなたに特別な能力、特技とかそういうものはありますか?」

「ないです。特に」

「自分は、好きですか?」

「嫌いです。とてつもなく」

「そうですか、では最後の質問です」

「はい」

「ここに、当店を予約した理由は、死ぬ前に、せっかくなら一度自分が理想とする人生は何なのか夢で見てみたいってありますが、死ぬってのは、もう決まったことなんですか?」

「もう覚悟は決まってます。これが終わってから、すぐにでも死にますよ」

「分かりました」

「それでは、あなたが望んだ、あなたのためだけの夢をお楽しみください」

と少年が言うと、五本のろうそくの火が一瞬にして消え、辺りは暗闇へと包まれた。

そして、私は、眠りについた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

朝起きると、朝ごはんのいい匂いがしていた。

リビングに行くと、朝食を作る母、気難しそうに新聞を読む父がいた。

「おはよう」

いつものように何気ない挨拶をすると、母も父も私の方を向いて笑顔で挨拶をしてくれた。

穏やかな暖かい朝だった。

母の朝食は美味しかったし、新聞を読みながら、小難しい講釈を垂れてくる父もいつも通り相変わらずで、面白かった。

学校に行くと、沢山の友人達が迎えてくれた。先生も優しくて、授業も面白かったし、放課後、友達同士で話すのも楽しかった。

家に帰って、私はインターネットを始めた。私はネットの友達とオンラインゲームをするのが日課になっている。ネッ友と言えども、リアルの友達とは遜色ないほどに、仲が良く、遠く離れていても心は通じあっていた。

休日は、家族と買い物に出かけたり、彼氏とデートしたりする。彼氏とのデートは、いつもドキドキして、緊張したけど、彼が私に合わせてくれて、私のことを一番に考えてくれていたから、いつの間にか緊張よりも、楽しさが勝っていた。

私は恵まれていた。
私の周りは、みんな私のことが好きで、私のことを第一に考えてくれる人ばかりだった。
私が頼れば、助けてくれるし、私が頼られたい時に、私を頼ってくれる。
世界はは私を中心に回っていた。

そして、私はずっと、私の理想とする周りの人間達に囲まれながら生きていった。
優しい彼と結婚して、子供も生まれて、その子供は大きくなって、ママっ子で私ばかりに甘えてきて大変だったけど、その大変さ以上に、子供が可愛かった。
私は子供が大きくなったあと、子育て評論家として、多くの母親から支持される人間となり、子育て本を出版する程になった。
誰からも憧れられる、理想の主婦、そして母となった。
老後、年老いて、私の子供たちは私の介護を一生懸命してくれて、親孝行者だった。そのおかげでとても穏やかな老後を過ごせた。
私が死ぬ前日、なぜか誰からも愛されず、普通の女の子として、一人の女性としての人生を何ひとつとして歩めない、そんな夢を見た。

そんな悪夢、今まで一度も見た事無かったのに。

それでも、死ぬ時は安らかに眠れた。私は、私を大好きで、一番に思ってくれている周りのみんなに囲まれながら死んだのだ。これほど幸せなことは無いだろう。

そこで、私の人生は、幕を閉じた。

パチンと指を鳴らした音が聞こえて、五本のろうそくに火が灯った。

「おはようございます」

私が目覚めると、怪しいフードを被った少年は目の前にいた。

私の顔を覗き込んでいて、そこで初めて少年の顔全体が見えた。とても、整った顔で、やはり若かった。私と同じくらいの年齢だと思った。

「誰からも愛されず、他人に興味もなくて自暴自棄になっていたあなたが、一方的に愛されて、依存される夢や希望を持っていたんですね、、、どうですか?夢を見た感想は」

「とても心地よかった。これまでに経験したことの無いくらいに」

「それは良かったですよ。でも、忘れないでください。”お代はちゃんと頂きましたから”」

「分かってる。それで何を貰ったの?私から奪うものなんて何も無いと思うけど?」

「残念だけど、一つ、たった一つのあったんだよね」

「それは、なんだったんですか?」

「、、、っていうかさ、別にもういいじゃん。それがなんだったとかさ、どうせ君はこの後死ぬんでしょ?だったらもうどうでもいい事じゃん」

「え?」

「ん、どうしたの?」

「そんな、、、私」

「気づいたね」


「あなたから奪った、あなたの一番大切なもの。それは気持ち。あなたがかつて思っていた、死にたいという気持ち」

少年が奪ったものは、私の死にたいという気持ち。
それは、私の、唯一の逃げ道だった。

「でも良かったじゃない、死ぬよりも、生きる方が。生きてりゃ何かいいことがあるかもよ?」

少年は楽観的に軽くそう言い放った。

「そんな、他人事みたいに、、」

「まぁ、確かにお客さんだけどさ、この商売は一回ぽっきりなんだよね。だから今となっては君は赤の他人なの」

私は誰からも愛されず、唯一愛してやれる自分ですら、愛想を尽かすほどであった。もう一生続く憂鬱な毎日に生きていく気力すら無かった。辛かった。私のことが嫌いな両親も、虐めてくるクラスメイトも、頼れる親友や恋人が居ない私自身も、唯一の居場所だと思っていたあのただの上辺の関係でしか無かったインターネットにも、本当に本当の私を見てくれる人はどこにもいなかった。何もかも嫌だった。
そして最後に考えつく場所、心の拠り所、私に残された道は、死ぬこと。自分の死だけだったのだ。

「そんな、、そんなことって、、」

「これから、毎日、、あの辛い日常を送れって言うの!?」

私は叫んでいた。これから、起こる逃げられない不幸に対して。

「さぁ?とりあえず、君はもう、君自身で死を選べない。ただそれだけさ」

「でも、少なくとも、今の君は、前の君とは違う。だからなにか変わってるかもしれない。自分が変われば周りも変わるんだ。そして新たな夢や野望が見つかる。夢を見る前に、死にたいとあれほど願っていたようにね。その次に見つかる夢が、君にとって、君の人生にとっていいものであると、僕は遠くから、心の奥底で、”願っているよ....”」
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