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第40話『幸福のキノコ』
しおりを挟む木と木の間に布を貼り、火を起こして各自寛ぎながら、二人組で水浴びをすることになった。
私はもちろんシンドラとペアで、私たちは一番に水浴びをさせてもらえることになった。
水温はとても冷たい。
それでも、汚れを落とせるだけでも有難かった。
後に控えてる人達のことも考えて、手短に済ませる。
身に付けていた下着もじゃぶじゃぶと洗い、用意していたタオルと新たな着替えに身を包んで、みんなの元へと戻った。
屋敷にいた時には、考えられない生活だ。
いま新しく身にまとっている服も、ネロさんと一緒に作った質素なもの。
それでも、私はこのサバイバルな生活をどこか楽しんでいるような節があった。
濡れた髪や、手洗いを終えた洗濯物は、シンドラが魔法で乾かしてくれた。レオ王子が白魔法を唱えてくれたおかげで体はスッと軽い。
こういうチートなハンデがあるからこそ、楽しめているのだろうけど‥。
ユーリさんが背負ってくれていた大きなリュックには、鍋も入っていた。
キノさんとレオ王子が水浴びをしている間に、ネロさんと私は料理を作り始めた。ユーリさんとシンドラは見張りをしてくれている。
「ソフィア様、俺ちょっとトイレ行くから、火見ててね」
ネロさんの言葉に頷いた。
鍋は既にグツグツと美味しそうに湯気を出している。
あ、なんだか美味しそうなキノコがある。
私は、キノコを手で掴み、直接火にかけてみた。ジュワッと香ばしい匂いが鼻の奥を刺激する。
キノさんが広い集めていたキノコだ。体に毒はないだろうし、なにやら沢山ある。
1つだけ、味見しちゃおう‥
しばらくして、ネロさんが戻ってきた。
はぁ‥美味しい‥‥
「‥ソフィア様?」
ふわふわ~っと、体が浮いたように軽くて、蕩けるように幸福感に包まれる。
「ねえ!ソフィア様!大丈夫ですか?!」
ネロさんの声が、とても遠く感じる。
なにを話しているんだろう‥
ああ、幸せ‥
「ちょっとみんな来て!やばい!!」
何やらみんながバタバタと集まってきた。
そこには、髪を濡らしたまま、タオルに包まったレオ王子もいる。
「あー、幸福茸食べたんだね。
それ売ろうと思って採ってたんだよ。ごめん変なとこに置いて」
キノさんが、みんなに頭を下げている。
ネロさんはアチャーと、額に手を当てていた。
シンドラとユーリさんも心配そうな顔だ。
なんか私やらかしちゃったのかな‥
頬が火照って、顔が緩む。幸福感がどんどん押し寄せてきて、私はこの勢いのまま、レオ王子に抱きついた。
「ちょっ」
レオ王子の体は、沢の水で冷んやり冷えていて、とても心地よかった。私の火照った体にはちょうどいい。
「ソ、ソフィア様!
今はいけません!」
シンドラにグイッと腕を引かれ、レオ王子から引き離されてしまった。
その瞬間、まるで決壊したかのように涙がボロボロと零れ落ちた。突然心の底から悲しくなり、気持ちがとてつもない勢いで落ち込んでいく。
「え?!ソフィア様?!」
私の尋常じゃない情緒不安定さに、シンドラが驚いたような声を上げた。
「シンドラさん、幸福茸は‥幸せな気持ちになれるんだけど、幸せだって思えなくなった時に精神壊れちゃうんですよ」
ネロさんが、何やらシンドラに説明をしている。
私は、ただただ悲しくて、グスグスと両手で涙をぬぐい続けていた。
それでもぼたぼたと大粒の涙が溢れ続けてしまう。
どうしてこんなに悲しいんだろう‥
「そ、それは‥レオ王子から引き離したせいですか?」
「まぁ、そうでしょうね‥。
どうする?レオ様」
レオ王子は、困ったように大きなため息を吐いた。
そんなレオ王子の様子を見て、更に悲しくなった私は、ついに地面に突っ伏して、両腕で顔を覆いとてつもない号泣を繰り広げ始めた。
横隔膜が壊れてしまいそうだ。
「こ、この症状いつまで続くんだよ」
レオ王子の問いかけに、今度はキノさんが答えた。
「少なくとも丸一日」
「は?!そんなに?!」
「このまま不幸な気持ちのままだと、まじで精神崩壊しちゃうよ。これ一種のドラッグだから‥
解決方法はひとつだけ」
「なんだよ‥」
「超絶幸せだって思えること。
そうすればその瞬間にキノコの効果も消えるよ」
「なんなんだよその都合良すぎるキノコは!!」
あああ。レオ王子が怒ってるぅぅぅ。
悲しい!!悲しくて辛いよぅぅぅ。
超大号泣しながら、片手でばんばんと地面を叩きつける。悲しい。悲しい悲しい悲しい。
「ぷはっ、
ソフィア様面白すぎるんですけど」
あああ、ネロさんに笑われてる。
ああああ。
「‥‥どうされますか?レオ王子。
ソフィア様がくっ付いても大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけないだろ‥
でもこのままじゃソフィアが‥」
みんなの空気が変だ。
シンドラも、目を伏せたまま言葉を選んでいるような様子を見せている。
こんな時、いつもと変わらないのはネロさんだ。
「俺らここで待ってるからさ。
2人の時間楽しんできてくださいよ」
ネロさんがヘラヘラッとそう言うと、シンドラは困った表情を浮かべながら、魔法で1匹のコウモリを作り出した。
「‥‥レオ王子があまりにも暴走して止まらなくなった時に、このコウモリが私たちに知らせてくれます。
このコウモリを持っていってください‥」
「‥‥‥」
レオ王子は、しばらく押し黙った後、無言のまま私の手を掴んで体を起こした。
レオ王子‥やっぱり怒ってる‥‥。
むすっとしたレオ王子の顔を見て、私はシクシクと泣きながらレオ王子に引っ張られてみんなの元を離れた。
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