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第70話

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 この話を機に、エルマーやオリヴァー、クレアやヴィンスなどには男爵の爵位が授けられた。この国の王であるギルをプテラス領にいた頃から支え続けてきたとなればその功績は周囲からも認められるものであった。
 ちなみに、ギルを一番近くで支えてきたアイナには公爵が授与されるべきだと議論が重ねられていた。枯れていた土地を恵み豊かにし、獣人に襲われていた人々を救った彼女の功績は計り知れない。ただアイナはそれを断り続けていた。

 クロズビー家は貴族の中でも一番といって過言でない程の大貴族。元々クロズビー家の当主でありローレンの父であるカイルはこの国の宰相を務めていたほどだった。
 ヴィンスにはルーンという姓も与えられ、ヴィンス・ルーン男爵と呼ばれるようになった。だが、ローレンとの格差は激しいものであった。

 しかし‥
そこまでの大貴族であった筈のクロズビー家は一時全てを失うほどの状況に見舞われた。それも味方であった筈のサイモンに裏切られての失墜である。クロズビー家にとってそれは何にも言い難いほどの屈辱だった。
 それが一転し、新しい王とその側近が前王と娘の憎き恋敵を倒し、自分たちは無実の罪から解放された。

 カイルは感謝してもしきれない、とギルに絶対の忠誠を誓うことになった。そのギルから婿にどうだと勧められたのがヴィンスだったのである。それも、ヴィンスは娘の憎き恋敵の首を直接撥ね飛ばした男だという。そのうえ、ギルの側近としてギルに意見を言えるほどの騎士なのだ。カイルが断る理由はもうどこにもなかった。

 唯一の懸念は、我儘な愛娘のローレンである。
彼女は相手の立場や容姿などに煩いのだ。前王の公妃になる予定だったのだからそれは尚更のことである。ヴィンスの顔に唾でも吐き捨ててしまうのではないかと、カイルはハラハラと2人のご対面を見守ると‥

「ヴィンス、やるじゃないの。
意外に早かったわ」

「当然だろ」

 と、2人は熱烈なハグをしたのだった。
この時カイルは2人が既に恋仲であったことにやっと気付いた。
そして心底驚いたのだ。ローレンがいくら身分を真っさらにされた状態でプテラス領に逃げていたのだとしても、ヴィンスは何も持たない兵士だった。それを分かったうえでヴィンスと交際していたのだ。

 つまり、娘は立場や金などではなく‥ヴィンス自体に惚れたということ。ローレンにそんな恋ができるようになったなんて、とカイルはこの日誰よりも号泣して喜んだという。

 一方王宮では、今日もこの2人の攻防が続いていた。

「なぁ、逃げるなよ。
いいじゃないか想いあってるんだから」

 そう言ってギルがアイナの背後から抱き付く。
ギルはもう何の遠慮もすることもない、と全力でアイナにベタベタしている。のだが‥

「熱いです、ギルさん」

 アイナは頑なに受け入れようとはしなかった。

「はぁ。頑固だなぁ‥
俺のことが好きなんだろ?」

 アイナは「違います!」と言いたかった。
この状況を変えられるのであれば、嘘さえ言いたかったのだ。

 だけど、違いますという言葉は何故か出てこない。
この間ヴィンスに偽プロポーズされた際もそうだ。「違う」と言おうとしたのにその言葉は出てきてくれなかった。

「‥‥」

「黙るってことは好きってことでいいんだろ?」

 さすがにここまでアイナに一線を引かれると、ギルもだんだんと自信を失くしてしまうのかしょぼくれた子犬のような顔になっている。

「‥言葉が出てこなくなるんです。否定しようとすると」

「‥‥え」

 その言葉を聞いて、ギルは暫く固まった。

「いや、ごめん‥とっくの昔すぎて忘れてた。
本当ごめん」

 突然のギルの謝罪に、アイナは不思議そうに首を傾げた。

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