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第5章ーー永遠にーー

第45話

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「それで‥結局眠れなかったと」


 やれやれと息を吐くのはベンジャミンだ。パーマがかった長めの髪を今日は一本に束ねている。

 エレンやリアムは広い会議室で大臣たちと会議中。
ベンジャミンやアレクは、会議室の壁沿いの椅子に座りながら小声で談笑していた。

他の大臣の護衛たちは険しい表情でピシッと背筋を伸ばして主人を見つめているが、ベンジャミンやアレクはまた別物だ。

王であるリアムにとって、なくてはならない側近ベンジャミンと、初代王でありヴァルキュリーサモナーの護衛であり夫のアレク。

この2人を咎められるのは、この国にはリアムやリアムの側近たち、そしてエレン以外に存在しなかった。





「‥いやー自分の首自分で締めちゃったよ」


アレクがさらさらな黒い髪をがしがしと掻いた。


(つい理性吹っ飛ばして一歩踏み込んじゃったなー。
忍耐力には自信があるはずなんだけど)


ベンジャミンは遠くを見るように目を細めて、何か言いたげな表情だ。


「なぁに?ベンジャミンさん」


「別に普通に手出せばいいじゃないですか。
エレン様だってもう成人されてますし、そもそも貴方達夫婦なんですから」


 ボソボソと、小声でベンジャミンは言い放った。
アレクは「だよねー」と笑う。


「でもまぁ、ゆっくり進んでいけばいいかなーって」


 アレクはそう言ってまた陽だまりのように笑った。





✳︎




 会議が終わると、椅子に腰掛けていたアレクさんが立ち上がった。さりげなく私の背に腕を回し、エスコートするかのように私の隣をピタリと歩く。


「ア、アレクさん‥」


「エレンちゃんお疲れ様。
疲れたでしょ、一息つく?」


「このまま楽園に向かいます」


「そうなんだ‥‥リアム、今日じゃなきゃダメなの?楽園行くのって。エレンちゃん今日具合良くなさそう」


 アレクさんが私の仕事に口を挟むなんて、とても珍しい。いつも笑顔で寄り添いながら、私の護衛をしてくれているけど、こうしてリアム様に具申するのは初めてのことだった。


「‥確かにエレンの顔色は良くないかもしれませんね」


 リアム様が小さく息を吐きながら私を見た。
私は思わず首を横に何度も振った。


「わ、私は全然大丈夫です!!」


 確かに寝不足だけど、こんなの別に平気だもの。


「‥建設スキルを使ってもらわなきゃいけないからな。体調が優れないなら今日決行するわけにもいかない」


 ただでさえ、建設スキルは意識を失う可能性がある。体調が優れない中スキルを使ってしまえば、途中で倒れてしまうかもしれない。


「大丈夫です、本当に!なんともありません!」


 過保護すぎると思うんだけどな、アレクさんもリアム様も。


「エレンちゃんは、簡単に倒れすぎるんだよね。
俺がいつもどれだけ心臓止まりそうになってるか知らないでしょ」


「そ、それを言うのは卑怯ですよ!」



 私だって好きでしょっちゅう倒れているわけじゃないもの。だけど、毎回意識を失った私の手を握るアレクさんの気持ちを考えると、居た堪れない気持ちにもなってしまう。



「ふぉふぉ、仲睦まじいですなぁ」


 この国の重役、シング大臣が白くて長いあご髭をさすりながら言う。


「お2人のお子が楽しみですの。
なんせ2人とも貴重すぎるスキルを持っていらっしゃる」



 シング大臣の言葉に、私とアレクさんは目を合わせた。父カールは『服従』のスキルを持ち、娘の私は『奪取』を持っていた。
 親が貴重なスキルを持っていると、子も貴重なスキルを持ちやすいというのは、この国で長年言われ続けている定説だった。
 まぁ私は、自分がスキル持ちだったとはしばらく気付いていなかったんだけど。


 アレクさんはもう遥か昔に子どもがいた。
その子どもは、貴重なスキルを持っていたんだろうか。



「‥そうとも限りませんよ。
下級スキル‥もしくはスキルを持たないかもしれません」


 アレクさんが優しく微笑んだ。
シング大臣は、フォフォフォという独特の笑い声を漏らしていた。



ーーその日の夜。


 結局リアム様もアレクさんの言葉に「うん、やはり今日はやめておこう」と本日の楽園行きを打ち切ってしまったため、今日の私たちは早くに仕事を終えていつもよりも早くベッドに入っていた。


「エレンちゃん、寝不足でしょ?
クマできてるもん」


 私は欠伸をこらえたあとに、首を横に振った。


「ね、寝れましたよ。昨日だってぐっすりと」


 恥ずかしさのあまりそんな嘘をつく。アレクさんは、そんな私を愛おしそうに見つめながら私の髪を手で梳かしていた。


「‥エレンちゃんに似た可愛い子が生まれたら、俺どうしよう」


 アレクさんが唐突にそんなことを言う。


「どうしようって??」


 私が目を瞬かせると、アレクさんは私の髪を梳かしていた手を止めた。


「俺、エレンちゃんを愛でることで精一杯だからさ、ちゃんと父親できるかなぁ。ずっとエレンちゃん優先しちゃうと思うんだよね」


 いや、一応貴方子育て経験者なんじゃ‥!
そんな私の心の声を察してか、アレクさんがまた口を開いた。


「ほら、俺その時王様だったからさ。
乳母とか家臣とかが子どもの世話してたから。
こうして今みたいに普通の夫婦として、普通の家庭を築くとなると自信がなくてね」


「ふふ、絶対大丈夫ですよ」


「そうかなぁ」


「アレクさんは、人々を包み込む温かさを持った人ですから。私のことも、いつか生まれてくる子どものことも、心底愛してくれるって思ってます」


 そう言ってにっこり笑うと、アレクさんは私の頬に手を当てた。
小さなキスが、可愛らしい音を奏でる。もう何度目かわからないアレクさんの唇。
 だけど全く慣れることはなくて、今だって心臓は言うことを聞いてくれない。

 あんまり高鳴ってしまうと、アレクさんに聞こえてしまいそうで勘弁してもらいたい。


「好きだよ、エレンちゃん」


 キスの合間に、アレクさんが愛の台詞を囁いた。


「わ、私もです」


 焦がれるほどに好きなの。孤独や寂しさも全てを背負ったうえで、優しく人々を包み込もうとするアレクさんが。
 この澄み渡った綺麗な漆黒の瞳も、しゅっと通った鼻筋も、形の良い唇も、爽やかな笑顔も。


 大好きで堪らないの。



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