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第4章ーー想いーー
第36話
しおりを挟むすっかり長くなった足を組んで、白金の髪の王は美しすぎる瞳を私に向ける。
「エレン、そろそろいい加減俺と結婚しろ」
ほくそ笑みながら言う台詞ではないと心の中で思いながら、私は首を横に振った。
日中にアレクさんに対して言ったプロポーズは結局はぐらかされてしまった。今度は王宮でリアム様が私にプロポーズをしている。
リアム様からのプロポーズは何度目かわからないけど、私の周りでプロポーズが横行しているのは間違いない。
「結婚できませんよ」
「もう散々待ったんだぞ俺は」
「待ってくださいなんて言ってないですし、私がアレクさん好いているのはご存知でしょう」
この4年間断り続けてきたけど、傷付けないように優しく伝えてもリアム様の気持ちは変わらなかった。ならば少しキツく伝えた方がリアム様の為になる。
「はぁ。俺の婚期が遅れるのはお前のせいだぞ」
「だから、私以外の人と結婚してくださいって言ってますよね?!」
「俺はお前以外と結婚しないって決めてんの!
なんなら最後まで待つ気でいる」
何という頑固さ。
私はキィーッと血がのぼるのを抑えて尋ねた。
「最後?」
「アレク様の願いが叶った時だよ。
その時どれだけ互いがヨボヨボでも、それでもいい」
何を言ってるんだこの人は。私は愕然として、しばらく言葉も出せなかった。
「人生を棒に振るおつもりですか?
素敵な方が他に沢山いるでしょう。それに後継者はどうするんですか?冗談もほどほどにしてください」
「そっくりそのままお返しするよ」
ふんっと鼻で笑うリアム様に、私はやれやれとため息を吐いた。
報われない者同士の、ひたむきな恋。
「疲れちゃいますね、リアム様」
「まったくだな」
人生を棒に振っても好きでい続けたいという気持ちは痛いほど理解できる。アレクさんに対する想いがまさにそれだ。
でも、私の為なんかに人生を棒に振るわないで欲しいと切に思う。それは、アレクさんが私に抱く感情と同じだろう。
両者の気持ちを理解しているのに、自分の心を楽にするための最善の方法が未だに分からない。
*
「エレンちゃん、昨日のことだけど」
リゾートワンピースに身を包む私は、いつもおろしている髪を結い、すっかり慣れてしまった白い羽根のカチューシャも今日は付けていない。
今日は午前中に王宮での楽園に関する会議に参加していた。そして会議が終わった今、ヴァルキュリーサモナーではなく観光客に混ざって楽園内を歩いている。ベンジャミンさんは、スキルが届く範囲で私たちの後方を付けている、といったところ。
「なんですか?」
「やっぱり俺じゃない人好きになった方いいよ」
「‥まだ消去スキル全然見つかってないのにですか?」
期限はきっとまだ沢山あるでしょ、と口を窄めて訴える。
「うん。だって、今はこうして同じくらいの年齢で肩を並べて歩いてるけどさ、いずれそうじゃなくなる。それに気付いた頃には、もう手遅れだから」
「‥アレクさんが嫌ですか?
若い子じゃなくて、お婆ちゃんになった私が隣にいるの」
「いや、俺は全然。俺からすればお婆ちゃん達もまだまだ若いよ」
「じゃあいいじゃないですか」
「いやぁ、ちょっと言うかどうか迷ってたけど」
アレクさんの視線が下がった。なんとなく私は心構えをする。どんな発言が飛び出すんだろうか。
「‥リゼの話になるんだけどさ」
絶世の美女だった、アレクさんの当時の奥さんだ。私もあれから資料を探しまくって図書館の奥の倉庫から肖像画を発見した。金髪が似合う、目鼻立ちがくっきりとした美人がそこにはいた。
「‥はい」
「リゼ、若くして自ら命を絶ったんだよね。俺と子供の前でさ」
え‥
この人は、どれだけ爆弾を隠し持っているんだろうか。アレクさんの話はどれもが一生のトラウマもんだけど、命を終わらせることができないアレクさんは、それをひとつひとつ時間をかけて受け止めてきたんだろう。
「‥もしかして、老いていく恐怖から、ですか」
絶世の美女というくらいだ。きっと、綺麗なまでいたかったんだろう。
「うん。まだ全然若かったんだけどね。俺が全く老けないから、凄く過敏になっちゃって。隣に並びたくない、顔も見たくないって」
「ーーーー私は違いますよ」
きっと、まだまだ長く一緒に居られるはず。
共に過ごす時間の中で‥私だけが老いていく焦燥感もあるかもしれない。だけど、私は胸を張ってーーーーーーー
「‥エレンちゃん?」
向こう側から歩いてきたお婆ちゃん。隣を歩くのはお孫さんだろうか。
私は、心臓を掴まれたような苦しさを感じながら、なんとか絞り出すように声を出した。
「‥い、ました。消去スキル‥」
「‥え」
まだまだ先だと思って油断していた。だって、みんなもそういうつもりだった。見つかるのはもっともっと、先の話だと。
嘘をつかずにアレクさんに伝えた私を、褒めてあげたい。ああ、どうしよう。結婚どうのこうのって話じゃないじゃないか。
もう、死んじゃうじゃないか。
「エレンちゃん、深呼吸深呼吸」
アレクさんがそう言って、私の背を撫でる。
私はようやく、息を大きく吸った。
この温もりを、失いたくないのに。
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