魔法探偵の助手。

雪月海桜

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第四章【朝霧の残像】

約束。

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 姫乃ちゃんは、絶句する。わたしも、ショックで固まってしまった。
 一緒のクラスに通って、一緒に卒業したいという、切なる願い。
 そのために過去すら犠牲にしているのに、最終的に何もかも忘れてしまう可能性がある。

「そんな……」

 ふと、鏡を直してもらった時に考えた、『もと』に戻すのに必要な愛着や思い出や状態について、頭に浮かんだ。
 使用中についた細かい傷や汚れですら、その物をその物たらしめる思い出だ。それらをすっきり消してしまえば、そこらの新品の別物と見分けがつかない。

 過去の思い出が次々消えてしまって、人によって見える状態すら不安定な今の姫乃ちゃん。
 そして、今この瞬間のことさえ忘れてしまうかもしれない、魔法で作られた姫乃ちゃん。
 それは本当に『もとの姫乃ちゃん』と言えるのだろうか。

「ねえ、シオンくん。今この魔法を止めたとして、姫乃ちゃんの中に思い出を繋ぎ止めることは、できるの?」
「……わからない。出来たとして、彼女が目覚めるのがいつになるかもわからないしね。答え合わせが出来る日が来るかも……。……でも、最善は尽くすよ」

 そうだ、姫乃ちゃんは、目覚めないかもしれない。
 それなら、こんな幽霊みたいな状態だとしても、過去を削ってでも、もとに戻れなくても、少しでも長く一緒に過ごせた方がいいのかもしれない。

 そんな風に考えて、わたしはすぐに首を振る。
 親友のわたしが、姫乃ちゃんを信じなくてどうするのだろう。

「ねえ、姫乃ちゃん。魔法、もうやめにしよう」
「みゆり……でも、私……」
「もちろんわたしだって、姫乃ちゃんと卒業まで一緒に過ごしたいよ! 明日も学校で会いたい、たくさんお話ししたい! でも、それは……同じ思い出を積み重ねてでないと、寂しい……。昔のことも、忘れたくない、今この瞬間のことだって、大きくなってから笑い合いたい……」
「そうね……願いを叶えるためなら、何だってしようと思ったのに……もう、何も失いたくないわ」

 抱き締め合いすすり泣くわたしたちを、シオンくんと先生が黙って見守る。
 静かな境内に、遠くの方から、ヒナちゃんの歌声が聞こえてくる。ミニライブは、終わりに近づいているのだろう。

 ヒナちゃんの初めてのラブソング。叶わない初恋を愛おしみ、切なさの中でそれでも前を向き成長する、魅力的な女の子の歌。

 恋だけに限らない、痛みも、傷も、すべて成長に必要なものだ。
 わたしたちはきっと、この別れの痛みだって糧にして、一緒に大人になれるはずだ。

「姫乃ちゃん。また目が覚めたら、たくさんの思い出、一緒に作ろうね」
「……ええ、約束よ」
「わたし、病院にもお見舞いに行くよ。そうしたら、休みの日や放課後の思い出も増えて、一石二鳥? だよね!」
「どの辺が一石二鳥なのかわからないけど……ふふっ、待ってるわ」

 指切りを交わした小指が、冷たく震える。遠くの方で、ライブが終わったのか大きな拍手が聞こえた。
 その拍手が、わたしたちの新たな門出を祝福しているようだ。

「また、ね」

 そう言って微笑み合ったこの時間を、わたしは忘れることはないだろう。


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