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【最終章】ダイヤモンドの消失。

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 聖女であるステラ、護衛を兼ねた騎士で公爵の父と、その監督をする殿下達がこの土地の領主であるダイヤモンド侯爵への謁見をしている間に、アメリア達使用人は今回わたし達が滞在する邸宅へと荷物の搬入をする。

 手持ち無沙汰なわたしは、護衛のリヒトと一緒にダイヤモンド邸から離れすぎない範囲で町を散策することにした。
 リヒトもまた、あまり住民達を刺激しないよう騎士の正装ではなく、私服での警護だ。彼の私服姿は、初めて見た気がする。
 シンプルながら洗練された雰囲気、端正な顔立ちと品のある佇まいから、お忍びの貴族と言われても可笑しくない。
 住民の、特に妙齢の女性の視線は、先程馬車から見たものとは異なり、やけに色めき立っている。

「どっちにしろ目立ってる……」
「ああ、お嬢様の可愛らしさは、帽子では隠しきれませんから」
「わたしじゃなくて!」

 リヒトは近頃、オリオン殿下や父のようにわたしを可愛いと褒めることが多い。
 元より護衛の性質から過保護ではあったけれど、女性は褒めるものとばかりにすらすら褒め言葉が出てくるオリオン殿下や、生まれた時から親馬鹿全開なお父様とは違い、基本物静かでクールな彼のふとした一言は重みが違う。

 何と言うか、冗談や大袈裟な物言いではないとわかる分、物凄く照れてしまうのだ。
 照れた顔を隠すように視線を他所へと向けていると、不意に向こうの通りに、目立つリヒトに目もくれず足早に歩く少女の姿を見掛けた。

 雪の滅多に降らない南部では重苦しいコートは着ない。ケープから覗く簡素なドレスは、豪奢なデザインではないものの遠目にも質が良いと分かる。
 急いでいるようだが姿勢正しく、凛としたその歳のわりに大人びた横顔。黒と見紛う深い灰色の髪を靡かせて歩くその姿は、以前皇室主催の殿下達の誕生記念式典で会った……

「フレイア様……?」

 どうしてこんな所に。
 皇室のパーティーに招待される程の家柄であろう彼女は、どうやら護衛も連れず一人だ。
 元々この地域に住んでいるのだろうか?
 それにしては、どこか挙動不審というか、周囲を警戒しているようだ。角を曲がると建物の陰に身を潜め、辺りを見回している。

 そんな彼女をあまりにも見ていたからか、不意に視線が合った。その瞬間彼女は驚いたように目を見開き、一目散に走り去ってしまった。
 男の子の格好をしていて、あの距離でわたしの正体に気付いたのかはわからない。それでも目が合っただけで逃げられてしまったのはさすがに少しショックだ。

「御挨拶したかったのになぁ……」
「何のことです?」
「あ、そっか。リヒトは会ってなかったね。えっと、今、向こうの通りに居た灰色の髪に黒いドレスの女の子、前にも会ったことがあって……」
「……? そのような人物は見掛けませんでしたが」
「え……?」

 優秀な護衛騎士であるリヒトが、あんなに怪しい動きをしていたフレイアを見落とすわけがない。
 五人目のメイドに続いて、彼女までわたしにしか見えていなかったのだろうか。
 何が真実で現実か分からずに、自分の世界が揺らぐ感覚。

「お嬢様!?」
「だ、大丈夫……、大丈夫」

 思わずふらついたわたしをリヒトが支えてくれる。
 その後話し合いが終わったらしいステラ達がわたしを迎えに来て、顔色の悪いわたしに気付いて駆け寄ってくれたけれど、目の前に居る皆もわたしだけの幻覚なのかも知れないと、不安な気持ちが拭えなかった。

「それじゃあ、今回も手分けして調査と聞き込み、それから対策を考えましょうか」
「おう、そうだな。とりあえずステラは俺と……」
「モルガナイト公爵、私と御一緒していただけますか?」
「聖女の護衛、拝命致します」
「す、ステラ、俺も……俺も行く!」
「ふふ、お二人とも、宜しくお願いしますね」

 レオンハルト殿下とステラとお父様、オリオン殿下とリヒトとわたしの三人チームで、聞き込みや調査を開始することになった。

 不安がってばかりはいられない。
 もしかすると、この現象もこの地の『異変』に関与しているかもしれないと分かったのだ。

 ステラ達がダイヤモンド侯爵から聞いた話によると、この地方で近頃『人が消える』事件が発生しているらしい。
 消えると言っても、失踪や拉致等の事件ではない。ある日突然『存在ごとなくなる』のだ。

 昨日まで居たはずの使用人。
 先週ご飯を食べに来たはずの常連さん。
 今までここに居て談笑していたはずの友人。

 確かにそこに居たはずなのに、痕跡や記憶の断片はあるのに、顔や名前をはっきりと思い出せなかったり、他の人の記憶には無かったりする。

 まさに、わたしの五人目のメイドと同じだった。
 つまり、この異変が解決すれば、名も知らぬ彼女は帰って来てくれるかもしれない。
 不安定で憂鬱な気持ちを払うべく、僅かな期待を胸に、わたし達は今回も異変解決のための調査を開始したのだった。


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