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【第五章】エメラルドの森の異変。
⑤
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結局同行することになった殿下達を連れて、ようやく今日の宿となるヘリオドール伯爵家にお邪魔することになった。
焦げ茶色の煉瓦造りに、深緑の屋根。落ち着いた色味の外観と、質素だが品のある調度品。
予定外の賓客である殿下達には一番広い客間を、わたしとお父様にはそれぞれ少し小さめの客間を宛がわれた。
直々に部屋を案内してくれたステラが申し訳なさそうに笑む。
「ここが、ステラの家……」
「公爵邸より狭くてごめんなさいね」
「ううん! とっても素敵」
「そう? なら良かったわ」
エミリー達使用人が馬車から一通りの荷物を運び入れると、わたしとステラと父、皇子達はそれぞれ護衛を連れて再び外へと出た。
ステラの両親とヘリオドールの使用人達は、公爵家に皇室という目上の客人をもてなすためにあたふたとしており、屋敷の中は落ち着かなかったのだ。
外に出ると、やはり皇族の証である黒髪は目立つからと、殿下達は髪を染めることになった。
微量の光魔法で髪を明るく見せる方法もあるが、そもそも光魔法の使い手は稀少で、更に長時間の持続はやはり魔力消費が多いらしい。そのため、この土地で採れる植物由来の染料を使って行うことにした。
庭の隅で、汚さないよう上着を脱ぎ、染料を溶かした水で髪を濡らす。
秋口に外で上着を脱ぐのはやはり寒いのか、二人が小さく身震いしては、すぐ様皇室の護衛を兼ねた魔法使いが彼等の周りの空気を暖める。至れり尽くせりだ。
濡れ髪は風魔法で乾かして、デザインは平民寄りなもののやはり仕立ての良い服に着替えると、変装完了だ。
漆黒から茶髪へと変化した彼等は確かに皇子だとはバレないかもしれないが、立ち振舞いから育ちの良さは抜けきらない。
夕刻にはこの土地の領主であるエメラルド侯爵家に挨拶に向かう予定になっている。外に出て他の領民にばれるのも時間の問題だとは思うが、その時はその時だとレオンハルト殿下は笑った。
まだ少し時間があるからと、わたし達は初めての土地を散策をすることにした。
庭先から臨む新緑の森、自然の香りと、長閑な空気感。ここでステラが生まれ育ったのだと改めて実感する。
夏にサファイア侯爵領に訪れた際には今は亡き今世の母を思い切なくなったけれど、ここではステラの軌跡を感じて嬉しくなってくる。
やはり、前世の母というだけではなく、彼女は今この世界に生きているステラ・ヘリオドールなのだ。
敷地内にある小高い丘の上、先に登りこちらに手を振るステラとレオンハルト殿下を見上げる。
わたしが手を振り返すと、はしゃいで転びそうになるステラ。それを慌てて抱き留めるように支えたのは、わたしの前を歩いていたお父様だ。
それを見て、ステラの傍に居たレオンハルト殿下は少し複雑そうな顔をする。
レオンハルト殿下の恋心、ステラのわたしの『母』としての気持ち、お父様との関係、皇帝陛下の思惑。
ステラを取り巻く状況は、わたしが我が儘を言ってどうにかするものではないのだ。願わくは、ステラが幸せになれる選択をして欲しい。
「……何か考え事ですか?」
「オリオン殿下……いえ、なんでもないです!」
「そうですか……? 何かあれば、僕に仰有って下さいね。僕は、ミア嬢の味方ですから」
「ふふ、ありがとうございます」
そんなに小難しい顔をしていただろうか。心配をかけてしまったようで申し訳ない。不意に、わたしのすぐ後ろに居た護衛騎士からも声を掛けられる。
「……お嬢様、俺も味方です」
「リヒトまで……ふふ、ありがとう。大丈夫だよ、登り坂にちょっと疲れただけ」
そう言って誤魔化すと、リヒトは隣に並び残り少ない傾斜を手を引いて一緒に登ってくれる。空いている反対の手は、オリオン殿下に取られた。両方の手から伝わる温もりが優しくて、わたしはくすりと笑みを浮かべる。
皇子と騎士のエスコートを受け丘の上に到着すると、先程見えた森をより遠くまで見通すことが出来た。
そして、その様子に違和感を覚える。
「……あれ?」
「……、色が……」
年中変わらず新緑の『エメラルドの森』しかし森の奥、一部の木々の葉が、赤や黄色に染まっていた。
*******
焦げ茶色の煉瓦造りに、深緑の屋根。落ち着いた色味の外観と、質素だが品のある調度品。
予定外の賓客である殿下達には一番広い客間を、わたしとお父様にはそれぞれ少し小さめの客間を宛がわれた。
直々に部屋を案内してくれたステラが申し訳なさそうに笑む。
「ここが、ステラの家……」
「公爵邸より狭くてごめんなさいね」
「ううん! とっても素敵」
「そう? なら良かったわ」
エミリー達使用人が馬車から一通りの荷物を運び入れると、わたしとステラと父、皇子達はそれぞれ護衛を連れて再び外へと出た。
ステラの両親とヘリオドールの使用人達は、公爵家に皇室という目上の客人をもてなすためにあたふたとしており、屋敷の中は落ち着かなかったのだ。
外に出ると、やはり皇族の証である黒髪は目立つからと、殿下達は髪を染めることになった。
微量の光魔法で髪を明るく見せる方法もあるが、そもそも光魔法の使い手は稀少で、更に長時間の持続はやはり魔力消費が多いらしい。そのため、この土地で採れる植物由来の染料を使って行うことにした。
庭の隅で、汚さないよう上着を脱ぎ、染料を溶かした水で髪を濡らす。
秋口に外で上着を脱ぐのはやはり寒いのか、二人が小さく身震いしては、すぐ様皇室の護衛を兼ねた魔法使いが彼等の周りの空気を暖める。至れり尽くせりだ。
濡れ髪は風魔法で乾かして、デザインは平民寄りなもののやはり仕立ての良い服に着替えると、変装完了だ。
漆黒から茶髪へと変化した彼等は確かに皇子だとはバレないかもしれないが、立ち振舞いから育ちの良さは抜けきらない。
夕刻にはこの土地の領主であるエメラルド侯爵家に挨拶に向かう予定になっている。外に出て他の領民にばれるのも時間の問題だとは思うが、その時はその時だとレオンハルト殿下は笑った。
まだ少し時間があるからと、わたし達は初めての土地を散策をすることにした。
庭先から臨む新緑の森、自然の香りと、長閑な空気感。ここでステラが生まれ育ったのだと改めて実感する。
夏にサファイア侯爵領に訪れた際には今は亡き今世の母を思い切なくなったけれど、ここではステラの軌跡を感じて嬉しくなってくる。
やはり、前世の母というだけではなく、彼女は今この世界に生きているステラ・ヘリオドールなのだ。
敷地内にある小高い丘の上、先に登りこちらに手を振るステラとレオンハルト殿下を見上げる。
わたしが手を振り返すと、はしゃいで転びそうになるステラ。それを慌てて抱き留めるように支えたのは、わたしの前を歩いていたお父様だ。
それを見て、ステラの傍に居たレオンハルト殿下は少し複雑そうな顔をする。
レオンハルト殿下の恋心、ステラのわたしの『母』としての気持ち、お父様との関係、皇帝陛下の思惑。
ステラを取り巻く状況は、わたしが我が儘を言ってどうにかするものではないのだ。願わくは、ステラが幸せになれる選択をして欲しい。
「……何か考え事ですか?」
「オリオン殿下……いえ、なんでもないです!」
「そうですか……? 何かあれば、僕に仰有って下さいね。僕は、ミア嬢の味方ですから」
「ふふ、ありがとうございます」
そんなに小難しい顔をしていただろうか。心配をかけてしまったようで申し訳ない。不意に、わたしのすぐ後ろに居た護衛騎士からも声を掛けられる。
「……お嬢様、俺も味方です」
「リヒトまで……ふふ、ありがとう。大丈夫だよ、登り坂にちょっと疲れただけ」
そう言って誤魔化すと、リヒトは隣に並び残り少ない傾斜を手を引いて一緒に登ってくれる。空いている反対の手は、オリオン殿下に取られた。両方の手から伝わる温もりが優しくて、わたしはくすりと笑みを浮かべる。
皇子と騎士のエスコートを受け丘の上に到着すると、先程見えた森をより遠くまで見通すことが出来た。
そして、その様子に違和感を覚える。
「……あれ?」
「……、色が……」
年中変わらず新緑の『エメラルドの森』しかし森の奥、一部の木々の葉が、赤や黄色に染まっていた。
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