上 下
3 / 101
【第一章】母が聖女で、悪役令嬢はわたし。

しおりを挟む
 午後からは自室に招く家庭教師の時間。
 やるのは文字の読み書きや計算など、前世で言う小学生の内容だ。足し算や引き算なら普通に出来るものの、この国の文字は未知の物で、簡単なものなら何と無く読めるけれど、正直全く書けない。

 ミアも読み書きが嫌いだったようで、よく教科書を破いていた。お陰で今のわたしにもほとんど知識はなく……開始三分でギブアップだ。ここは諦めて、素直に教えを乞うことにした。

「ペリドット先生、これは何て読むんですか?」
「……! お、お嬢様が質問を……!?」

 読み書きはこの世界に生きる上で必須科目だ。いつになく熱心に勉強する様に、わたしの家庭教師であるペリドット先生は、その名の通り明るい黄緑色の瞳を真ん丸にしていた。
 挙げ句、その後一度も暴れずに授業を終えただけで感涙されてしまった。……ミアはどれだけ手のかかる生徒だったんだろう。我ながらとても申し訳ない。


 翌日、暖かくなってきたので、庭園の散歩に出られることになった。
 いつもなら、少しでも外に出掛ける時には「あれも嫌これも嫌」と何度もドレスや装飾品を取っ替え引っ替えしては、着付け担当のメイド達を困らせていたミア。
 正直今の感覚だと庭くらいパジャマで出ても全然良いのだが、公爵令嬢としては好ましくないだろう。
 わたしは部屋に併設された豪華過ぎるウォークインクローゼットを覗き込み、適当に近くの服を指差す。

「あっ、わたしこれが良い……そう、その白いやつ」
「お、お嬢様……大変申し上げ難いのですが、庭園はまだ雪解けしたばかりでぬかるんだ場所もございます、白ですと万が一泥が跳ねでもしたら……」
「あ……それもそうか。ならそっちのネイビーなら、濃くて汚れも目立たないかな?」
「お嬢様……!?」
「えっ、ネイビーもダメ?」
「い、いえ! 今すぐ御用意いたします!」

 わたしに物申すなんて、最悪物を投げられたり打たれるの覚悟だっただろう。震えながらアドバイスしてくれたのは、メイドの一人、ラナ。肩まで伸びた青みがかった菫色の髪に、新緑の瞳が美しい控え目な少女だ。

 決死の覚悟をした彼女の意見に対しわたしが何の文句もなくあっさり要求を変えたことに、わたし専属の五人のメイド達は大変驚いた様子だった。

 ドレスがあっさり決まったことで、支度もいつもの半分以下の時間で済み、侍女のアメリアとゆっくりと庭園を散歩して来る事が出来た。

 モルガナイト公爵家の広い庭園は、もう少しすると色とりどりの花が咲き乱れる綺麗な場所になるはずだ。今からわくわくしてしまう。
 やがて陽当たりの良い場所に出ると、花壇のすみに咲きかけの花を見付けた。少し考えてから、子供らしくそれを無邪気に引き抜いて、アメリアにプレゼントする。春の先取りだ。

 花を差し出しながら、ふと「行儀が悪い」と叱られるかもと考えたけれど、そんな心配は杞憂で、アメリアには「お嬢様からの初めてのプレゼントだ」と泣かれてしまった。
 日頃散々迷惑をかけて来たのに、お金持ちである令嬢からの初めての贈り物が無造作に摘んだ花で、むしろ申し訳ない。後日改めて何か贈ろうと心に決めた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

奇跡の世代の「汚点」と呼ばれた男、魔法の才能がありません。

おにぎり
ファンタジー
「奇跡の世代」 そうよばれるのは魔術大学、12期生。 A級冒険者は当たり前。S級冒険者に登り詰めるもの、宮廷魔術師として仕えるものなど天才ばかりである。 その中に、「汚点」と呼ばれる男がいた。C級冒険者から抜け出せないその男は皆に馬鹿にされていた。 しかしある時、勇者パーティの荷物持ちとして雇われることになる。決してその地位を手放してはならないと、男は必死であった。 その日、勇者一行はA級ダンジョン、「ミステリーダンジョン」に挑んでいた。 ボス戦は難なく終わり、いざ帰ろうとした時。 男は勇者に殺された。 (R15は主に3-1、3-4)

僕はその昔、魔法の国の王女の従者をしていた。

石のやっさん
ファンタジー
主人公の鏑木騎士(かぶらぎないと)は過去の記憶が全く無く、大きな屋敷で暮している。 両親は既に死んで居て、身寄りが誰もいない事は解るのだが、誰が自分にお金を送金してくれているのか? 何故、こんな屋敷に住んでいるのか……それすら解らない。 そんな鏑木騎士がクラス召喚に巻き込まれ異世界へ。 記憶を取り戻すのは少し先になる予定。 タイトルの片鱗が出るのも結構先になります。 亀更新

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

処理中です...