丘のむこうは海蛇座

第25話 テンゴク Paradizo

　家族かぞくも友人ゆうじんも、皆みなが天国てんごくに行いってしまった。わし一人ひとりがこの世よに残されている。

　わしも早はやく行かねばと思うが、自分で命いのちを絶たつとそれが罪つみとなり、天国に入れてもらえないかもしれぬ。
　ゆえに、飢うえた虎とらにこの身みを投げあたえ、願ねがいを果はたそうと思う。

　しかし昨今さっこん、虎の方ほうが人間より満みち足たりている様子ようす、山々やまやまを訪たずね歩いても、なかなか飢えている者が見つからない。
　わしは家族たちに早く逢あいたい一心いっしんで山中さんちゅうをさまよった。その間あいだ、狼おおかみの死骸しがいでも蛇へびの抜ぬけ殻がらでも天狗てんぐの鼻はなの腐くさり落ちた物ものでも、なんであろうと食たべた。

　ようやくまあまあ痩やせた虎を見つけた。あらかじめ考えていたとおり、その前に体を投なげ出す。
　すると、くさいッ、と顔をそむけられた。
　逃にげる虎を追いかけ、どうか食べてくれと叫さけぼうとするが、言葉ことばの発はっしかたを忘れていた。ただ、キーキーという音が口から出るのみだ。

　虎が逃げこんだテントにわしも駆かけ込こむ。
　そこには大男おおおとこがおり、手下てしたらしい連中れんちゅうに手足を拭ふかせていたが、全員が、くさいッと顔をそむけた。
　大男は悪態あくたいをつきながら立ち、棒ぼうをつかむと、わしをさんざん叩たたいた。
　こやつは虎や大蛇や禿鷹はげたかを飼かって旅たびする集団の長ちょうであった。

　今、わしは奇妙きみょうな山猿やまざるとして檻おりに入れられ、大男たちに従したがって旅をしている。
　長いこと山をうろついているうちに人の言葉の喋しゃべりかたがすっかりわからなくなっており、自分は猿さるではなく人ひとなのだと証あかしを立てられなかったのだ。
　依然いぜんとしてこの世に生きながら、いろんな街まちで晒さらし者ものになっている。

　困ったことに、与えられる飯めしが口に合い、いつまでも死にそうにない。

　あの虎はとっくに寿命じゅみょうで死に、わしの餌えさとなって天国に行ったというのに。




　Fino