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第四章  夏の嵐

9  柾Side

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 目覚めた柾はベッドより少し離れた窓から見える雲一つない真っ青な空を静かに見つめていた。


 今頃きっと美琴は龍とデートを楽しんでいるのかな。
 龍はある意味めっちゃ律義な性格をしている。
 これは僕と龍以外知らない事だけれども、龍は美琴とのデートプランや彼女との関わりについて逐一報告してくれているんだ。
 
 まるで僕が龍の身体となって美琴と楽しげにデートをしているかのようにね。
 
 因みに今日は海〇館でデートをして、それからクルージングをして隣に併設されているマーケットでショッピングをする。

 優しい美琴はそこで多分……いや必ずだな、僕を含めて皆のお土産をどれにしようかとめっちゃ悩んで、その美琴の隣で龍太郎は表面上はも面倒臭そうな仏頂面で何でもいいから勝手に選べばいいと言う様相をしているんやけれど、でもあいつの内心はそんな些細な時間でさえもめっちゃ幸せなんだろうな。

 相手は何と言ってもこの世の可愛いを全て具現化した様な美琴なんだ。

 美琴の一挙手一投足、大きな口を開けて欠伸をしていようが涎を垂らしてだらしなく寝ていようとも俺達にとってはどの様な、どんな姿であってもそれが美琴であれば全ては至福の瞬間なんだよな。

 僕と龍は正反対な性格の様で実はめっちゃ似ているんだ。

 初めて会った瞬間から趣味嗜好、それと愛する存在までも笑えないくらい同じなんだよ。

 でも僕は龍太郎の気持ちを知っても尚美琴を龍太郎へと譲る気持ち等微塵もなく、それどころか美琴を好き過ぎるだけに龍の気持ちを無視した形で堂々と職場やそれ以外でも僕は美琴への愛の深さを朗々と高らかに語っていた。

 流石に美琴のいる前では絶対に表情には出していないと思う……多分ね。

 そしてそんな愚かな僕はそれを全て毎回壊れた玩具の様な僕から聞かされる龍太郎の切ない気持ちまで気づく事は一切なかったんだ。

 だから僕は思う。
 これはもし神様が本当に要るとすれば、これは愚かで自分本位な僕に下された罰なんだってね。
 
 昔……もう十何年前になるだろう。
 あの桜の花弁はなびらの舞い踊る中で見た光景を僕は最期まできっと忘れはしない。

 ねぇ龍……出逢いに早いも遅いも関係はないんだと、僕はこの時になって初めてそう思うんだ。

 こんな風に考えられるのは僕自身めっちゃ吃驚している。
 でもね龍、本当に今僕は心の底から幸せなんだと思うよ。
 身体はこの通りもう使い物にならないところまで来ているし、痛みも持続神経ブロックで大分ましなんだけれどもそれでも痛いものはやはり痛いな。
 
 だけど不思議と心はめっちゃ凪いだ海の様に穏やかになってきている。
 これってもしかして僕は心から死と言うモノを受け入れ始めているのかもしれない。
 ふふ、あんなに死を、美琴の傍から離れるのを嫌がっていたのにね。
 今はそれすらも仕方がないなぁって思えるんだよ。


 日本へ、美琴の許へ戻って二ヶ月――――。
 
 美琴と直接接したのは最初だけ。
 うん初めはもっと、なんかもうめっちゃ美琴を何でもいいからめちゃくちゃにしてしまいたい衝動とそれでも近い将来僕のいない世界での美琴の幸せを、そして迫りくる死への恐怖で可笑しくなりそうだった僕はほんの少しでも長く生きていたいと、美琴の笑顔をもっと近くで見ていたいと縋りつくような心で生きていたんだ。

 あれは……あの時は本当に狂気に晒されていたと思ったよ。

 僕自身が思うんだから間違いはないな。
 それから周平叔父さんと母さん。
 二人は昔通り帰国する前と何も変わってはいない。

 いや、やっぱり何も違う。

 周平叔父さんも母さんも僕と美琴に何もないよと言う体を装い装いつつも、きっと僕達の見えないところで悲しみに耐えているんだ。

 周平叔父さんは僕の父さんと周平叔父さんの唯一の存在でもある琴ちゃんを、母さんも同様に掛け替えのない存在を既に亡くしていると言うのに今度は僕なんだよね。
 どうか僕がいなくなった後二人の悲しみが少しでも軽いものとなれますように、こればかりは本当に祈るしかないな。
 幼い頃より二人にはめっちゃ可愛がられたな。
 特に父さんを失って以降は周平叔父さんが父親として厳しくも優しさと愛に溢れていたし、母さんは勿論だけれど途中から琴ちゃんも実の母親の様に、そうだ、僕には二人の母さんがいたんだよな。
 
 二人の父さんと二人の母さん。

 ひょっとしなくても僕は美琴以上に幸せだったのかも……。

 
 そして七海……。
 君はこの二ヶ月でめっちゃ変わったね。
 君程の美人な女性がなんで半分以上死んでいる僕の傍で今もこうして付き添ってくれているんだろう。
 
 まあ答えは君に聞かなくても……。

「七海……有難う、な」
「ど、どうしたの柾……ど、何処かしんどい? 痛みが強くなったの? 呼吸もしずらく――――っっ⁉」
「僕の心は救いようのない、くらい、美琴への愛で満たされ、て、いる。でも――――こんな、この役に立たない身体、でいいのなら……君に、七海に、あげるよ……ほんとに、申し訳ない、けれど……ね」

 そう、こんな僕へ献身的な愛を注いでくれる七海には本当に申し訳ない気持ちで一杯だけれども、一杯情けないかな……今の僕に残されたのはこんなボロボロの身体しかないんだ。
 それでも七海がいいと言ってくれれば……。

「う、嬉、嬉しい。凄く嬉しい……よ、本当にいいの? 最期まで……ううん、ずっと柾の傍にいて、いいの?」

 馬鹿だな七海は……。
 本当に底なしのお馬鹿さんだよ君は……。
 こんな死にぞこないの何処がいいのか……それでも――――。

「うん、七海が良ければ……ね」
「ま、柾っっ!!」

 七海は僕の名前を叫ぶと色々点滴のルートやチューブ類を注意、そこは流石医師だなって思う。
 それ等を注意しながら、そして僕の身体をそっと抱き締めて泣いていた。

 そして僕は七海を思う様に慰める動作も何も出来ないまま、ただ幸せってこんなところにもまだまだあるのだと、気づけば一筋の涙を流していた。

 またこんな時でも美琴への愛は変わる事はないんだ。
 ごめんね七海……。
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