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第三章 もう一つの春
18 柾Side
しおりを挟む僕は小躍りするくらい、いや実際に心の中ではサンバのリズムに乗ってうきうきと踊っていたよ。
僕としては可愛い美琴の前で甘く愛を囁き熱く、めっちゃ情熱的なタンゴを一晩中尽きる事無くずっと一緒に踊っていたかった。
まあ僕は少々日本人離れした容姿なんだけれど実際は心身共にどっぷりと浸かりきった和の国日本人、然もこてっこての関西人ならぬ京都人なんだよね。
そしてお約束通りにボケ突込みは体内でしっかりと搭載積みなんだけれど、やはり人様の前で踊るものはと言えばそこは日本人らしく盆踊りな訳で、お世辞にも僕はタンゴやサンバは踊れないし踊った事もない。
ただ僕の今の心の中を表現すれば――――だっっ。
何故ならそれくらい美琴と無事に再会出来た事が純粋に嬉しかったんだ。
五日前に窓越しから小さな美琴を見た時もそれはそれでめっちゃ感動ものだったけれどもっ、今はほんの手を伸ばせば直ぐ近くに彼女はいてくれてるんだ。
そんな僕を見る美琴の表情は実に愉快で可愛らしい。
ふかふかなソファーに埋もれた可愛らしい寝起きだとわかるぼーっとした表情も。
『柾兄っっ』って久しぶりに呼ばれる馴染みのある僕の呼び名と共に、ソファーから僕へと飛んで抱き着いてくれた生に満ち溢れる温かで柔らかく女性らしい身体つきへと成長した美琴。
僕にしがみついてわんわん泣く様はまるで昔に戻った様に僕の心を甘い疼きで満たしてくれる多幸感。
そしてまだまだ慣れない大学生活でも大変やのに、この五年もの間ずっと朝比奈家の主婦として家を切り盛りしていると聞いてい驚いたよ。
ちょっと前まで琴ちゃんの後ろで、僕の腕の中で天真爛漫に燥いでいた小さな女の子がだよっっ。
うん、あの頃も少しは琴ちゃんのお手伝いをする事はあったけれどそれでもだよ。
なのに今の美琴はちゃんと立派に一家の主婦をこなしているんだっっ。
最初それを聞いた時もだけれど、今こうしてあの頃と変わりのない家の中を、うーん僕の部屋の掃除や空気の入れ替えそれにベッドのシーツまでちゃんと交換されているのを見た僕はこれらをしらてくれたのは美琴だとてくれわかったんだ。
そう悲しいかな母さんにはそこまで家事能力は昔っから搭載されてはいなかったんだよね。
掃除洗濯は勿論、空気の入れ替えなんて思いもつかないだろう。
それなのに何故か看護師としては優秀なんだ。
おまけに母さんの作る料理はいや、アレは料理と呼んでいいものだろうか。
母さんの料理はやたら黒く焦げた感が否めない、それでいてその焦げた部分を母さん自身はバレない様にこっそりとこそげ落としている心算なんだろうけれど、はっきり言ってあれはバレバレなんだよね。
また味付けはもっと……そうアレはきっと何もない宇宙空間であれば、踏ん切りをつけて食べられるだろうと言うくらい微妙な味付けだった。
それがわかったのは琴ちゃんの存在がめっちゃ大きいと僕は今でもそう思っているし、また確信している。
まさに琴ちゃんの手より作り出されるモノ達は至高なるものっ、そして琴ちゃんは神々が僕達家族の許へ遣わされし女神だと言っても言い過ぎじゃあない!!
それにしても父さんは偉いなあと僕は幼心によく思ったし、ある意味尊敬していた。
まあ確かに壊滅的な家事能力を搭載した母さんにも良い所はめっちゃある。
そして第一に毎日母さんの作る料理に、母さんの腹から生まれた僕に抑々拒否権なんてものはない。
だけど父さんは僕と立場が違うのにそれでも毎回『美味しいよ美咲』って満面の笑顔で、おまけにちゃんと完食した。
それだけで幼いながらも僕にとって父さんはヒーローだったんだ。
うん、あの頃は僕もまだまだ子供だったからわからなかったんだ。
でも今は……そう今ならばわかるよ父さん。
料理は味だけが問題じゃあないって事がね。
確かに美味しい方が更に嬉しいよ。
でも一番は愛情なんだよね。
愛する人の為に作る気持ちが一つの料理を至高の一品へと変化させてしまうんだ。
だから父さんは幸せそうに何時も母さんの料理を食べていた。
僕は今亡き琴ちゃん特製の、そこへ美琴の愛情がたっぷりと注がれたクリームシチューを食べていた。
鶏肉はほろほろと柔らかくまたジャガイモや人参も程よい柔らかさだし、玉ねぎは恐らく淡〇産の新玉なのだろう。
少しシャキッとしてはいるけれどもそれが噛む度に独特の甘さを、クリームシチューとよく絡んで何とも美味なんだ。
それから蕪を見つけた時は何とも嬉しかったんだ。
舌でグイっと押せば直ぐに潰れてしまうけれども、優しい甘さで口内を満たすソレは僕と美琴の好物でもある。
また蕪の葉っぱは別で茹でられたのだろう。
鮮やかな緑色はアイボリーホワイトのシチューと良い組み合わせだよ。
葉を噛み締めるとほんのりと苦みが口内へ広がり、次に円やかな味のシチューを一口含む。
気づけば皿に盛られただろうシチューは空っぽになっていた。
そして僕は最後のお茶漬けまで、軽くだけれどちゃんと食べる事が出来たんだ。
「柾大丈夫なの?」
「追々初日から余り無理はしないでくれよ」
「うちの天使の作り出すものは何時も絶品だからな」
「愛よね、美琴ちゃんは琴ちゃんと同じ料理に魔法を掛けられる娘なのよ」
皆が僕の食事量に驚愕していた。
うん、中でも一番驚いているのは僕自身だ。
何時もは口内炎の痛みや最近は味覚も可笑しくなっている所為なのか、何を食べても味がわからなかった。
それもあるけれど気怠い身体に胃凭れ感が半端ない。
痛みなんて全身に回っている癌細胞のお陰でもう何処がどうなんだかわからなかったと言うのに、不思議にも美琴が作ってくれた食事はまるで魔法を掛けられたみたいに痛みやその他諸々の症状が出る事もなく、味もわかると言うかめっちゃ美味しかったんだ。
ただ流石に胃だけは久しぶりの量の多さに吃驚していたのかもしれないけれどね。
でも本音を言えば美琴と一緒に夕食を食べれなかったのは寂しかったけれど、あれは仕方がないだろう。
久しぶりに再会したと言うのに芝居とは言え、僕と美琴の婚約者を言葉として発してしまったんだから……。
美琴は余りの衝撃で可哀想に、だけど器用にもピクピクと顔を引き攣らせながら半分白目を剥いた状態で気絶してしまった。
でもその表情ですらも僕は愛しいと感じてしまうのは、相当に病んでいるのかもしれない。
美琴大好き病に……。
そしてどうやら気の所為でなければ美琴と龍は僕の知らない所で既に出会っていたらしい。
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