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第三章  もう一つの春

7  心の葛藤  柾Side

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 いや違うっっ。

 いいや違わないとちゃうんか。

 美琴はもう既に母親と言う大きな存在を亡くしているっっ。
 更に僕まで、僕の死の瞬間まで、僕のエゴで美琴の心を一部の隙もなく雁字搦めに縛り上げ、美琴の心を持ってあの世へ逝くなんて――――。


 それがどないしたん?
 僕が心から好いとる女の心を雁字搦めに縛り上げ、僕の死の直前……いいやそれより先に僕の魂と一緒に仲よう美琴の心をあの世へ持って逝ったかて、誰に何を言われる必要があるんや。

 僕は他のどんな女も見んと美琴の生まれた瞬間から美琴を、美琴だけを愛し続けてきたんやで。

 しかもや、この五年もの間……周平叔父さんとの約束を律義に守って恋しい気持ちを心の奥底へ仕舞い込み、周平叔父さんに美琴の隣へ立つ事が許される男になれるよう、一人前の男以上になれる様に美琴へ『連絡も出来んでごめん――――』って一言の謝罪も連絡もせんと頑張ってきたんは何処の誰の為でもないっ、美琴と僕自身なんやろうがっっ。
 

 しかし……。


 しかしもカモシカもやないっっ。
 僕はこの五年もの間死に物狂いで頑張ってきたんは何の為やっっ。


 そ、それを言えば全ては美琴の……美琴と僕の未来の……。


 せやろ。
 何もかんもこれまで頑張ってきたんは僕と美琴の明るい未来の為だけなんやっっ。

 それがな、不幸にも道半ばで頓挫したんやで。
 おまけにもう自分でもしっかりわかってるんやろ。

 って言う現実――――をなっっ!!

 抗がん剤や放射線療法も単なる慰め……然もや、どんなに相性が良くても副作用の伴う地獄の延命ロードしかないっっ。
 まして身体中へ転移しまくった癌で身体は蝕まれ、今はまだ張り薬と飲み薬やけどな。
 まあそれすらも今の状態でようそれだけで耐えとんなって、僕自身自分の身体をめっちゃ褒めてやりたいわっっ。
 
 せやけどな、いずれ近い内に持続性の神経ブロックをせなあかんようになるんや。

 これからは絶対に逃れられへんし、多分僕の方が痛みに耐えられんようになるやろ。
 そうなれば自分でもようわかってるんやろ柾。
 硬膜でなくクモ膜下腔ブロックを選んだとしてもやっ、確かに注入されるやろう薬の量は1/10かもしれへん。
 それでもやっ、やはり多少傾眠傾向になるし意識を保っておられるんはその時次第なんやっっ。
 何でも……人の生き死には参考書通りには進まんのは僕自身が何度も体験してるやろうがっっ!!

 せや、人生最期の我儘なんや。

 何時もいい子ちゃんの僕が最期くらい多少の我儘を通したかて、誰も何も咎めやせぇへん。


 最期……の我、儘?


 せや、人生最期の我儘や。
 今まで美琴を、心も身体も全て欲しいと、全力で自分のもんにしてしまいたいって言う欲望はあったやろ?
 僕は何処にでもおる普通の男なんやで。
 心から好いとる女を気の向くまま、心行くまで自身のドロドロの慾に塗れて何度も何度も犯し続けたいと、たとえそれで美琴が善がり狂って僕なしで生きて行けん身体と心になったら――――それはそれで本望やと、心の中で何度も思い描いてたんは何処の誰や?


 僕……か。


 せや、お前や。
 僕は今もお前の心の底で仄暗い……何て可愛らしいもんやない。
 お前は表面上スカした優等生を演じているしたけれどもな、お前の、僕自身の心の中では常に真っ黒なドロドロとした美琴への執着と言う愛慾に塗れに塗れたもんが僕自身なんや。
 
 せやからお前は僕の前では何も取り繕う事なんか出来へん。
 まあ自分自身に取り繕うのも可笑しい話やもんな。

 せやろ、何と言ってもお前自身がそうありたい、そうなりたいってずっと……五年前に美琴を異性やとはっきり認識した日以来ずっと心ん中で思い描いていたんやもんなあ。


 …………。


 黙ってるって言うんがええ証拠やんか柾。
 なら僕のこれから言う事くらい言わんでもわかるやろ。


 …………。


 だんまりか。
 まあええ。
 せやけどな最期くらい自分の思う通りに生きてみろ。
 僕自身の欲望に忠実で何が悪いん。
 それで一時でも愛する美琴が手に入るんやで。
 今までの様に従兄妹って言う関係やない。
 男と女の関係でおれるし、何よりも僕自身がそう望んでいるんやろ?
 それにな、身体が自由に動くんもそう長くはない。
 そうと決まったら早よう帰国して一刻も早く美琴へ愛を囁き、そして心も身体もドロドロに蕩かしてやればええ。

 せや美琴が忘れられんよう美琴の身体へ僕自身を刻み付け、美琴の初めての男になればいいんやっっ。

 そうすれば美琴は僕が死んでしもうてももう僕を忘れる事は出来へん。
 この先何があっても美琴の一番は僕のもんやっっ。
 美琴の可愛い笑顔も、愛らしい唇もそして――――。
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