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第二章  はじまりは春

26  美琴Side

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 目が覚めれば何時もと変わらない朝がやってくる。

 私はほんの少し……いやいやかなり昨夜の後ろめたさを感じつつって言うかっ、確かに私も褒められた行動をした訳じゃあないっっ。
 でも――――だっ、帰国早々の柾兄と昨夜のパパの話に加えて七海さんの態度だって問題っちゃあ問題でしょっっ。

 まあ取り敢えず姿を見かけたら謝るけれどもっ、私の主張もしっかりと聞いて欲しい!!

 おまけに言うに事欠いてパパも柾兄もなんでかなー、何で私の将来を勝手に決めちゃうんだろう。
 ついこの前までこんな事なかったのに……。

 
 うーんでもこうしてベッドの中でぐるぐる考えても仕方ない。
 こうして答えが出るならわかるけれど、何時までも寝転がっていても答えが向こうから歩いてくる訳でもないしね。

 出来れば歩いてきて欲しいよ。

 抑々そもそも恋愛経験値0の私に答えなんて出る筈もない。
 それに昨日片岡さんとキス――――うーわーやだっ、こっちもあれだけれどあれはもっと……それも真凜の前でだよ?

 幾ら親友だからと言っても他人様の見ている前でっ、お、お互いのく、唇がくっ付いてってアレしているのって何秒だった?

 いやいや結構長い時間くっ付いていたみたいな感じだったし、あ、あれが所謂キス――――なんだよ……ね?
 
 俗に言うレモンや甘酸っぱいって小説に書いてある様なもんじゃなく、何て言うかそ、その柔らかくて温かかった?

 それから胸がどきどきして、苦しくてでも相手は柾兄じゃなくて何故か会ったばかりの片岡さん。
 
 何で片岡さんは私にキスをしたんだろう。
 きっと急患が来たからパパと柾兄に頼まれて迎えに来たのはわかるけれど、頼まれた手前連れて帰りたいのと何で私へキスをしたの?
 
 第一キス――――する必要があったのだろうか。

 あ、もしかしてアメリカにいたから?
 ほら、挨拶はキスとハグって言うやん。
 だから片岡さんからしてみればあれは何でもない『迎えに来たよ、チュ』ですかぁっっ。

 あーなんかあちゃらの挨拶習慣で私のファーストキスが奪われたって、何かやっぱり色々考えても地味に凹んでしまうわぁ。

 う゛ぅっ、別に後生大事にとっておいた訳でもないけれど、やっぱり初めては一番大好きな柾兄とキス――――したかったなぁ。

 でもその柾兄にはもう七海さんがいる訳で……私は失恋決定なのかな。
 小さい時から柾兄しか見ていなかったのに……。
 
 ちょっと……ううんやっぱりめっちゃ切ないよぉ。

 あーラブラブな二人の姿なんて朝から見たくもないっっ。


 しかしなんだかんだと思いつつも時間は確実に過ぎていく訳で、私は朝食の用意をするべく鬱々とした気分の中自室を後にした。

 そうしてうじうじと考えながら降りてきてみればダイニングには誰もいなかった。

 遮光カーテンがしっかりと引かれたまま、昨夜私が消灯したままの状態のダイニング。
 
 先ず私は顔を洗い化粧水を軽くつけるとそのままダイニングとリビングのカーテンを開ければ、爽やかな朝の光が差し込むと同時に部屋は一気に明るくなった。
 次に玄関へ向かい鍵を開け新聞を取り込む。
 そうしてつい何時もの癖で隣家のもう一つの新聞受けを見ればまだ取り出した形跡はなく、私はついでにそっちの新聞をも取り込む事にした。

 美咲伯母さん……朝が早いって言っていたのに変だなぁ。
 新聞は何時も一番に取っていたのに……と思いつつ私は部屋の中へと入っていく。
 それから仏間の障子と窓を開けて空気の入れ替えをしている間に、仏壇のお花の水を変えたりお線香をつけママへお早うの挨拶をする。

「お早うママ、えーっと昨日はごめんね……」

 お線香の燃え尽きるまでの間、こうしてママとお話をするのは五年前からの日常だ。
 
 まあ内容は実に様々である。
 よく話題に上るのはアメリカにいる柾兄の事。
 そして前日に起こった他愛もない事やパパについて色々……そうママにだけ聞いて欲しい内容を、私は何時も話していた。

 返事は返ってこないけれども、それでもこれは私とママとの楽しい時間。

 でも今朝ばかりは楽しい話ではなく昨夜の事についての謝罪と、私の気持ちを兎に角ママに聞いて欲しくて私は一人仏壇に向かって話していた。

 そうして一通り話し終わった私は朝食の準備をする。
 お鍋にお湯を沸かしている間にお味噌汁の具材を切る。
 因みに今日はお豆腐とわかめと油揚げのお味噌汁。
 忙しい朝には沸騰したお鍋へ昆布の代わりに昆布茶とほん〇しを代用する。
 これで結構いいお出しが出るのだっっ。
 
 我が家で使うお味噌は白味噌と合わせ味噌。
 お豆腐とわかめの水分を考慮して、少し濃いめの味を決めれば具材を投入する。
 次に少し取り分ておいたお出汁が冷めた頃合いで割り入れた卵の中へ佐藤と塩と一緒に流し込み、油を引いた卵焼きの四角いパンで手早く卵焼きを二本巻いていく。
 ふんわり焼きあがれば簀巻きでくるりと巻き、そのまま冷ましておく。
 今日のお魚は鮭の切り身。

 ほんと急に人数が増えるんだもん。
 冷凍に買い置きしておいて良かったよ。
 お漬物を切って器に盛り、テーブルセッティングをしていく。
 

 何時もだったら家に誰かがいれば匂いにつられて出てくるのに、幸か不幸か今は誰も出てくる気配はない。

 本当だったら今日のパパはお昼からの出勤の筈。
 部屋をそっと覗いてみるも帰ってきた形跡はなく、窓のカーテンは開いたままだった。
 居たら居たでなんて言っていいのかわからないから、乙女心と言うか娘心は複雑です。

 美咲伯母さんの家の方へ向かうけれども、リビングの扉は何時もと違って何故か鍵が掛けられていた。
 
 何時もなら掛けられる事のない鍵……どうしてなのかこの時私はその鍵のその掛かった扉のフックを握ったまま、この扉自身が柾兄の心の様だと何んとなく、理由はわからないままにけられる事のないふと思ってしまった。

 だって今までこの扉が閉ざされた事なんてなかったのだから……。

 家に一人でいるのは慣れっこなのに、普通に家族が揃う方が珍しいのに、何故か今朝に限って一人でいる事がこんなにも寂しいと思う自分がいる事に気づいてしまった。
 でもだからと言って昨日の事がなかった事になる訳でもなく、だけど心の何処かで何か言いようのない不安を抱えてしまう自分がいるのだ。
 
 理由がわからないだけに実に厄介な感情。

 TVをつけて、わざと少しだけ音量を大きくする中で朝食をささっと済ませ、何時帰るかわからない皆の分のおかずをラッピングした上に名前を書いておく。

 テーブルに朝食の事、そして昨日の謝罪から始まり私の気持ちを取り敢えず書いておいた。

 当然片岡さんの件はなかった事として!!

 勿論病院の跡継ぎの件までは書いてはいない――――でもっ、私の主張と言うか私の意思を無視しまくりの結婚へ関与するならば、パパ達が撤回するまでは一切口は利かない。
 だけど一応朝比奈家の自称主婦として皆の食事とお弁当の用意はするけれど、問題が解決するまで今後一切話しかけないで――――と最後にしっかりと極太のマジックで記載しておいたのである。


 ただ最初に誰が見るかなんてわからない。
 家族に見つけて貰えればいいのだけれど、もしかしなくともこれを見つけるのがまだまだ他人様の七海さんや片岡さんでなければいいなと秘かに願ってしまう。

 でも――――だっ、私はこの書置きにと声を大にして叫びたい気持ちを込めたのだ。

 だからこれに関しては少しも後悔はしていない。
 そしてどうか少しでもとち狂ったパパと柾兄の心へ届きますように……。

 そう心の中で願い家を出た。

 *次の章より主に柾Sideで話が進みます。
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