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第二章  はじまりは春

19  美琴Side

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「私は他人に私のテリトリーへ立ち入って欲しくなかっただけやもん」
「七海さんは他人やない。そして何時から私の美琴は……そないな心の狭い事を言うようになったんやろな」

 胸の中、私の心の中が沸騰寸前のドロドロとした粘着性のマグマが出口を求めて大きく何度もうねっているみたい。
 マグマの様な真っ赤でそれでいて私のどす黒い醜い感情……嫉妬や苛立ち、妬ましさ、それらと一緒に柾兄への想いとそれを伝えられない悲しさに悔しさ、辛さにやはり七海さんへの嫉妬、ありとあらゆる感情が大きな奔流となって私の心をじくじくと苛んでいく。

 一体どうすればいいん?
 パパらでも私の想いをわかってはくれへんのっっ。
 でも今までは何時も――――。

「……ちなん? パパは一体誰の味方なん? 今日のパパは変や!! 何時ものパパやないっっ」
「美琴っっ」
「せやっ、今日のパパはなんか可笑しい。何時も今日みたいに一方的に私が悪いとでも言う様な言い方っ、何時ものパパやったら最初からこんな断言するみたいになんか絶対に言わへんやん!!」
「落ち着きなさい美琴っっ」
「嫌やっ、嫌っっ。絶対に何か可笑しいもんっっ。#_抑々_そもそも__#なんでなん? 五年前……あないに五年前行き成りアメリカへ行ってしもた柾兄へめっちゃ連絡したのにっ、手紙も電話もめっちゃしたのにっ、柾兄はなんも……美琴にだけ一っつも、私に声の一つ、手紙の一つも送ってこおへんかったのに……それが五年経って行き成り帰ってきたかと思えば今度は七海さんを連れてきて、そ、その上なんで私までがなんも知らへん片岡さんと一緒にならなあかんのっっ!!」
「美琴……」

 あかん――――そう思ても口が、感情が幾らでも溢れ出して止まらへん。
 こんなん感情だけぶつけても、なんも解決せえへんってわかっているのに、わかっていても……止まらんもんは止まらへんのやっっ。

「な、なんでなん? なんで柾兄は一昨日あないな勝手な事ばかり言うのっっ。確かに柾兄は家族やけれどパパやないもんっっ。ううん、それともパパが、ま、まさかパパが柾兄と七海さんの事もやけど……まさか片岡、さんの事まで許可したなんて言わへん……やんな?」
「美琴……」

 私は恐る恐るパパの顔を見つめる。
 そしてパパはと言うとじっと静かに、何か思う事のあるような面持ちで私を見つめていた。
 
 あ、これあかんやつや。

 私は娘の直感で悟ってしまった。
 だって目の前のパパは今も目を逸らさんとじっと冷静に私を見つめて……いた。

「柾の結婚は母親の美咲さんから相談を受けて家長の私が許可をした。その時柾は病院を継ぐのを自分から辞退したんだ。その代わり柾は片岡君を推薦した。片岡君は柾の言う通り柾以上に外科医としてもまた経営に関してもセンスはあるからね。娘のお前は医者にはならず看護師を目指すのも別に止めはしない。琴奈さんの様な看護師を目指したいのもわからなくもないがしかし――――役員達の手前朝比奈の血縁者が全く拘らないんも余り良うはないと私なりに判断し、それで片岡君……いや、龍太郎君とも話し合った結果龍太郎君の意向も組んで彼と美琴の結婚を決めたんや」

 すっきりとした表情でパパは淡々と、何でもないような話の様に言葉を紡いでいく。

「う、嘘……」

 私は胸の奥がぐっと詰まる様に、熱いものが目頭へと集中していく。
 でもパパはそんな私の表情を見ても何も動じない。
 何時もはちょっとした感情の変化だけでも大事の様に騒いでいるのに……。

 そしてパパは静かに私へ断罪を下す。

「美琴は龍太郎君の伴侶となるんや。これはもう決定事項や。美琴、お前以外の両家の顔合わせはもう先日済ませたしな。向こうさんも写真でやけど美琴の事を大層気に入ってくれたはる。あちらさんも良い家庭のようやしな。あ、せや龍太郎君は結婚と同時にこの家へ入ってくれはる事にもなったからな。美琴からもちゃんとお礼を言っとくんやで。まああれだけの男前の上に仕事も文句なしに出来る男や。柾も美琴にええ男を紹介してくれて私はめっちゃ嬉しいわ。これで琴美さんにもええ報告が出来ると言うもんや。正式な婚姻はお前の資格試験が通って落ち着いた頃とは思ぉてるんやけどな、出来れば籍だけでも早う入れて欲しいと私は思ってるんや。一刻も早う龍太郎君を掴まえとかんと逃げられたらあかんやろ。ま、それだけええ男って事やな。わかったか美琴、お前も子供子供と思ってたけれど気が付いたらもう18歳やなぁ。ふ、ほんま……子供の成長は早いとは言うけれどまさかここまで――――とはな」

 後半部分は何やら一人感慨深げにパパは勝手に呟いているけど、それってなんなんっっ。
 
 なあそこの何処に私の意思はあるん?
 なんで私のいいひんとこでそこまで話が進んでるん?
 なあそれって――――。

「どう考えてもめっちゃ可笑しいやろっ、パパのドアホっっ!! もう親でも子ぉでもないわっっ。朝比奈の名なんていらへんっっ。病院も家も何も知らんっっ。ぱ、パパなんて……パパなんて大っ嫌いやっっ!!」

 一度溢れ出した感情と言葉はもう元には戻らへん……のや。
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