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第二章  はじまりは春

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 洗面を済ませた美琴はそのままダイニングで朝食の準備をしていた。

 何時もの様に周平と美咲、そして美琴の三人分の朝食とお弁当。
 因みに本日の朝食は新玉葱とジャガイモの味噌汁。
 焼き鮭にお出汁のきいた少し甘めの卵焼き。
 自家製……とは言っても浅漬けの元で漬け込んだ前日の残ったサラダをリメイクした浅漬け。
 
 そしてお弁当の残りでもあるサンドウィッチとデザートの苺がテーブルへと並べられた。
 サンドウィッチも照り焼きチキンと卵サンドにツナサンド、キャベツのコールスローとロースハムのサンドの三種類を手早く作っていた。
  
 そう、家事も五年続けていると何かと手際よくこなせるものなのである。

 そうして7時……そろそろ二人が起きてくる頃合いだとばかりに美琴はお茶とコーヒーの準備をし始めたまさにその時だった。

「――――こ、これ、全部美琴が作ったの⁉」
「へ?」

 不意に美琴の視界に入ってきたのは――――。

 黒髪に青みがかった漆黒の瞳を持つ黒豹をイメージしてしまうワイルド系の彫りの深い濃い顔立ちのイケメン。
 忘れたくともこの五年間忘れた日等一日もなかった。
 逢いたくて逢いたくて何度出来る事ならば自分もアメリカへ行きたいと願った事だろう。
 ワイルド系のイケメンなのに、その心は誰よりも優しくて、何時も美琴の心配ばかりしてくれた……美琴の母親が亡くなった時も誰よりも一番先に美琴を人間へ戻してくれた美琴にとって世界で一番愛しい男性ひとっっ。
 
 五年前よりも少し……いやかなり痩せた?
 やつれたと言ってもいいくらい頬は扱け、全体的に痩せた感が否めない。
 
 まさかのダイエット?

 そんなお間抜けな発想が一瞬美琴の脳裏を掠めたのは、関西人の中しい性でもある生まれながらに搭載されたボケと突っ込みのなせる業なのだろう。
 だがどの様に容姿が変わろうとも決して見間違えたりはしない。
 そう、それが惚れた弱みなのだから……。

「ま、柾兄……柾兄っ、なんで日本にいる……ん?」
「え? 美琴何を言って……」
「いやだってそうでしょっっ。柾兄はアメリカに居てた筈やん。なのになんでここにっ、日本にいてる……」

 そこで初めて美琴の脳内で昨夜の出来事が何度もリピートされていく。
 だがそれは夢だったのでは――――と、繰り返しリピートされる毎に美琴は何度も否定し打ち消そうとするのだがしかし、目の前にはどう見ても本物の柾がいる訳でそれに……。

「お早う柾――――って、あら美琴ちゃんもお早う」

 柾の背後より現れたのは昨晩見た夢の中の柾が『婚約者』として美琴達に紹介した七海が現れただけじゃあないっっ。

「おい七海っ、さっさと歩けって。なんでだろうなここの連中は何時も俺のある草木に立ち止まってばかりいる――――」

 う、嘘でしょっっ⁉

 七海の背後より現れたのは美琴にとって現実世界でもましてや夢の世界でも絶賛会いたくない奴奴断トツ一位の龍太郎まで現れたのだ。

 こ、これはもしかしなくてもっ、これはもしかしなくてもですよね、昨日の出来事は全て夢でなく現実⁉
 だ、だとすればもし柾兄の言っていた事が真実だとすればっ、私とあいつは〰〰〰〰っっ⁉
 
 い、いやいやいやいやそんな筈はないっっ。
 断じてそんな事はないっっ。
 そ、それに万が一、そう万が一だよ。
 柾兄が変な事を口走ったとしても娘ラブなパパが絶対に認めたりなんかしないって言うの。
 ママがいなくなってからのパパの溺愛ぶりは娘の私から見てもかなり拍車がかかっているんだもん。
 そんなパパに私の婚約云々なんて認める筈がないやん。

 うん、きっとそう。
 そうだと信じているからねパパっっ。

 美琴の内心は大荒れに荒れて動揺しまくり状態であったのだが、兎に角突如人数が増えた事で朝食の用意を急いで準備する事事へ専念し、考えたくない議題については空高く見えない程に高い棚の上へと放置した。
 勿論表向きは無心に、必死に慣れないポーカーフェイスなる慣れない仮面をそれこそ落とさない様にぴったりと装着する事に徹したのであった。
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