王妃様は真実の愛を探す

雪乃

文字の大きさ
上 下
138 / 141
第二部  第一章  新しい出会いと新たな嵐の予感

28 閑話  アナベルとマックス  マックスSede  後編

しおりを挟む

「これが我が陛下よりの書状に御座います」

 そう言ってアナベルは慇懃にエルへと直接彼の親友であり、フィオの父君でもあるライアーンの国王陛下よりの書状を手渡した。

「ご苦労だった。これよりは姫君は我等ルガートの――――」
「いいえっ、我が敬愛するエヴァンジェリン王女殿下の御身はこの私が――――ベイントン伯爵が息女アナベル・ルチアナ・ベイントンの命を賭してお護り致します‼」

 言外に彼女は自分以外の人間等信じるに値しない――――と宣言した瞬間でもあった。

 そんなアナベルの態度に最初は執務室にいたエルとチャーリー、第一騎士団の団長や副団長……そこへ信頼の出来る精鋭の者達もはっきり言って「何言ってんだこの困ったちゃんは……」くらいにしかうん、僕も含めて思っていたよ。

 声には出さなかったけれどね。

 本当に出さなくて良かった。
 うん、出さなくて正解だったよ。
 声に出していたら今ここに……恐らく僕達は生きていなかっただろうし、生きていてもきっと五体満足じゃあなかっただろうね‼

 
 うーん、事の切っ掛けは一体何だったのだろう。
 はっきりとは覚えてはいない。
 でもきっと僕達の誰かが「信用等出来ない」とかお国同士の取り決めとか色々アナベルへ、若干侮蔑めいた言葉を彼女へ言ったのだろうね。
 罷り間違っても「小娘は引っ込んでおれ」とは言っていないと……思う。
 うん、アナベルは女性蔑視を何よりも嫌っている。
 そしてそれはこの後にしっかりと僕達は、エルを含めてしっかりと教え込まれていくのだよね。


 
「ルガートの騎士とは……この程度のものなのでしょうか」

 そう言い放ったのは勿論アナベル。
 
「くっ、くそっ、こんな小娘後時に我らが負ける訳には訳――――っっ⁉」

 あれから数時間後……いやいやまだほんの小一時間程度しか経ってはいない。
 誰の言葉が発端となったのかは定かではない。
 でも鍛錬上では今模擬刀を肩に乗せ、アナベルはあからさまに周囲で蹲っている騎士達へ憐れむ様な視線を向けていた。
 そして僕は、いいやエルとチャーリーの二人も微動だにする事も出来ずにただ無言で状況を見ていた。
 いいやっ、事しか僕達は出来なかったのだよ。

 目の前で舞を舞う様に軽やかな身のこなしに、瞬殺で繰り出された幾つもの繰り出された魔力を纏った剣戟けんげきにっ、僕達は食い入る様に見つめていた。

 そう、余りにも美しいライアーンの姫将軍の剣舞をただ静かに魅せられていた。

 女性特有のしなやかで柔軟性に富んだ動きは一切無駄はなく、かと言って時折男性的な大胆な攻撃には立ち向かっていく騎士達の攻撃さえも見事に封じていた。

 まだたった15歳の少女だと言うのに大の男が何人も敵わないなんて一体誰が信じるのだろう。

 確かにアナベルはどの様に剣の才に恵まれようともその身体は身体女性のものである。
 長期戦に持ち込めば僕達の方に軍配は上がっただろうがしかしそれは余りにもアナベルに対して失礼だと、僕だけでなくここにいる者全てが思った。

 勿論声に出す愚か者は、当然ながらここにはいない。

 まあ誰しも我が身は可愛いし、我が最初にアナベルを普通の15歳の少女だと見誤ったのはこちらなのだ。
 それに姫将軍である彼女の警戒を怠った僕達は最初から彼女に負けていた。
 でもそんな彼女が、ライアーンがフィオを護り抜く事への限界を感じさせるシャロンの襲撃は、空恐ろしいものを感じ入ってしまう。

 どの様に強くても限界を感じさせるシャロン。

 そしてその悪の権化に魅入られたフィオ。

 僕達は今まで必死に肩を寄せ合って身を護ってきた二人を絶対に守らなければならない。

 うん、義理や義務でなく心から……。


 その後お互い剣を交えた者同士と言うか、言うか騎士達とアナベルの友好は育まれていく事となる。
 まあ彼女の強さに騎士達が一目を置くようになったと言う方が正しいかな。
 何か少しでも問題があれば、アナベル自身より鉄の制裁が下されるのだからね。
 
 ただ困った事に事それを敢えて望む敢えて強者というのか、新しい世界の扉を開こうとする者が数名存在する。
 
 僕は直接アナベルと剣を交えてはいない。
 でもだからと言って何もなかった訳じゃあ決してない訳っっ。

 そう、何かポカをすればそれは等しく……たとえ国王であるエルに対してでもアナベルと言う令嬢は迷う事なく鉄の制裁をその形の良い唇の口角を上げ、氷れる微笑を湛えたまま下すに違いない‼

 しかし今のところエルは何とかそれを薄皮一枚の差でかわしている。

 僕は――――と言えば皆も知っている様に過去何度も受けたくもない制裁を頂戴している。
 本当にこの世はなんて理不尽なのだろう。
 僕は確かに騎士であるけれども同時に医師なのだよ。
 いやいやそもそも僕は医師としての方が実にしっくりとくる。
 貴族であるのも正直に言って面倒にしか思えない。
 だから全てが無事に全て終えた時は爵位を返上し、診療所で一人の医師として、またその傍には凶悪なアナベルの様な女性ではなく様フィオ――――とまでは言わない。

 でも可愛らしい女性が一緒にいてくれればいいとっ、ほんのつい先日まで僕は本気で思っていたのだよっっ。
 
 うんまさかね。
 そう……ミドルトン公爵が彼女を真剣に見つめるあの熱い眼差しを、彼女の耳元で囁く甘い声を聴く瞬間までは全く気にもしていなかったんだ。

 まさかアナベルを意識する日が来るなんて――――。

 いやっ、これは間違い?
 気の迷いなのかな。
 何か変なものを食べたのかも……。
 
 まだはっきりとわかった訳じゃあない。
 だからまだ引き返せる段階だと思う。
 確かにアナベルはフィオとは違う意味での美人だ。
 でもっ、でも僕の好みとは違う――――とっ、僕は大人しい女性が好みなんだ‼

 兎に角僕は見極めなければいけない。
 それによって命の覚悟も……必要となる可能性もあるんだよなぁ。
 はあぁぁぁ……一体僕は何をやらかしたのだろうか。

 そして僕のそんな想いも知る由もないアナベルは、今日もたった今逢ってまだそんなに時間も経っていないというのにも変わらず拘らず、踵の高いヒールで容赦なんて優しさの欠片も存在する筈もなく、僕の足の甲をぐりぐりと踏み付けたのだった。
しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...