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第二部 第一章 新しい出会いと新たな嵐の予感
28 閑話 アナベルとマックス マックスSede 後編
しおりを挟む「これが我が陛下よりの書状に御座います」
そう言ってアナベルは慇懃にエルへと直接彼の親友であり、フィオの父君でもあるライアーンの国王陛下よりの書状を手渡した。
「ご苦労だった。これよりは姫君は我等ルガートの――――」
「いいえっ、我が敬愛するエヴァンジェリン王女殿下の御身はこの私が――――ベイントン伯爵が息女アナベル・ルチアナ・ベイントンの命を賭してお護り致します‼」
言外に彼女は自分以外の人間等信じるに値しない――――と宣言した瞬間でもあった。
そんなアナベルの態度に最初は執務室にいたエルとチャーリー、第一騎士団の団長や副団長……そこへ信頼の出来る精鋭の者達もはっきり言って「何言ってんだこの困ったちゃんは……」くらいにしかうん、僕も含めて思っていたよ。
声には出さなかったけれどね。
本当に出さなくて良かった。
うん、出さなくて正解だったよ。
声に出していたら今ここに……恐らく僕達は生きていなかっただろうし、生きていてもきっと五体満足じゃあなかっただろうね‼
うーん、事の切っ掛けは一体何だったのだろう。
はっきりとは覚えてはいない。
でもきっと僕達の誰かが「信用等出来ない」とかお国同士の取り決めとか色々アナベルへ、若干侮蔑めいた言葉を彼女へ言ったのだろうね。
罷り間違っても「小娘は引っ込んでおれ」とは言っていないと……思う。
うん、アナベルは女性蔑視を何よりも嫌っている。
そしてそれはこの後にしっかりと僕達は、エルを含めてしっかりと教え込まれていくのだよね。
「ルガートの騎士とは……この程度のものなのでしょうか」
そう言い放ったのは勿論アナベル。
「くっ、くそっ、こんな小娘後時に我らが負ける訳には訳――――っっ⁉」
あれから数時間後……いやいやまだほんの小一時間程度しか経ってはいない。
誰の言葉が発端となったのかは定かではない。
でも鍛錬上では今模擬刀を肩に乗せ、アナベルはあからさまに周囲で蹲っている騎士達へ憐れむ様な視線を向けていた。
そして僕は、いいやエルとチャーリーの二人も微動だにする事も出来ずにただ無言で状況を見ていた。
いいやっ、見る事しか僕達は出来なかったのだよ。
目の前で舞を舞う様に軽やかな身のこなしに、瞬殺で繰り出された幾つもの繰り出された魔力を纏った剣戟にっ、僕達は食い入る様に見つめていた。
そう、余りにも美しいライアーンの姫将軍の剣舞をただ静かに魅せられていた。
女性特有のしなやかで柔軟性に富んだ動きは一切無駄はなく、かと言って時折男性的な大胆な攻撃には立ち向かっていく騎士達の攻撃さえも見事に封じていた。
まだたった15歳の少女だと言うのに大の男が何人も敵わないなんて一体誰が信じるのだろう。
確かにアナベルはどの様に剣の才に恵まれようともその身体は身体女性のものである。
長期戦に持ち込めば僕達の方に軍配は上がっただろうがしかしそれは余りにもアナベルに対して失礼だと、僕だけでなくここにいる者全てが思った。
勿論声に出す愚か者は、当然ながらここにはいない。
まあ誰しも我が身は可愛いし、我が最初にアナベルを普通の15歳の少女だと見誤ったのはこちらなのだ。
それに姫将軍である彼女の警戒を怠った僕達は最初から彼女に負けていた。
でもそんな彼女が、ライアーンがフィオを護り抜く事への限界を感じさせるシャロンの襲撃は、空恐ろしいものを感じ入ってしまう。
どの様に強くても限界を感じさせるシャロン。
そしてその悪の権化に魅入られたフィオ。
僕達は今まで必死に肩を寄せ合って身を護ってきた二人を絶対に守らなければならない。
うん、義理や義務でなく心から……。
その後お互い剣を交えた者同士と言うか、言うか騎士達とアナベルの友好は育まれていく事となる。
まあ彼女の強さに騎士達が一目を置くようになったと言う方が正しいかな。
何か少しでも問題があれば、アナベル自身より鉄の制裁が下されるのだからね。
ただ困った事に事それを敢えて望む敢えて強者というのか、新しい世界の扉を開こうとする者が数名存在する。
僕は直接アナベルと剣を交えてはいない。
でもだからと言って何もなかった訳じゃあ決してない訳っっ。
そう、何かポカをすればそれは等しく……譬え国王であるエルに対してでもアナベルと言う令嬢は迷う事なく鉄の制裁をその形の良い唇の口角を上げ、氷れる微笑を湛えたまま下すに違いない‼
しかし今のところエルは何とかそれを薄皮一枚の差で躱している。
僕は――――と言えば皆も知っている様に過去何度も受けたくもない制裁を頂戴している。
本当にこの世はなんて理不尽なのだろう。
僕は確かに騎士であるけれども同時に医師なのだよ。
いやいやそもそも僕は医師としての方が実にしっくりとくる。
貴族であるのも正直に言って面倒にしか思えない。
だから全てが無事に全て終えた時は爵位を返上し、診療所で一人の医師として、またその傍には凶悪なアナベルの様な女性ではなく様フィオ――――とまでは言わない。
でも可愛らしい女性が一緒にいてくれればいいとっ、ほんのつい先日まで僕は本気で思っていたのだよっっ。
うんまさかね。
そう……ミドルトン公爵が彼女を真剣に見つめるあの熱い眼差しを、彼女の耳元で囁く甘い声を聴く瞬間までは全く気にもしていなかったんだ。
まさかアナベルを意識する日が来るなんて――――。
いやっ、これは間違い?
気の迷いなのかな。
何か変なものを食べたのかも……。
まだはっきりとわかった訳じゃあない。
だからまだ引き返せる段階だと思う。
確かにアナベルはフィオとは違う意味での美人だ。
でもっ、でも僕の好みとは違う――――とっ、僕は大人しい女性が好みなんだ‼
兎に角僕は見極めなければいけない。
それによって命の覚悟も……必要となる可能性もあるんだよなぁ。
はあぁぁぁ……一体僕は何をやらかしたのだろうか。
そして僕のそんな想いも知る由もないアナベルは、今日もたった今逢ってまだそんなに時間も経っていないというのにも変わらず拘らず、踵の高いヒールで容赦なんて優しさの欠片も存在する筈もなく、僕の足の甲をぐりぐりと踏み付けたのだった。
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