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第二部 第一章 新しい出会いと新たな嵐の予感
8 アナベルとアイザック
しおりを挟むアナベル・ルチアナ・ベイントン。
生家はライアーンでも名家とされるベイントン伯爵家の令嬢。
父は故国ライアーンで将軍職を務め、二人の兄達も国内でも上位に入る腕利きの騎士である。
所謂武道派家系と言う環境で生まれ育った故に、アナベル自身もごく当たり前の様に幼少の頃より武術を嗜み、その数年後には兄達とも肩を並べる程へと成長し、誰ともなく気がつけば彼女はライアーンの『姫将軍』と称えられていたと言う。
茶色の髪に水色の瞳をした現在25歳の凛とした美しさを放つ妙齢の女性だが、12歳の頃より第一王女であるエヴァンジェリンの護衛兼話し相手となる為、表向きはエヴァの侍女として宮廷へ伺候し、その後紆余曲折を経て共にルガートへ追従し今日へと至る。
そうしてアナベルは徐々に……いやいや彼女に言わせればそれは運命だったのだろう。
エヴァンジェリンへ細胞レベルまで心酔するアナベルは、自他ともに認める脳筋令嬢である。
それから余談ではあるがアナベルのこれまでの人生に置いて異性への恋情となる様な感情は未だこれっぽっちも存在してはいない。
一方こちらはルガートでも屈指の名門であり、現ミドルトン公爵家当主であるアイザック・エスモンド・パーフィット。
少し銀色交じりの焦げ茶色をした髪と同じ色の瞳を持つチョイ悪風な実に魅力溢れるダンディーな男性で、今年46歳の未だ優雅な独身貴族。
これまでに一度の結婚歴もなし。
常に艶めいた男性特有の色香を纏わせ、社交界でも一目置かれてはいるのだが流した浮名は星の数。
飄々とした性格は全く掴み所がなく、気ままに人生を謳歌する少々……かなりな変わり者として噂されている。
だがその裏でシャロンと先日死んだルートレッジ侯爵とは、別の意味でも関わりを持っているらしいと実しやかな噂もある。
そんなアイザックが何故にエヴァンジェリンではなく、彼女の唯一の侍女アナベルへ興味を持つのだろうとマックスはやや不審に思う。
確かにアナベルは美人だ。
エヴァンジェリンの様に庇護欲を駆られる様な……とはいかないが、美々しく着飾り社交界で遊び歩いている令嬢達とは違い、どちらかと言えばアナベルは孤高の凛とした美しさがある。
ただし口を利かず大人しくしていれば……だ!!
まぁ国は違えどお互い身分的にも申し分はないだろうが、しかしどう考えても常日頃アイザックの一夜を共にする様な相手と比べてアナベルは、何と言うか随分とタイプが異なっているのだ。
然もエヴァンジェリンに心酔しきっているアナベルが、幾ら大人の色香ムンムンのアイザックを相手へ素直に靡くとは到底考えられないしまた考えたくもない。
だからこそ……ここにきて何故アナベル???
大体秘密裏に隠されているのはアナベルではなく、エヴァンジェリンではないのかっっ!?
しかしどんなに変わり者と呼ばれていてもアイザックは決して愚かではない。
寧ろどの様な場面でも頭の回転が速いキレ者なのだ。
実際何か事がある時には必ずと言っていい程、良くも悪くもミドルトン公爵家は様々な形で王家とも深く関わってきていた。
それだけに今目の前でアナベルに関心を示しているアイザックの考えがまるで読めない――――と、マックスは頭が痛くなる思いを抱えてしまう。
そしてそんな思いを抱いているマックスへヨルムはそっと囁く様に呟く。
「旦那様は真剣ですよ、ゴードウィン様。そして私も心よりホッとしております。これで我がミドルトン家も漸く安泰かと……」
いやいやいやいや安泰どころか問題てんこ盛りでしょっっ!!
ほくそ笑むヨルムを尻目にマックスは心の中で盛大に突っ込みを入れる。
万が一その様な言葉を口に出し、また運悪くアナベルにそれを聞きつけられれば、問答無用即刻断罪=バッドエンドされかねないとマックスはこれまでの体験で十分過ぎる程理解していた。
その間もエヴァを前にというかこのメンバーの中で、アイザックは今も正々堂々とアナベルを口説いているのだっっ。
またアナベル自身はと言えば何時もより冷静さを欠いた様子で、アイザックに何やら言い返している。
「大丈夫かしら?」
またその様子をドキドキしつつエヴァは心配そうにアナベルを見守っている所へ、不意にアイザックはエヴァへそっと囁く様に声を掛ける。
「――――言ったでしょう、私は貴女方を……特にアナベル嬢を気に入ったのですよ」
それを見たアナベルは顔を真っ赤にし、今季最大音量で声を大にして叫んだ!!
「ふざけるなっっ、この色惚け公爵っっ!!」
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