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柚香の再修行の巻
第282話 薬も過ぎれば毒になる
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「蓮!」
「柚香ちゃん、ポーション!」
「ポーションはダメだ! そのまま階段まで運べ!」
蓮の持っているアイテムバッグからポーションを出そうとした私は、ライトさんの鋭い声に止められた。
「ユズ、周囲の敵は気にしなくていいわ! 蓮くんを安全なところへ!」
「あれはミスリルゴーレムだよ。RSTが異様に高いから物理で倒すのが常道」
ボウガンでゴーレムを牽制しながらタイムさんが教えてくれた。
そうか、ミスリルゴーレム……魔法が効かないわけだよ。
こちらに襲いかかろうとしたゴーレムの足を鞭で絡め取り、ママが力一杯引いて転倒させている。彩花ちゃんもすぐにママと連携を取って撃破を始めたから、私は蓮を抱き上げてできるだけ揺らさないように階段まで運んだ。
「引き上げた? 撤退!」
私たちが無事に階段まで戻ったことを確認して、颯姫さんが声を張る。バス屋さんが殿を務めて、それを颯姫さんが魔法でサポートしながら戦闘ラインを下げていく。
「柚香ちゃん……」
タイムさんや彩花ちゃんが階段に駆け込んできたとき、微妙極まりない顔で聖弥くんが私の名前を呼んだ。
「どうしたの、聖弥くん」
どうせこのまま居住エリアに入るんだろうからと蓮を抱きかかえたままで問いかけると、聖弥くんは盛大なため息をついた。
「お姫様抱っこは、やめてあげて欲しかった……いや、先に僕が運べば良かったんだけど」
「すんげーどうでもいいことじゃない!? この状況で尊厳とか人権とか言ってられないでしょ!」
「うわ、安永蓮、『ゆずっちに担がれて下山した男』だけじゃなくて『ゆずっちにお姫様抱っこで運ばれた男』の称号まで……」
わざとらしく口元を押さえながら、彩花ちゃんが痛ましそうな目で蓮を見る。
「尊厳……」
「人権……」
タイムさんとバス屋さんまでもが沈鬱に呟く。てか、女の子にお姫様抱っこで運ばれるってそんなに重大なこと!?
「はいはい、無事に撤退できたから軽口叩けてるんだけどね。蓮くんはとにかく安静にさせるしかないから」
颯姫さんがドアロックを解除してくれたから、先に入って靴を脱いでたタイムさんに蓮を引き渡す。私もブーツを脱いで蓮と聖弥くんの部屋に付いていった。
「なんだっけ、足を高くしてとりあえず温めるんだっけ」
「全然違う。どっから来たの、その対処法」
蓮をベッドに寝かせて、バス屋さんが枕を抱えておろおろと歩き回っている。その様子を見て颯姫さんが呆れていた。
「氷枕持ってきた」
ライトさんが持ってきた氷枕を蓮の頭の下に入れる。何が何だかわからなくて、私はただそれを見ながら立ち尽くしていることしかできなかった。
「あの、何か私にできることってありますか?」
なんでもいいから、少しでもいいからと颯姫さんの服を握って話し掛けると、彼女はひとつ頷いてジェスチャーで周囲の他の人に「出て行け」と指示をした。
「濡れタオルで蓮くんの顔を拭いてあげてくれる? 鼻血はすぐ止まるけど、放っておくと大変なことになるでしょう?」
頷いて部屋から出た私に続いて、颯姫さんも出てくる。そして、部屋のドアを閉めてからごく簡単に説明をしてくれた。
「蓮くんの状態は、一時的な脳の過負荷によるものなの。だから、今はできるだけ刺激を与えないで静かに休ませておいて」
「ポーションがダメっていうのは……」
「それはリビングで説明するから、まずは蓮くんが落ち着ける状態にしてあげて。ね?」
颯姫さんの話し方は私を宥めるもので、それで却って私は自分がどれだけ動揺していたかに気づいた。
洗面所でタオルを濡らして、蓮の顔に付いた血を拭き取る。時間が経っていないから簡単に拭き取ることができた。タオルを一度洗ってきつく絞って、今度は顔全体を拭く。化粧水も付けてあげるべき? と思ったけど、私の手には負えなさそうだからやめておいた。
開けたままのドアから漏れてくる光だけでそれをして、そっと蓮の側を離れる。ドアを静かに閉めて暗闇の中に蓮ひとりを寝かせ、私はタオルを洗濯機に放り込むとリビングへ向かった。
リビングではソファに座った聖弥くんがそわそわと指を組み替えていて、彩花ちゃんはその隣に腕を組んで立っている。ママも立ったままで、蓮の部屋の方を気にしていた。
「じゃあ颯姫ちゃん、説明してくれる?」
ママが話を振ると、颯姫さんは頷いて聖弥くんの向かいのソファに座った。ダイニングチェアの方にライトニング・グロウの人たちは座っている。
「蓮くんの状態は『オーバーヒート』と呼ばれるものです。命に別状があるものではないので、ひとまず安心してください。はい、だから座って。さっきも言ったけど、安静にしておく以外できることはありません」
座れ、と促されてママと彩花ちゃんもやっと椅子に座った。私はまだ落ち着かない気持ちで、とりあえず颯姫さんの向かいになる聖弥くんの隣に座る。
「ポーションはどうしてダメなんですか?」
学校では、異常があったらまずポーションを掛けろと教わる。物心付いたときにはポーションは軽度の万能薬として各家庭に常備されているようなものだった。
「ええとね……蓮くんが今日は異常とも言える勢いで魔法を連発してたでしょ? 魔法って使えばMPが減るだけだって思われがちなんだけど、実は脳に結構な処理を求めてるの」
颯姫さんの話は初めて聞くことだった。彩花ちゃんと顔を見合わせ、思わず「習った?」「習ってない」って確認してしまったくらい。
「一般的には知られてないの。まず『オーバーヒートを起こすまで魔法を連発できる魔法使い』そのものが物凄く稀少だから」
颯姫さんは小さくため息をついて、「もっと知られて欲しいんだけど、状況が特殊すぎるんだよね」と付け加えた。
「あっ……そうか」
私だけじゃなくて、ママまで口元に手をあててハッとしている。
ベテラン冒険者でも知らない事実……。
蓮は今日何本のマジックポーションを飲んだだろうか。多分10本以上は飲んだだろう。MP換算したら6000以上もの消費をしたことになる。
これは本当にざっくり計算で、今のステータスがわからないから、「LV上げ前はこれくらいだったから、多分こんなもんじゃない?」って出してる数値。もしかすると、もっと数値が高い可能性もある。
まず、蓮クラスの補正込みで潤沢なMPを持った魔法使い自体が稀少。これは颯姫さんの言うとおり。普通の魔法使いなら、マジックポーションを10本飲んだところで撃てる魔法の回数が蓮とは多分桁が違うだろう。
「それだけじゃなくて、ポーションは回復薬ではあるけど、メリットばっかりじゃない。常識の範囲を超えて飲み過ぎれば体に良くない影響もでる。しかも、ポーションの効き目と同じく即効性でね」
「普通、マジックポーションをあれだけ短時間に10本以上飲みながら、魔法を撃つ人いないから」
苦い顔をしたライトさんの説明にタイムさんが補足を入れる。
……それは、もうその通りですね……。1本5万円のマジックポーションをホイホイ飲む人なんてまずいない。
「つまり今の蓮くんは、限界を超えた魔法の使いすぎによる脳への過負荷と、マジックポーションの大量摂取によって中毒症状を一緒に起こした状態。ポーションを使えない理由、わかった?」
「回復魔法はダメなんですか?」
ポーションは薬。薬だったら飲み過ぎたら中毒症状を起こす。これは私もわかるけど、だったら魔法は? と縋るような目で私は颯姫さんに尋ねた。
颯姫さんは、一度立ち上がって私の隣に来て、私のことをぎゅっと抱きしめた。
ただ無言で、10秒くらい。なんだか私はそれだけで泣き出しそうになっちゃったよ。
……そうか、魔法も駄目なんだ。颯姫さんのその行動で、私は言われなくても理解してしまった。
「蓮くんを助けてあげたいゆ~かちゃんの気持ちは凄くわかるよ。でも、回復魔法は外傷には効くけど病気とかには効かないでしょう?」
颯姫さんは私の座っている隣に膝をついて、噛んで含めるように説明をしてくれた。
「鼻血が出たっていうことはね、極度の興奮状態で一時的に血圧が上がったせいで細い血管が切れたのよ。その原因は何度も言うけど、脳への負荷、つまりストレスね。回復魔法では鼻の毛細血管が切れたのを治療することはできるけど、原因の血圧を下げたり、ストレスを取り除くことはできないの」
「……わかりました」
ふう、と私は息を吐く。回復魔法は病気には効かない。それはちょっと考えればわかったことなのに。病気に回復魔法が効くのなら、上野さんはそもそも生きるか死ぬかの賭けなんてしてない。
きっと蓮は昨日私と話したことで、「自分ができる最大限のことをしなくては」って思い詰めちゃったんだろう。
――私のこと、助けるために。
「つまり、颯姫ちゃんは前にオーバーヒートしたことがあるのよね? 安静にしておく以外にできることは心当たりないの?」
ママが鋭い質問を颯姫さんに投げかけた! そうだ、これだけ詳しいってことは颯姫さんも同じ状態になった事があると思って当然だよね。
「私は蓮くんほど酷いことにはなりませんでした。気絶もしなかったし、頭痛と目眩が酷くなって、吐きそうになったから自分でストップを掛けたんです。――逆に言えば、蓮くんはそこを超えてまで魔法を制御して撃ってたってこと」
「藤さんは自分の状態の判断と処理が的確だったよ。すぐに階段まで下がって、タオルで目を覆って耳栓をして、症状が治まるまで横になってた。ある程度回復してからこっちに移動したしね」
颯姫さんとタイムさんが物凄い真顔で説明をしてくれてる……。本当に、「命に別状はない」といっても危険だったことに変わりないんだ。
「今日は予定外だけど1日休みにしよう。蓮くんが抜けるのは戦力的に大きすぎる。もしどうしても戦いたかったら、30層辺りの浅い層で」
「いえ……お休みにします。蓮を追い詰めちゃったのは私だから、何もできないけどちょっとだけでも側にいたい……」
自分の手をぎゅっと握りしめる。
音も立てちゃいけない。とにかく刺激を与えないようにして安静に。
私はただそこにいるしかできない、ただの自己満足だけど、今は蓮の側にいたい。
彩花ちゃんは私の顔をじっと見た後で、物凄く長いため息をついてテレビの方を向いた。
「バス屋ー、マリカーやろ!」
「おっ、お兄さんのこと呼び捨てにしちゃう? タケルって呼ぶぞ?」
「寄りにも寄ってそっちぃ? 彩花と呼べ! 特に差し許す!」
「ははー、光栄の至りー」
茶番劇のようなやりとりをして、ふたりはゲームをし始めた。
なんだかんだで気が合ってるのかな? このふたりは。
「しょうがない、私たちも今日は……」
颯姫さんは立ち上がると周囲を見回して重々しく宣言した。
「七並べ腹黒王決定戦をするしかないね」
「柚香ちゃん、ポーション!」
「ポーションはダメだ! そのまま階段まで運べ!」
蓮の持っているアイテムバッグからポーションを出そうとした私は、ライトさんの鋭い声に止められた。
「ユズ、周囲の敵は気にしなくていいわ! 蓮くんを安全なところへ!」
「あれはミスリルゴーレムだよ。RSTが異様に高いから物理で倒すのが常道」
ボウガンでゴーレムを牽制しながらタイムさんが教えてくれた。
そうか、ミスリルゴーレム……魔法が効かないわけだよ。
こちらに襲いかかろうとしたゴーレムの足を鞭で絡め取り、ママが力一杯引いて転倒させている。彩花ちゃんもすぐにママと連携を取って撃破を始めたから、私は蓮を抱き上げてできるだけ揺らさないように階段まで運んだ。
「引き上げた? 撤退!」
私たちが無事に階段まで戻ったことを確認して、颯姫さんが声を張る。バス屋さんが殿を務めて、それを颯姫さんが魔法でサポートしながら戦闘ラインを下げていく。
「柚香ちゃん……」
タイムさんや彩花ちゃんが階段に駆け込んできたとき、微妙極まりない顔で聖弥くんが私の名前を呼んだ。
「どうしたの、聖弥くん」
どうせこのまま居住エリアに入るんだろうからと蓮を抱きかかえたままで問いかけると、聖弥くんは盛大なため息をついた。
「お姫様抱っこは、やめてあげて欲しかった……いや、先に僕が運べば良かったんだけど」
「すんげーどうでもいいことじゃない!? この状況で尊厳とか人権とか言ってられないでしょ!」
「うわ、安永蓮、『ゆずっちに担がれて下山した男』だけじゃなくて『ゆずっちにお姫様抱っこで運ばれた男』の称号まで……」
わざとらしく口元を押さえながら、彩花ちゃんが痛ましそうな目で蓮を見る。
「尊厳……」
「人権……」
タイムさんとバス屋さんまでもが沈鬱に呟く。てか、女の子にお姫様抱っこで運ばれるってそんなに重大なこと!?
「はいはい、無事に撤退できたから軽口叩けてるんだけどね。蓮くんはとにかく安静にさせるしかないから」
颯姫さんがドアロックを解除してくれたから、先に入って靴を脱いでたタイムさんに蓮を引き渡す。私もブーツを脱いで蓮と聖弥くんの部屋に付いていった。
「なんだっけ、足を高くしてとりあえず温めるんだっけ」
「全然違う。どっから来たの、その対処法」
蓮をベッドに寝かせて、バス屋さんが枕を抱えておろおろと歩き回っている。その様子を見て颯姫さんが呆れていた。
「氷枕持ってきた」
ライトさんが持ってきた氷枕を蓮の頭の下に入れる。何が何だかわからなくて、私はただそれを見ながら立ち尽くしていることしかできなかった。
「あの、何か私にできることってありますか?」
なんでもいいから、少しでもいいからと颯姫さんの服を握って話し掛けると、彼女はひとつ頷いてジェスチャーで周囲の他の人に「出て行け」と指示をした。
「濡れタオルで蓮くんの顔を拭いてあげてくれる? 鼻血はすぐ止まるけど、放っておくと大変なことになるでしょう?」
頷いて部屋から出た私に続いて、颯姫さんも出てくる。そして、部屋のドアを閉めてからごく簡単に説明をしてくれた。
「蓮くんの状態は、一時的な脳の過負荷によるものなの。だから、今はできるだけ刺激を与えないで静かに休ませておいて」
「ポーションがダメっていうのは……」
「それはリビングで説明するから、まずは蓮くんが落ち着ける状態にしてあげて。ね?」
颯姫さんの話し方は私を宥めるもので、それで却って私は自分がどれだけ動揺していたかに気づいた。
洗面所でタオルを濡らして、蓮の顔に付いた血を拭き取る。時間が経っていないから簡単に拭き取ることができた。タオルを一度洗ってきつく絞って、今度は顔全体を拭く。化粧水も付けてあげるべき? と思ったけど、私の手には負えなさそうだからやめておいた。
開けたままのドアから漏れてくる光だけでそれをして、そっと蓮の側を離れる。ドアを静かに閉めて暗闇の中に蓮ひとりを寝かせ、私はタオルを洗濯機に放り込むとリビングへ向かった。
リビングではソファに座った聖弥くんがそわそわと指を組み替えていて、彩花ちゃんはその隣に腕を組んで立っている。ママも立ったままで、蓮の部屋の方を気にしていた。
「じゃあ颯姫ちゃん、説明してくれる?」
ママが話を振ると、颯姫さんは頷いて聖弥くんの向かいのソファに座った。ダイニングチェアの方にライトニング・グロウの人たちは座っている。
「蓮くんの状態は『オーバーヒート』と呼ばれるものです。命に別状があるものではないので、ひとまず安心してください。はい、だから座って。さっきも言ったけど、安静にしておく以外できることはありません」
座れ、と促されてママと彩花ちゃんもやっと椅子に座った。私はまだ落ち着かない気持ちで、とりあえず颯姫さんの向かいになる聖弥くんの隣に座る。
「ポーションはどうしてダメなんですか?」
学校では、異常があったらまずポーションを掛けろと教わる。物心付いたときにはポーションは軽度の万能薬として各家庭に常備されているようなものだった。
「ええとね……蓮くんが今日は異常とも言える勢いで魔法を連発してたでしょ? 魔法って使えばMPが減るだけだって思われがちなんだけど、実は脳に結構な処理を求めてるの」
颯姫さんの話は初めて聞くことだった。彩花ちゃんと顔を見合わせ、思わず「習った?」「習ってない」って確認してしまったくらい。
「一般的には知られてないの。まず『オーバーヒートを起こすまで魔法を連発できる魔法使い』そのものが物凄く稀少だから」
颯姫さんは小さくため息をついて、「もっと知られて欲しいんだけど、状況が特殊すぎるんだよね」と付け加えた。
「あっ……そうか」
私だけじゃなくて、ママまで口元に手をあててハッとしている。
ベテラン冒険者でも知らない事実……。
蓮は今日何本のマジックポーションを飲んだだろうか。多分10本以上は飲んだだろう。MP換算したら6000以上もの消費をしたことになる。
これは本当にざっくり計算で、今のステータスがわからないから、「LV上げ前はこれくらいだったから、多分こんなもんじゃない?」って出してる数値。もしかすると、もっと数値が高い可能性もある。
まず、蓮クラスの補正込みで潤沢なMPを持った魔法使い自体が稀少。これは颯姫さんの言うとおり。普通の魔法使いなら、マジックポーションを10本飲んだところで撃てる魔法の回数が蓮とは多分桁が違うだろう。
「それだけじゃなくて、ポーションは回復薬ではあるけど、メリットばっかりじゃない。常識の範囲を超えて飲み過ぎれば体に良くない影響もでる。しかも、ポーションの効き目と同じく即効性でね」
「普通、マジックポーションをあれだけ短時間に10本以上飲みながら、魔法を撃つ人いないから」
苦い顔をしたライトさんの説明にタイムさんが補足を入れる。
……それは、もうその通りですね……。1本5万円のマジックポーションをホイホイ飲む人なんてまずいない。
「つまり今の蓮くんは、限界を超えた魔法の使いすぎによる脳への過負荷と、マジックポーションの大量摂取によって中毒症状を一緒に起こした状態。ポーションを使えない理由、わかった?」
「回復魔法はダメなんですか?」
ポーションは薬。薬だったら飲み過ぎたら中毒症状を起こす。これは私もわかるけど、だったら魔法は? と縋るような目で私は颯姫さんに尋ねた。
颯姫さんは、一度立ち上がって私の隣に来て、私のことをぎゅっと抱きしめた。
ただ無言で、10秒くらい。なんだか私はそれだけで泣き出しそうになっちゃったよ。
……そうか、魔法も駄目なんだ。颯姫さんのその行動で、私は言われなくても理解してしまった。
「蓮くんを助けてあげたいゆ~かちゃんの気持ちは凄くわかるよ。でも、回復魔法は外傷には効くけど病気とかには効かないでしょう?」
颯姫さんは私の座っている隣に膝をついて、噛んで含めるように説明をしてくれた。
「鼻血が出たっていうことはね、極度の興奮状態で一時的に血圧が上がったせいで細い血管が切れたのよ。その原因は何度も言うけど、脳への負荷、つまりストレスね。回復魔法では鼻の毛細血管が切れたのを治療することはできるけど、原因の血圧を下げたり、ストレスを取り除くことはできないの」
「……わかりました」
ふう、と私は息を吐く。回復魔法は病気には効かない。それはちょっと考えればわかったことなのに。病気に回復魔法が効くのなら、上野さんはそもそも生きるか死ぬかの賭けなんてしてない。
きっと蓮は昨日私と話したことで、「自分ができる最大限のことをしなくては」って思い詰めちゃったんだろう。
――私のこと、助けるために。
「つまり、颯姫ちゃんは前にオーバーヒートしたことがあるのよね? 安静にしておく以外にできることは心当たりないの?」
ママが鋭い質問を颯姫さんに投げかけた! そうだ、これだけ詳しいってことは颯姫さんも同じ状態になった事があると思って当然だよね。
「私は蓮くんほど酷いことにはなりませんでした。気絶もしなかったし、頭痛と目眩が酷くなって、吐きそうになったから自分でストップを掛けたんです。――逆に言えば、蓮くんはそこを超えてまで魔法を制御して撃ってたってこと」
「藤さんは自分の状態の判断と処理が的確だったよ。すぐに階段まで下がって、タオルで目を覆って耳栓をして、症状が治まるまで横になってた。ある程度回復してからこっちに移動したしね」
颯姫さんとタイムさんが物凄い真顔で説明をしてくれてる……。本当に、「命に別状はない」といっても危険だったことに変わりないんだ。
「今日は予定外だけど1日休みにしよう。蓮くんが抜けるのは戦力的に大きすぎる。もしどうしても戦いたかったら、30層辺りの浅い層で」
「いえ……お休みにします。蓮を追い詰めちゃったのは私だから、何もできないけどちょっとだけでも側にいたい……」
自分の手をぎゅっと握りしめる。
音も立てちゃいけない。とにかく刺激を与えないようにして安静に。
私はただそこにいるしかできない、ただの自己満足だけど、今は蓮の側にいたい。
彩花ちゃんは私の顔をじっと見た後で、物凄く長いため息をついてテレビの方を向いた。
「バス屋ー、マリカーやろ!」
「おっ、お兄さんのこと呼び捨てにしちゃう? タケルって呼ぶぞ?」
「寄りにも寄ってそっちぃ? 彩花と呼べ! 特に差し許す!」
「ははー、光栄の至りー」
茶番劇のようなやりとりをして、ふたりはゲームをし始めた。
なんだかんだで気が合ってるのかな? このふたりは。
「しょうがない、私たちも今日は……」
颯姫さんは立ち上がると周囲を見回して重々しく宣言した。
「七並べ腹黒王決定戦をするしかないね」
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