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何故かうちに居着いた黒猫の霊の話
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これは、今から10年以上前の実話である。
実話ではあるけれども人によっては信じられない話だろうから、そういう方には創作だと思って読んでいただきたい。
2012年、我が家は先年生まれた娘と私と夫、それと私の実母で今の家からさほど遠くない場所で仮住まい専用住宅に住んでいた。
二世帯住宅を建てるに当たって先に実家を売却したので、家ができるまでペット同居可能の物件に住む必要があったのだ。
通称「長屋」と言われていた連棟式一戸建ての物件は、家のリフォーム、もしくは土地が既にあって建築予定の人のみが住めるという条件があり、大体の世帯は3ヶ月から半年くらいで引っ越していくことが多かったように思う。うちは例外で諸事情合って2年住んでいた。お向かいは更に例外で3年近く住んでいた。そこの家も大型犬を飼っていて、私はよく遊んでもらっていた。
ペット可能ということで、大体どこの家も何かしらの動物を飼っていた。まあ、ペットがいなければもっと条件のいい普通の賃貸に住めるだろうから、これは当たり前のことだったろう。我が家も母が実家から連れてきた「たま」という三毛猫と、東日本大震災の後に私が引き取った「千代」という三毛猫の二匹がいた。
突然の話だが、私には「霊感」と呼ばれる物がある。これは遺伝らしくて、母が上位互換的に全く同じような感覚を持ち、母の妹である叔母にもある。怖くて立ち入れない場所とかが唐突にあって、時々不便だ。電話で起こされて「猫が脱走しちゃったから霊視で探して」と言われたこともある。
どのくらい有用かはさておいて、時々、「見える」。
「最近さ、黒猫いるよね」
「ああ、いる。あんたも気づいてた?」
そんな会話を母と交わしたのはまだ年始めの頃だったように思う。
うちには三毛猫2匹しかいないのに、時折3匹目の猫が視界をよぎるのだ。そればかりか、猫がうにょーんと後ろ足で立ち上がって人の腰の辺りをトントンと叩く仕草、あれをやられる。
ん? 猫? と思うと、うちの二匹はベッドの上でダンゴムシのように丸まって寝ている。すると「あー、また霊か」と思うしかない。
叩かれるときは必ず2回。なんか知らんけど、これが霊のお約束のように思う。私が仕事中居眠りをしているときにも、祖父らしき人に肩を2回叩かれて起こされたことが何度もあったから。
私と母は、何故か急に我が家に出没するようになった黒猫の霊を「クロちゃん」と呼び始めた。黒いからクロ。当然の名付けだ。一度しか見ない霊なら名前を付けたりしないけども、余りにも出現頻度が高いクロちゃんは、個別の名前が必要だった。
クロちゃんは尻尾の長いスマートな黒猫で、若い猫だった。これは私と母の見立てで、3.4歳位じゃなかったのだろうかと思う。
たまがご飯を食べ残す癖のある猫だったので、常にキャットフードと水がリビングにはあった。その上、自分の存在に気づいてくれる人間がいることがクロちゃんは気に入ったのだろうか。クロちゃんはそのうち「このうちの子ですよ」と言わんばかりに生きている猫と同じように我が家で暮らし始めた。
例を挙げると、寝てるときに人のことを踏んづけていくとか、だ。霊に重さはない気がするんだけども、何故か踏まれるとわかる。本物の猫はもっともっと重い。
そして私と母はあることに気づいた。
クロちゃんには「自分は死んでいる」という自覚がないらしい。
ここは仮住まい専用物件だ。クロちゃんの本当の飼い主もこの物件のどこかに住んでいたのかもしれない。そして、家の前は交通量の多い道路で、もしかしたらクロちゃんはそこで唐突に命を落としたのかもしれなかった。――そのくらい、こっちが「あんたは幽霊でしょ!」と突っ込みたくなるほど、普段見えない黒猫は当たり前のようにそこにいた。
クロちゃんの本当の飼い主は既にここから退去していて、この子は帰る家がわからなくなってしまったのかもしれなかった。
悪戯をするわけでもなく、何の害もなくそこにいるだけの霊。しかも猫ときたら私も母も無理に追い出したりすることはなかった。
幽霊がこの世に残り続けるのは不自然なことなのだ。クロちゃんは自分が死んでいないと思っているからふらふらできているかもしれないが、存在する力は徐々に減っていくのが当たり前で、そのうち消えてしまうことが私たちにはわかっていた。
だからこそ、クロちゃんには好きにさせていた。
2012年の秋、家が完成して私たちは引っ越しをした。最後の荷物を仮住まいに取りに行ったとき、荷物がなくなってがらんとした部屋に向かって私は言った。
「クロちゃん、引っ越しだよ。新しいおうちへ行くからね。付いてきたかったら付いてきてもいいよ」
そう呼びかけるくらい、我が家の「見える」人間の中では、クロちゃんの存在は当然のものだった。
そして、家を出て車に乗ろうとするとき、私は見た。
車にすっと入っていく黒猫を!!
「クロちゃん、本当に来たよ!」
そう言って、私は爆笑した。
そしてその日から、本当に新居でクロちゃんが目撃されることになったのだ。これは本当にびっくりだった。
夫は若干の霊感はあるけど自分では全然わからないし見えないという人間なのだが、あるとき真顔で「猫の霊って本当にいるんだね」と言い出した。何事かと思ったら、キッチンカウンターから猫が飛び降りる「トン」という音がしたのに、振り返ったら私たち世帯に住んでいる千代は別の部屋で寝ていたという。
他にも、キャットフードを食べるカリカリという音が聞こえたり、水を飲む音が聞こえたり。それが日常茶飯事だった。当然ながらキャットフードが減ることはなく、音だけが聞こえるのがクロちゃんの証拠だった。
そして、我が家にはさらなる怪奇現象が起きるようになった。全然怖くない怪奇現象ではあるが。
クロちゃんが口コミで広めでもしたのか、幽霊版NNNが仕事をしてるのか、「あそこのうち、居心地いいらしいよ」とでも噂が広まったのか、ひっきりなしに違う猫の霊を見かけるようになったのだ。
1階に住んでいるたま用、2階に住んでいる千代用と、キャットフード出しっぱなし&自動給水器が24時間動いてるのが気に入られたのかもしれない。猫たちも、自分たちに気づいてくれる人間がいるのが嬉しかったのかもしれない。
猫の出没スポットは決まっていて、階段の途中と1階の廊下が主だった。新しい猫来たな、と思うと私と母はお互い見た猫の特徴を言い合い、それが合致していることを確認して「やっぱりー」と言うのが当たり前の日常になった。
大体の猫は1週間ほどで見なくなったが、その中でクロちゃんだけは、「ここのうちの子ですから」という顔をしてずっと家にいた。
そのクロちゃんが消えてしまったのは、翌年の2月頃だった。
ああ、とうとう逝ってしまったな……と寂しい思いをしたが、「生まれ変わったらまたおいで」と常々言っておいたので、私が泣くようなことはなかった。あの子は、元々死んでしまっている子なのだから。行くべき場所へ行ったのだ。
――そんなことを思っていたのに、クロちゃんは再度ひょっこりと顔を出した。なんと、その年の8月、お盆の頃だった。
「クロちゃん帰ってきてるよね……」
「あの子、完全に帰る家間違ってるわ……」
「猫もお盆に戻ってくるのはびっくりだ……」
私と母は大笑いした。「お盆には家に帰るもの」という概念が猫にもあることにも凄く驚いた。そして、お盆が終わるとまたクロちゃんはいなくなった。
それ以来、スマートな黒猫の姿は一度も見ていない。
お盆が近くなると思い出す、姿のよく見えない3匹目の飼い猫。
それに比べてうちでちゃんと飼っていた猫たちは、お盆に帰ってきたことがない。物凄く悔しい。
その数年後、ポケモンGOを初めて入れた日にご近所一周から帰ってきた私が、斜向かいの家の車の下にいた黒猫の子猫を拾ったのはまた(多分)別の話。
実話ではあるけれども人によっては信じられない話だろうから、そういう方には創作だと思って読んでいただきたい。
2012年、我が家は先年生まれた娘と私と夫、それと私の実母で今の家からさほど遠くない場所で仮住まい専用住宅に住んでいた。
二世帯住宅を建てるに当たって先に実家を売却したので、家ができるまでペット同居可能の物件に住む必要があったのだ。
通称「長屋」と言われていた連棟式一戸建ての物件は、家のリフォーム、もしくは土地が既にあって建築予定の人のみが住めるという条件があり、大体の世帯は3ヶ月から半年くらいで引っ越していくことが多かったように思う。うちは例外で諸事情合って2年住んでいた。お向かいは更に例外で3年近く住んでいた。そこの家も大型犬を飼っていて、私はよく遊んでもらっていた。
ペット可能ということで、大体どこの家も何かしらの動物を飼っていた。まあ、ペットがいなければもっと条件のいい普通の賃貸に住めるだろうから、これは当たり前のことだったろう。我が家も母が実家から連れてきた「たま」という三毛猫と、東日本大震災の後に私が引き取った「千代」という三毛猫の二匹がいた。
突然の話だが、私には「霊感」と呼ばれる物がある。これは遺伝らしくて、母が上位互換的に全く同じような感覚を持ち、母の妹である叔母にもある。怖くて立ち入れない場所とかが唐突にあって、時々不便だ。電話で起こされて「猫が脱走しちゃったから霊視で探して」と言われたこともある。
どのくらい有用かはさておいて、時々、「見える」。
「最近さ、黒猫いるよね」
「ああ、いる。あんたも気づいてた?」
そんな会話を母と交わしたのはまだ年始めの頃だったように思う。
うちには三毛猫2匹しかいないのに、時折3匹目の猫が視界をよぎるのだ。そればかりか、猫がうにょーんと後ろ足で立ち上がって人の腰の辺りをトントンと叩く仕草、あれをやられる。
ん? 猫? と思うと、うちの二匹はベッドの上でダンゴムシのように丸まって寝ている。すると「あー、また霊か」と思うしかない。
叩かれるときは必ず2回。なんか知らんけど、これが霊のお約束のように思う。私が仕事中居眠りをしているときにも、祖父らしき人に肩を2回叩かれて起こされたことが何度もあったから。
私と母は、何故か急に我が家に出没するようになった黒猫の霊を「クロちゃん」と呼び始めた。黒いからクロ。当然の名付けだ。一度しか見ない霊なら名前を付けたりしないけども、余りにも出現頻度が高いクロちゃんは、個別の名前が必要だった。
クロちゃんは尻尾の長いスマートな黒猫で、若い猫だった。これは私と母の見立てで、3.4歳位じゃなかったのだろうかと思う。
たまがご飯を食べ残す癖のある猫だったので、常にキャットフードと水がリビングにはあった。その上、自分の存在に気づいてくれる人間がいることがクロちゃんは気に入ったのだろうか。クロちゃんはそのうち「このうちの子ですよ」と言わんばかりに生きている猫と同じように我が家で暮らし始めた。
例を挙げると、寝てるときに人のことを踏んづけていくとか、だ。霊に重さはない気がするんだけども、何故か踏まれるとわかる。本物の猫はもっともっと重い。
そして私と母はあることに気づいた。
クロちゃんには「自分は死んでいる」という自覚がないらしい。
ここは仮住まい専用物件だ。クロちゃんの本当の飼い主もこの物件のどこかに住んでいたのかもしれない。そして、家の前は交通量の多い道路で、もしかしたらクロちゃんはそこで唐突に命を落としたのかもしれなかった。――そのくらい、こっちが「あんたは幽霊でしょ!」と突っ込みたくなるほど、普段見えない黒猫は当たり前のようにそこにいた。
クロちゃんの本当の飼い主は既にここから退去していて、この子は帰る家がわからなくなってしまったのかもしれなかった。
悪戯をするわけでもなく、何の害もなくそこにいるだけの霊。しかも猫ときたら私も母も無理に追い出したりすることはなかった。
幽霊がこの世に残り続けるのは不自然なことなのだ。クロちゃんは自分が死んでいないと思っているからふらふらできているかもしれないが、存在する力は徐々に減っていくのが当たり前で、そのうち消えてしまうことが私たちにはわかっていた。
だからこそ、クロちゃんには好きにさせていた。
2012年の秋、家が完成して私たちは引っ越しをした。最後の荷物を仮住まいに取りに行ったとき、荷物がなくなってがらんとした部屋に向かって私は言った。
「クロちゃん、引っ越しだよ。新しいおうちへ行くからね。付いてきたかったら付いてきてもいいよ」
そう呼びかけるくらい、我が家の「見える」人間の中では、クロちゃんの存在は当然のものだった。
そして、家を出て車に乗ろうとするとき、私は見た。
車にすっと入っていく黒猫を!!
「クロちゃん、本当に来たよ!」
そう言って、私は爆笑した。
そしてその日から、本当に新居でクロちゃんが目撃されることになったのだ。これは本当にびっくりだった。
夫は若干の霊感はあるけど自分では全然わからないし見えないという人間なのだが、あるとき真顔で「猫の霊って本当にいるんだね」と言い出した。何事かと思ったら、キッチンカウンターから猫が飛び降りる「トン」という音がしたのに、振り返ったら私たち世帯に住んでいる千代は別の部屋で寝ていたという。
他にも、キャットフードを食べるカリカリという音が聞こえたり、水を飲む音が聞こえたり。それが日常茶飯事だった。当然ながらキャットフードが減ることはなく、音だけが聞こえるのがクロちゃんの証拠だった。
そして、我が家にはさらなる怪奇現象が起きるようになった。全然怖くない怪奇現象ではあるが。
クロちゃんが口コミで広めでもしたのか、幽霊版NNNが仕事をしてるのか、「あそこのうち、居心地いいらしいよ」とでも噂が広まったのか、ひっきりなしに違う猫の霊を見かけるようになったのだ。
1階に住んでいるたま用、2階に住んでいる千代用と、キャットフード出しっぱなし&自動給水器が24時間動いてるのが気に入られたのかもしれない。猫たちも、自分たちに気づいてくれる人間がいるのが嬉しかったのかもしれない。
猫の出没スポットは決まっていて、階段の途中と1階の廊下が主だった。新しい猫来たな、と思うと私と母はお互い見た猫の特徴を言い合い、それが合致していることを確認して「やっぱりー」と言うのが当たり前の日常になった。
大体の猫は1週間ほどで見なくなったが、その中でクロちゃんだけは、「ここのうちの子ですから」という顔をしてずっと家にいた。
そのクロちゃんが消えてしまったのは、翌年の2月頃だった。
ああ、とうとう逝ってしまったな……と寂しい思いをしたが、「生まれ変わったらまたおいで」と常々言っておいたので、私が泣くようなことはなかった。あの子は、元々死んでしまっている子なのだから。行くべき場所へ行ったのだ。
――そんなことを思っていたのに、クロちゃんは再度ひょっこりと顔を出した。なんと、その年の8月、お盆の頃だった。
「クロちゃん帰ってきてるよね……」
「あの子、完全に帰る家間違ってるわ……」
「猫もお盆に戻ってくるのはびっくりだ……」
私と母は大笑いした。「お盆には家に帰るもの」という概念が猫にもあることにも凄く驚いた。そして、お盆が終わるとまたクロちゃんはいなくなった。
それ以来、スマートな黒猫の姿は一度も見ていない。
お盆が近くなると思い出す、姿のよく見えない3匹目の飼い猫。
それに比べてうちでちゃんと飼っていた猫たちは、お盆に帰ってきたことがない。物凄く悔しい。
その数年後、ポケモンGOを初めて入れた日にご近所一周から帰ってきた私が、斜向かいの家の車の下にいた黒猫の子猫を拾ったのはまた(多分)別の話。
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