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ハロンズ編

110 米味噌醤油!!

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 テトゥーコ様――ナギさんの言葉でモヤモヤとしてしまった翌日、俺にとっては最大級の朗報が届いた。

 オールマン商会がパーグに交易で出していた船が戻ってきたそうだ!
 オーサカからハロンズまで馬を飛ばして知らせてくれた使いの人と一緒に、俺は移動魔法でオールマン食堂へ向かった。
 はっきり言って、この時点でモヤモヤは吹っ飛んでいる。頭の中は米味噌醤油と鰹節でいっぱいだ。
 
「ショーンさん! 連絡くださってありがとうございます!」
「おー、ジョーはん! 相変わらず早いなあ。今港で荷揚げしてるところや。頼まれたもんは空間魔法でしまうからそのままにしときって言ってあるわ。ほな、これから行こか?」
「お仕事の邪魔でなければお願いします!」
「自分にしかできん仕事はないからなあ……」

 た、確かに。ショーンさんは味音痴だから調理には関わらないし、会計の仕事は店を閉めた後が本番。クレーム対応とかも店長の仕事だけどアンナさんがいるからそれは大丈夫……立場がないな! 元々蕎麦打ちで店を傾かせた時点でなくなってるみたいだけど。
 俺の中では「試行錯誤でマヨネーズを再現した凄い人」って見方もある。それがなかったら残念なままだった。

 オーサカの港に行ったことはなかったので、ショーンさんに案内してもらって港へと向かう。
 港は一際賑わっていて、大きな帆船以外にも漁に出るような小さな船などがたくさんあった。
 その中で、オールマン商会の船は異様に目立っている。
 ……だって、帆のところに「オールマン」って書いてあって赤と青とが交互に塗られてて……。オールマン食堂1号店を見たときなんだこれって思ったけど、あれはオールマン一族に共通するセンスだったのか。

「これ、運ぶ先はどこかの倉庫ですか? 俺手伝いますよ」
「ホンマか? そうしてもらえると助かるわぁ!」
「ああ、例の空間魔法使いの! オールマン食堂がえらい世話になったそうで、おおきに! ほんなら、ここに全積み荷のリストがあるから残ってるもんを運んでもらってええか?」

 船長さんと話をまとめ、俺は船内に残っているものを全て魔法収納空間へと入れた。
 運ぶ先はオールマン商会の倉庫だそうだ。
 一気に仕事が終わって人足の人たちも喜んでいた。日当は日当で変わらないらしいから。
 ――しかし、気を付けないとなあ。こういう人の仕事を簡単に奪っちゃうこともあるんだよな。教授がやってる村の拡張とか、宿場町での織物工場の建設とかにも斡旋することはできるんだけど。


 積み荷を全て倉庫へ移し、俺が頼んでいたものを売ってもらうことに。
 今回はオールマン食堂の成功もあって、輸入してきたものは大幅に食料品に寄ったらしい。見てみたら俺が頼んでいた「米・味噌・醤油・みりん・鰹節」以外にも、煮干しや昆布があった。
 話を聞いたら、向こうの担当者が「それならこれも一緒に買っていけ。絶対損はさせないから!」って推してくれたらしい。
 俺は遥か東の方に向けて手を合わせ「ありがとうございます!」と心の中で叫んだ。

「オールマン商会としても、パーグの食材は食堂で扱って知名度が上がってきたから取り扱うという話になったんや。今後はもっと定期的に船を出す予定やで」
「いいですね! そうしたら俺も一気に買い込まなくていいかな……」
「ジョーはん、新メニューの指導も頼みますわ!」
「それはもう! あああ、味噌、本当に味噌だ……しかも昆布も煮干しもあるなんて、向こうの人は本当に有能ですね! これで出汁を取って美味しい味噌汁が作れますよ!」

 日本でも和食の店がレストランとして成り立っていたように、商店の方で食材を売っても食堂の経営に致命的な打撃が入ったりはしないだろう。
 オールマン食堂ではパーグ料理を布教して、自宅でも作ろうと思った人が食材を買えばいい。ろくに食べたこともなくていきなり作れと言われたら、未知の食材を前に困ることは目に見えてるんだから、オールマン食堂の存在は大きい。
 オールマン食堂がはやっていることで、今後パーグの食材を扱うオールマン商会へ還元される利益もきっと大きいはず。

 ……なんてことをつらつら考えながらひとつの袋を開け、そこに輝くお宝を目にして俺は崩れ落ちた。

 ツヤツヤのお米! こっちで見る長粒米じゃない、短粒米だ! こっちのお米は茹でて食べるのが一般的だから、本当に全然食感とか別物なんだよなー。

「ショーンさん! このお米を今から炊きましょう!」

 俺は注文した食材の代金を払い、いそいそとそれらを魔法収納空間へ入れた。
 このお米を早く炊いてみたくて仕方ない!
 今はオールマン食堂は営業中だから厨房は忙しいはずと、俺はショーンさんを連れてハロンズの家へ転移した。

 米を磨ぐのですら手が震える。感動が半端ない。
 精米度合いはちょっと低いみたいでかなりがっちり磨がないといけなかったけど、とぎ汁が透明になる前に洗米を終了。
 それを鍋に入れて指の関節を使って水加減を測り、しばらく水をしっかり吸わせる。多分時期的に新米だと思うから、水はちょい少なめにした。

 水を吸わせている間に昆布と鰹節と煮干しの使い方をメモにしてショーンさんに渡す。鰹節は削り器がないと使えないけど、鰹節専用のカンナを用意しておいたからそれで削れる。
 鰹節などはそんなにたくさんはなかったけど、これからも継続的に購入したいということを伝えたら、パーグの方でも喜んで増産してくれる約束を取り付けたそうだ。
 しばらくは大事に使おう。

 米が白くなるほど水を吸ったら、薪をくべたコンロで中火に掛ける。くつくつという音がし始めて吹きこぼれたら、しばらくしてから弱火にする。「初めちょろちょろ中ぱっぱ」っていうけど、実際は逆なんだよな。
 一番最後だけは強火にしてわざとお焦げを作って鍋を火から下ろす。
 ああ……米の炊ける匂い! 最高だ!

 ご飯を炊いている間にコリンとサーシャが匂いに釣られて厨房に来たので、蒸らし終わるまで待つように言う。時間がもったいないのでその間に鰹節を削って砕いておいた。

 永遠にも思える蒸らし時間を終えて、俺は満を持して蓋を開けた。
 ほわりと立つ湯気に、香ばしさと甘さの混じった米の香り! 白いご飯はピカピカで、CMで見る時みたいに米が立っている!
 しゃもじがないのでスプーンで混ぜてみると、下の方は見事にお焦げができていた。グッジョブ、俺!

 砕いた削り節に醤油を垂らしておかかを作り、手を濡らして、「あちっ! あちっ!!」と言いながらおかかを入れたお握りを作る。完璧に火傷したけど後でサーシャに治してもらえばいいや。
 熱を持った鍋に入れたままにしておくとせっかくのご飯が乾いてしまうけど、生憎ラップもおひつもない。しかたないので俺は炊いたご飯を全部お握りにした。きっと後でレベッカさんたちも食べるだろうし。

「これが『お握り』だよ、食べてみて」
「木みたいのを削ってたけど、あれも食べ物?」
「鰹節っていうんだ。魚のカツオから作ったものだよ。凄い手間が掛かってて、いろんな料理に使えるんだ」

 コリンの「木みたい」って言葉に苦笑してしまった。知らなかったらそう見えるよなあ。
 綺麗に三角になっているお握りを見て、ショーンさんとサーシャは「おおおお」と感動している。
 サーシャに回復魔法を掛けてもらってから、4人同時にお握りに手を伸ばして食べ始めた。ショーンさんもお握りは初めてらしい。

「噛めば噛むほど甘いですね! 食感もこっちで食べてるお米とは全然違う感じです」
「へえー、これがジョーの故郷の主食なんだー。面白いね!」
「砂糖も入れとらんと、こんな甘みがよく出るもんやなな。パンとは全然違うわ」

 口々に3人が感想を言っている。それを聞きながら俺は久々のご飯に涙を流していた。

「思ったより……美味しい……うっ」

 確かに甘みは弱いかもしれないけど、香りがあるし、なによりこの食感!
 そして、おかかとご飯の親和性!
 一口、また一口と食べながら、俺はぼろぼろと涙をこぼしていた。

 気持ち的にはこっちで生きることを受け入れたって言っても、懐かしさを感じてしまうのはどうしようもないよ……。
 あとで豚汁も作ろう。
 また食べながら泣いてしまうかもしれないけど。

「ジョーさん」

 サーシャが心配そうに覗き込んでくる。いつも俺が泣くときにはサーシャが側にいるなあ。その度に心配を掛けてしまっている。

「大丈夫、悲しくて泣いてるんじゃなくて……なんだろう、懐かしくて、美味しくて泣いてるだけだから」

 手に残っていた最後の一口分を口に入れて、噛みしめる。
 こっちの世界の文化レベルが何世紀くらいのものなのか俺にはちょっとわからないけど、白米は本当に思っていたより美味しかった。
 炊きたてご飯が美味しいのは当たり前で、本当に美味しいお米は冷めても香りがあって冷たいまま食べても十分美味しいのだ。冷めてからが真骨頂かもしれない。
 コリンと鍛冶ギルドの親方に頼んで羽釜を作ってもらおうかな。

 俺は涙を流しながらもそんなことを考えていた。


 オールマン食堂では持ち帰りで「お握りセット」を出すことにしたらしい。具材はおかかと、昆布の佃煮と、焼き魚をほぐしたもののマヨ和え。昆布の佃煮は、出汁を取った昆布の再利用だ。
 その辺は全部俺が教えた。
 普通の家で男子高校生が料理をするのに、昆布を布巾で拭いて……なんてまずしないと思うけど、うちは父が趣味人だから鰹節削り器もあったし、昆布もちゃんと使っていたのだ。サバイバルの知識もだいたい父仕込みだし、父には改めて感謝してる。

 そして、ご飯ショックでうっかり忘れそうになったけど、俺は大事なことを伝えに空間魔法使いのアリスのところへ行った。

「ジョー先生、こんにちは!」

 チェーチの街に移動してアリスの家を訪問すると、家の前を掃除していたアリスが直角になるくらいのお辞儀をした。
 
「こんにちは。今日はアリスにアドバイスがあって来たんだ」
「私にアドバイスですか? いつもありがとうございます、ジョー先生!」

 先生って呼ぶのやめて欲しいと前に言ったら「師匠!」って言われちゃったので、今は先生で妥協してる。この子も真面目っていうか……。

「前に講習会の時に、同じ神様の加護を受けた同士が一緒にいると、入ってくる経験値が2048倍になるって言ったのは覚えてる?」
「はい!」
「神様の加護を得る方法なんだけど、その神様の教えに沿って真面目に頑張っていれば目に留まるみたいなんだ。俺が知ってる限り、俺を含めて3人はテトゥーコ様の加護を受けていて、あとタンバー様の加護を俺が受けているから、アリスは真面目に勉強や奉仕活動をしたりしてテトゥーコ様の加護を受けられるようにしたらいいと思うよ」
「テトゥーコ様の加護を受ける……そんなこと、考えたこともありませんでした」

 箒を持ったままで凄い形相になっているアリス。まあ確かに、意図的に「加護を受けよう」なんて普通の人間は思わないよな。
 
「もしアリスがテトゥーコ様の加護を受けられれば、あっという間に移動魔法まで習得できるからね」

 加護を受けたかどうかは、適当に一緒に移動してみればわかる。常に魔法収納空間に古代竜を2頭入れてるアリスなら、あっという間に移動魔法を習得できるはずなのだ。

「他の神様だと誰が加護を受けてるかわからないから。俺とサーシャは間違いなくテトゥーコ様の加護を受けてるってわかるんだけど」
「つまり、私もテトゥーコ様の加護を得られるように精進して、移動魔法を習得した暁には弟子にもテトゥーコ様の加護を得られるように勧めるということですね! そうすれば、脈々と移動魔法習得の技術が受け継がれていくと!」
「まあ、そういうことだね」

 真面目なアリスなら、テトゥーコ様の加護が得られるかもしれない。その辺の基準は俺ではなんとも言えないけど、テトゥーコ様が「学問と慈愛」の女神である以上、「霊界神」とかあやふやなタンバー様より加護を受ける条件は揃いやすそうだ。

 あれ? でもそうすると移動魔法はテトゥーコ様の信者の専売特許みたいにならないか?
 ……ま、いいか。テトゥーコ様の加護ありきで俺がいるんだから。
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