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ハロンズ編
105 ただいまネージュ
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ハムの作り方はベーコンとあまり変わらない。違うところは、たこ糸で縛るかネットに入れるかして成形しないといけないところと、使う肉の部位、そして最後に加熱処理をするかどうか。この3点だ。ソミュール液なんかは一緒。
ベーコンは主にバラ肉だな。あの脂の入り具合がいいんだ。ショルダーベーコンとかもあるけど、俺はやっぱりバラ肉のベーコンが好きだ。
ハムは最後にボイルするんだけど、それ自体は難しいことじゃないからベーコン工房で同時にハムを作ることもできるだろう。
夢が広がるなあ……。
「ジョーくん、ニヤけてるところ悪いんだけどさ、ネージュでもあのテント貸し出ししない?」
床から復活したデュークさんが、俺ににじり寄ってきた。テントと聞いてエリクさんも「なんだなんだ」と寄ってくる。
「俺がレヴィさんやソニアたちと試行錯誤してた夢のテントがやっと完成したんです。それで、普通に買える値段じゃないので貸し出して少しずつお金を取ることにしようと言うことになって」
「凄いんだよ! 軽くて大きくて水も完全に弾くし。そうだ、エリクにも見せよう!」
「そういうことか。アーノルドたちにも見せてやれ。おーい、誰かアーノルドたちを呼びに行ってくれないか? 昨日戻ってきたからいつもの宿屋にいるはずだ」
アーノルドさんたち! 相変わらず忙しくしてるのかなあ。会うのは久しぶりだ。
その場にいた冒険者のひとりがアーノルドさんたちを呼びに行ってくれて、その間俺はエリクさんに今まであったことをざっくり説明した。
「北街道から近い村にアラクネが? 村長はケチって冒険者を呼ばなかった? なんだそりゃ、大問題じゃないか!」
「幸いアラクネが生け贄にされてきた女の子たちの意識を引き継いでいて、レナは人間とほとんど変わらない性格なんですよ。生きてたときそのままじゃないのかと思います。テント本体の布もアラクネの糸で織ってあるんですが、ふたつ返事で協力してくれました」
「ああー、アラクネはなー、個体差が激しいんだ。なまじ知能が高いから、それこそ恐ろしく攻撃的なのから、そのレナって子みたいに無害なのまでいる。無害なアラクネはほとんど人前には出てこないな。討伐依頼がかかるアラクネは攻撃的な奴だけだ」
それを聞いてほっとした。過去にも「おとなしいアラクネ」の例はあるらしい。レナに話してあげればきっと安心するだろう。
「で、サイモンってアカシヤーのプリーストのあのサイモンか。そうだなあ、確かにジョーたちは4人パーティーだからもうひとりプリーストがいてもいいな。だが、仲間をスカウトするために食堂を再建させるってのは聞いたことがないぞ。相変わらずやることがでたらめだな!」
エリクさんは笑い交じりではあるけど、「相変わらずやることがでたらめ」と言われて俺は頭を殴られたようなショックを受けた。
俺……ソニアとかサーシャに比べて地味だから目立ってないし大したことはしてないと思ってたんだけど、エリクさんから見るとでたらめなのか!?
「お、俺のどの辺がでたらめでしょうか?」
「家を持ち歩いてたりな」
「あれはメリンダさんの発案です」
「麦粥もベーコンも作ったし、ベーコン工房まで作ったし」
「たまたま知識があっただけです。それに食べたかったんです。次の大規模討伐の時も肉をたくさん仕入れるつもりでいますよ」
「……それだよ……。大猪なんてまともにやり合ったら危険な魔物なんだぞ? 体はでかいし角は鋭いし。おまえ、肉にしか見えてないだろう」
「うっ……でも戦うのは俺じゃないので、サーシャも物凄く強いですしあまり危機感が」
「移動魔法は習得するわ、一度死んで生き返るわ」
次々エリクさんからあげられる「俺のでたらめなところ」に俺はがっくりとうなだれた。というか、だいたいが俺のせいじゃない奴だ。
一度死んだのはともかく、生き返ったのはサーシャのおかげだし、移動魔法を覚えたのはサーシャと一緒にいてテトゥーコ様の御加護で「経験値2048倍」が効いたからに他ならない。
それで俺自身がでたらめと思われるのは解せぬな……。
と思っているところに、遠くから雄叫びが聞こえてきた。俺を通り過ぎたらドップラー効果を起こしそうな雄叫びは、真っ直ぐ俺のところに突っ込んできて一度止まった。
「ジョオオオオオー!! 会いたかったぞー! お兄ちゃんに会いたかったかー? そうか、嬉しいぞー!!」
「あ、アーノルドさん、何も言ってませんけど……ぐえっ」
残念勇者の全力ハグで息が詰まる!
ぎゅうぎゅうと抱きすくめられたまま頬ずりされて、「あ、この人本当に髭がないな」とか思ってしまった。髭ジョリされたら全力で顔を押し返すところだったんだけど、余計なことを考えたせいで抵抗が遅れる。両腕はがっちりホールドされてしまったし、本当に身動きが取れない。
「は、離してください……」
「お兄ちゃんはなあ、寂しかったんだぞー! サーシャもジョーもいなくて本当に寂しかったんだー! 会えて嬉しいぞぉぉぉ!」
ああ……そうなんだなあ。
俺は唐突に悟ってしまった。アーノルドさんの言葉はいつもの「残念勇者」のものだけど、それだけに嘘がない。
この人は嘘をついたことがない。サーシャを追放したときも、「自分の崇敬が集まらない」なんて情けない理由をさらけ出して、土下座していたくらいなんだから。
くそっ、なんだかんだで、この人には厳しくなりきれない。結局俺も、アーノルドさんの事が好きなんだよな、人間として。
格好いいところも駄目駄目なところも併せ持っていて、それでも自分に正直で真っ直ぐで。勇者という特別な立場なのにそれに驕らず、気さくで面倒見がよくて、俺のことも肉親のように可愛がってくれる。
俺の一番はもちろんサーシャだし、ケルボのサーシャの両親はもはや俺にとっても親のようなものだけど、俺にとってはアーノルドさんも「お兄ちゃん」なんだ。
――でも、迂闊に「俺も会いたかったです」なんて言ったらどんなことになるかわからないので、俺はひたすら死んだ目でベアハッグを耐えていた。
メリンダさん、ギャレンさん、早く来てぇぇぇ……。あ、なんか意識がもうろうとして……。
「アーノルドさん! ジョーさんが軽く泡吹いてますよ! 止まって止まって! サーナ・メンテュア・エトゥ・モービス……」
やっとアーノルドさんから解放され、回復魔法を掛けてもらって俺はけほけほと咳き込んだ。
アーノルドさんの次に駆け込んできたのはコディさんだった。そうだ、メリンダさんもあんまり足は速くないんだよな。コディさんは俺の話を聞いたからやってきたというよりはアーノルドさんの暴走を止めるために急いできてくれたんだろう。
「意識が……落ちました」
「泡吹いてましたからね……」
コディさんが物凄く哀れなものを見る目を向けながらも、俺の口元をハンカチで拭ってくれる。
「大丈夫か? すまない、ジョー。最近崇敬が凄く集まったらしくて、急に力が増しちゃってなー」
「それはよくないですけどよかったですね」
同じ都市の中に聖女のサーシャと勇者のアーノルドさんがいたら、絶対に崇敬が割れる。俺たちはそれを懸念してハロンズに行ったのだから、サーシャがいなくなった分アーノルドさんに崇敬が集まるのは当然のことだし、喜ばしい。
ただ、その上がった分の力を考慮せず全力ハグは勘弁して欲しい。
そして、俺がそんな目に遭ってる間、エリクさんもデュークさんも助けてはくれなかった。
おのれー。
メリンダさんとギャレンさんはコディさんより大分遅れてやってきた。その後に知らない女性が付いてきていて、俺はおや? と思った。
「久しぶりね、ジョー。元気だった? サーシャも元気にしてる?」
「メリンダさん、ギャレンさん、お久しぶりです。ハロンズは暑いですがなんとか元気にやってます。サーシャと一緒に彼女の実家に行ってきたりしたんですよ」
「そうか、仲良くやってるようでよかった。レヴィも元気か?」
「レヴィさんは落ち着いてるので頼りになりますね。アーノルドさんが俺たちのパーティーに入れてくれて本当に感謝してます」
「紹介しよう。うちの新しいスカウトのキーラだ。まだ星2だが、将来性は有望だぞ」
短い黒髪の長身の女性をギャレンさんが紹介してくれた。キーラさんは無言で軽く会釈する。あまり言葉が多いタイプじゃないんだろう。俺も会釈にとどめた。
「こっちにいたときから『山とテントを語る会』で試行錯誤してた新型テントが完成したんです。これから訓練場で設営しますから見てください」
「ああ、レヴィと毎晩のように語ってた奴ね。やったじゃない、ジョー」
「俺は構造を説明しただけで、いろんな人の力でできたものですけどね」
デュークさんとエリクさんを先頭に、俺たちはぞろぞろと訓練場に移動する。
そして隅に先程のようにテント一式を出して簡単に説明した。
「ポールは2本、同じ長さになるようにします。ねじ込み式でいくつかに分かれてるので荷物としては大きくなりません。こうしてテント本体の布を広げて、組んだポールを上部の紐に通していきます」
説明しながら途中まで組み立てて、最後にポールを持ち上げるところはメリンダさんにやってもらった。彼女の力でも余裕で組み立てることができたから、見ていた人たちは感心している。
「見た目よりずっと軽いのね! 驚いたわ。これ、何でできてるの?」
「骨組みはミスリル、布はアラクネの糸を織ったものです」
「……だからそういうところがでたらめなんだよ、ジョーは」
「発案は俺じゃないんですよ。軽くて丈夫でしなりが出る素材がいいと言ったら、ミスリルはどうだって当たり前に言ってくる人がいて。蜘蛛の糸で布を織るのもその人のアイディアです」
「ええええええ、これ1個でいくらするんですかー」
ミスリルのポールにアラクネの布と聞いてコディさんがドン引きしている。値段を言ったらもっと引かれるんだろうなと思いながらも、仕方なく俺は答えた。
「ミスリルのポールだけで25万掛かりました」
「でたらめだなぁ、おい!」
「でもある程度量産して、あまり高くない値段でギルドに窓口を作って貸し出そうと思って!」
「うちにも窓口作ろうと思ってるんだよー。ハロンズの依頼よりもネージュの依頼の方が遠出になりやすいからね」
「あっ、ギルド長! いつ戻ってきたんですか!?」
アーノルドさんはその場にデュークさんがいることにようやく気付いたようだ。ここは知り合いか。デュークさんが戻ってくるのが5年振りだったら、アーノルドさんたちなら知っててもおかしくない。
「さっきだよ。ハロンズ本部にいるときにジョーくんたちが偶然来てねえ。送ってもらったんだ」
「へえ。ところでジョー、よかったらそのテントを売ってくれないか? 俺たちは明日からまた遠方に調査依頼が入っててな。ジョーが完成したって持ってくるくらいだから凄いテントなんだろう?」
「凄いんだよー! 中は広いし水は完全に弾くし!」
相変わらずの高テンションでデュークさんがはしゃぐ。
このテントを、売る?
いや、確かにアーノルドさんたちだったら買えるか……。
そうすると次のテントができるまでいろいろ待つことになるけども――それでも、アーノルドさんたちの助けになるなら。
「使い方をしっかり教えますから、持っていってください。アーノルドさんたちにはとてもお世話になりましたし」
「駄目駄目、ちゃんとお金は受け取って。30万マギルでいい?」
「えええ、多いですよ!」
「ジョー、受け取っておけ。商売にするなら利益を出さないといけないだろうし」
お金を取り出そうとするメリンダさんを止めたものの、ギャレンさんにも諭される。ぐう正論……。
「使った感想はギルドで大々的に宣伝するからな。それに俺たちは家を持ち歩けるわけじゃないから、テントが快適だったら助かる」
アーノルドさんが爽やかに笑って、メリンダさんからはお金を押しつけられる。
仕方ない。これはありがたく受け取っておこう。
その後はペグ打ちの説明とか防水性の実験をして見せたりして、俺は久々に懐かしい空気を味わった。
「ジョー、大規模討伐は10日後からだ。これからギルドでも告知する。10日後にガツリーにパーティーで来て欲しい」
テントを畳んでいると、エリクさんから声を掛けられた。さっき話していた大規模討伐への参加要請だ。
「アーノルドさんたちは先に別の依頼が入っちゃってたんですね。でもサーシャとソニアがいるとまた凄い勢いで倒しすぎて、他の冒険者があまり活躍できない気がしますが……」
「いいんだよ。その方が結果的に怪我人も少なくなるし、星5冒険者の実力を低ランク冒険者に見せるのも大事なことだ。間近で戦ってるところなんか普通は見られないからな。背中を見せるのも、ひとつの仕事なんだよ」
「ああ、そういうことですか」
「戦闘経験を積ませることと、ひよっこを脱した星2冒険者に依頼を受けさせることでギルドから補助金のような形で報酬を払うこと、それと、遥か上にいる冒険者の実力を見せることが大規模討伐の意味でもある」
いろいろ考えられてるんだな。俺は頷き、大規模討伐への参加をパーティーに確認しますと答えた。一応パーティーメンバーに相談してからでないと受けられない。
空間魔法使いがネージュには今いないから、輸送係としても俺の役割は大事だし、俺としては参加しないという選択肢は今のところない。
それに――なんと言っても肉がな……。
ベーコンは主にバラ肉だな。あの脂の入り具合がいいんだ。ショルダーベーコンとかもあるけど、俺はやっぱりバラ肉のベーコンが好きだ。
ハムは最後にボイルするんだけど、それ自体は難しいことじゃないからベーコン工房で同時にハムを作ることもできるだろう。
夢が広がるなあ……。
「ジョーくん、ニヤけてるところ悪いんだけどさ、ネージュでもあのテント貸し出ししない?」
床から復活したデュークさんが、俺ににじり寄ってきた。テントと聞いてエリクさんも「なんだなんだ」と寄ってくる。
「俺がレヴィさんやソニアたちと試行錯誤してた夢のテントがやっと完成したんです。それで、普通に買える値段じゃないので貸し出して少しずつお金を取ることにしようと言うことになって」
「凄いんだよ! 軽くて大きくて水も完全に弾くし。そうだ、エリクにも見せよう!」
「そういうことか。アーノルドたちにも見せてやれ。おーい、誰かアーノルドたちを呼びに行ってくれないか? 昨日戻ってきたからいつもの宿屋にいるはずだ」
アーノルドさんたち! 相変わらず忙しくしてるのかなあ。会うのは久しぶりだ。
その場にいた冒険者のひとりがアーノルドさんたちを呼びに行ってくれて、その間俺はエリクさんに今まであったことをざっくり説明した。
「北街道から近い村にアラクネが? 村長はケチって冒険者を呼ばなかった? なんだそりゃ、大問題じゃないか!」
「幸いアラクネが生け贄にされてきた女の子たちの意識を引き継いでいて、レナは人間とほとんど変わらない性格なんですよ。生きてたときそのままじゃないのかと思います。テント本体の布もアラクネの糸で織ってあるんですが、ふたつ返事で協力してくれました」
「ああー、アラクネはなー、個体差が激しいんだ。なまじ知能が高いから、それこそ恐ろしく攻撃的なのから、そのレナって子みたいに無害なのまでいる。無害なアラクネはほとんど人前には出てこないな。討伐依頼がかかるアラクネは攻撃的な奴だけだ」
それを聞いてほっとした。過去にも「おとなしいアラクネ」の例はあるらしい。レナに話してあげればきっと安心するだろう。
「で、サイモンってアカシヤーのプリーストのあのサイモンか。そうだなあ、確かにジョーたちは4人パーティーだからもうひとりプリーストがいてもいいな。だが、仲間をスカウトするために食堂を再建させるってのは聞いたことがないぞ。相変わらずやることがでたらめだな!」
エリクさんは笑い交じりではあるけど、「相変わらずやることがでたらめ」と言われて俺は頭を殴られたようなショックを受けた。
俺……ソニアとかサーシャに比べて地味だから目立ってないし大したことはしてないと思ってたんだけど、エリクさんから見るとでたらめなのか!?
「お、俺のどの辺がでたらめでしょうか?」
「家を持ち歩いてたりな」
「あれはメリンダさんの発案です」
「麦粥もベーコンも作ったし、ベーコン工房まで作ったし」
「たまたま知識があっただけです。それに食べたかったんです。次の大規模討伐の時も肉をたくさん仕入れるつもりでいますよ」
「……それだよ……。大猪なんてまともにやり合ったら危険な魔物なんだぞ? 体はでかいし角は鋭いし。おまえ、肉にしか見えてないだろう」
「うっ……でも戦うのは俺じゃないので、サーシャも物凄く強いですしあまり危機感が」
「移動魔法は習得するわ、一度死んで生き返るわ」
次々エリクさんからあげられる「俺のでたらめなところ」に俺はがっくりとうなだれた。というか、だいたいが俺のせいじゃない奴だ。
一度死んだのはともかく、生き返ったのはサーシャのおかげだし、移動魔法を覚えたのはサーシャと一緒にいてテトゥーコ様の御加護で「経験値2048倍」が効いたからに他ならない。
それで俺自身がでたらめと思われるのは解せぬな……。
と思っているところに、遠くから雄叫びが聞こえてきた。俺を通り過ぎたらドップラー効果を起こしそうな雄叫びは、真っ直ぐ俺のところに突っ込んできて一度止まった。
「ジョオオオオオー!! 会いたかったぞー! お兄ちゃんに会いたかったかー? そうか、嬉しいぞー!!」
「あ、アーノルドさん、何も言ってませんけど……ぐえっ」
残念勇者の全力ハグで息が詰まる!
ぎゅうぎゅうと抱きすくめられたまま頬ずりされて、「あ、この人本当に髭がないな」とか思ってしまった。髭ジョリされたら全力で顔を押し返すところだったんだけど、余計なことを考えたせいで抵抗が遅れる。両腕はがっちりホールドされてしまったし、本当に身動きが取れない。
「は、離してください……」
「お兄ちゃんはなあ、寂しかったんだぞー! サーシャもジョーもいなくて本当に寂しかったんだー! 会えて嬉しいぞぉぉぉ!」
ああ……そうなんだなあ。
俺は唐突に悟ってしまった。アーノルドさんの言葉はいつもの「残念勇者」のものだけど、それだけに嘘がない。
この人は嘘をついたことがない。サーシャを追放したときも、「自分の崇敬が集まらない」なんて情けない理由をさらけ出して、土下座していたくらいなんだから。
くそっ、なんだかんだで、この人には厳しくなりきれない。結局俺も、アーノルドさんの事が好きなんだよな、人間として。
格好いいところも駄目駄目なところも併せ持っていて、それでも自分に正直で真っ直ぐで。勇者という特別な立場なのにそれに驕らず、気さくで面倒見がよくて、俺のことも肉親のように可愛がってくれる。
俺の一番はもちろんサーシャだし、ケルボのサーシャの両親はもはや俺にとっても親のようなものだけど、俺にとってはアーノルドさんも「お兄ちゃん」なんだ。
――でも、迂闊に「俺も会いたかったです」なんて言ったらどんなことになるかわからないので、俺はひたすら死んだ目でベアハッグを耐えていた。
メリンダさん、ギャレンさん、早く来てぇぇぇ……。あ、なんか意識がもうろうとして……。
「アーノルドさん! ジョーさんが軽く泡吹いてますよ! 止まって止まって! サーナ・メンテュア・エトゥ・モービス……」
やっとアーノルドさんから解放され、回復魔法を掛けてもらって俺はけほけほと咳き込んだ。
アーノルドさんの次に駆け込んできたのはコディさんだった。そうだ、メリンダさんもあんまり足は速くないんだよな。コディさんは俺の話を聞いたからやってきたというよりはアーノルドさんの暴走を止めるために急いできてくれたんだろう。
「意識が……落ちました」
「泡吹いてましたからね……」
コディさんが物凄く哀れなものを見る目を向けながらも、俺の口元をハンカチで拭ってくれる。
「大丈夫か? すまない、ジョー。最近崇敬が凄く集まったらしくて、急に力が増しちゃってなー」
「それはよくないですけどよかったですね」
同じ都市の中に聖女のサーシャと勇者のアーノルドさんがいたら、絶対に崇敬が割れる。俺たちはそれを懸念してハロンズに行ったのだから、サーシャがいなくなった分アーノルドさんに崇敬が集まるのは当然のことだし、喜ばしい。
ただ、その上がった分の力を考慮せず全力ハグは勘弁して欲しい。
そして、俺がそんな目に遭ってる間、エリクさんもデュークさんも助けてはくれなかった。
おのれー。
メリンダさんとギャレンさんはコディさんより大分遅れてやってきた。その後に知らない女性が付いてきていて、俺はおや? と思った。
「久しぶりね、ジョー。元気だった? サーシャも元気にしてる?」
「メリンダさん、ギャレンさん、お久しぶりです。ハロンズは暑いですがなんとか元気にやってます。サーシャと一緒に彼女の実家に行ってきたりしたんですよ」
「そうか、仲良くやってるようでよかった。レヴィも元気か?」
「レヴィさんは落ち着いてるので頼りになりますね。アーノルドさんが俺たちのパーティーに入れてくれて本当に感謝してます」
「紹介しよう。うちの新しいスカウトのキーラだ。まだ星2だが、将来性は有望だぞ」
短い黒髪の長身の女性をギャレンさんが紹介してくれた。キーラさんは無言で軽く会釈する。あまり言葉が多いタイプじゃないんだろう。俺も会釈にとどめた。
「こっちにいたときから『山とテントを語る会』で試行錯誤してた新型テントが完成したんです。これから訓練場で設営しますから見てください」
「ああ、レヴィと毎晩のように語ってた奴ね。やったじゃない、ジョー」
「俺は構造を説明しただけで、いろんな人の力でできたものですけどね」
デュークさんとエリクさんを先頭に、俺たちはぞろぞろと訓練場に移動する。
そして隅に先程のようにテント一式を出して簡単に説明した。
「ポールは2本、同じ長さになるようにします。ねじ込み式でいくつかに分かれてるので荷物としては大きくなりません。こうしてテント本体の布を広げて、組んだポールを上部の紐に通していきます」
説明しながら途中まで組み立てて、最後にポールを持ち上げるところはメリンダさんにやってもらった。彼女の力でも余裕で組み立てることができたから、見ていた人たちは感心している。
「見た目よりずっと軽いのね! 驚いたわ。これ、何でできてるの?」
「骨組みはミスリル、布はアラクネの糸を織ったものです」
「……だからそういうところがでたらめなんだよ、ジョーは」
「発案は俺じゃないんですよ。軽くて丈夫でしなりが出る素材がいいと言ったら、ミスリルはどうだって当たり前に言ってくる人がいて。蜘蛛の糸で布を織るのもその人のアイディアです」
「ええええええ、これ1個でいくらするんですかー」
ミスリルのポールにアラクネの布と聞いてコディさんがドン引きしている。値段を言ったらもっと引かれるんだろうなと思いながらも、仕方なく俺は答えた。
「ミスリルのポールだけで25万掛かりました」
「でたらめだなぁ、おい!」
「でもある程度量産して、あまり高くない値段でギルドに窓口を作って貸し出そうと思って!」
「うちにも窓口作ろうと思ってるんだよー。ハロンズの依頼よりもネージュの依頼の方が遠出になりやすいからね」
「あっ、ギルド長! いつ戻ってきたんですか!?」
アーノルドさんはその場にデュークさんがいることにようやく気付いたようだ。ここは知り合いか。デュークさんが戻ってくるのが5年振りだったら、アーノルドさんたちなら知っててもおかしくない。
「さっきだよ。ハロンズ本部にいるときにジョーくんたちが偶然来てねえ。送ってもらったんだ」
「へえ。ところでジョー、よかったらそのテントを売ってくれないか? 俺たちは明日からまた遠方に調査依頼が入っててな。ジョーが完成したって持ってくるくらいだから凄いテントなんだろう?」
「凄いんだよー! 中は広いし水は完全に弾くし!」
相変わらずの高テンションでデュークさんがはしゃぐ。
このテントを、売る?
いや、確かにアーノルドさんたちだったら買えるか……。
そうすると次のテントができるまでいろいろ待つことになるけども――それでも、アーノルドさんたちの助けになるなら。
「使い方をしっかり教えますから、持っていってください。アーノルドさんたちにはとてもお世話になりましたし」
「駄目駄目、ちゃんとお金は受け取って。30万マギルでいい?」
「えええ、多いですよ!」
「ジョー、受け取っておけ。商売にするなら利益を出さないといけないだろうし」
お金を取り出そうとするメリンダさんを止めたものの、ギャレンさんにも諭される。ぐう正論……。
「使った感想はギルドで大々的に宣伝するからな。それに俺たちは家を持ち歩けるわけじゃないから、テントが快適だったら助かる」
アーノルドさんが爽やかに笑って、メリンダさんからはお金を押しつけられる。
仕方ない。これはありがたく受け取っておこう。
その後はペグ打ちの説明とか防水性の実験をして見せたりして、俺は久々に懐かしい空気を味わった。
「ジョー、大規模討伐は10日後からだ。これからギルドでも告知する。10日後にガツリーにパーティーで来て欲しい」
テントを畳んでいると、エリクさんから声を掛けられた。さっき話していた大規模討伐への参加要請だ。
「アーノルドさんたちは先に別の依頼が入っちゃってたんですね。でもサーシャとソニアがいるとまた凄い勢いで倒しすぎて、他の冒険者があまり活躍できない気がしますが……」
「いいんだよ。その方が結果的に怪我人も少なくなるし、星5冒険者の実力を低ランク冒険者に見せるのも大事なことだ。間近で戦ってるところなんか普通は見られないからな。背中を見せるのも、ひとつの仕事なんだよ」
「ああ、そういうことですか」
「戦闘経験を積ませることと、ひよっこを脱した星2冒険者に依頼を受けさせることでギルドから補助金のような形で報酬を払うこと、それと、遥か上にいる冒険者の実力を見せることが大規模討伐の意味でもある」
いろいろ考えられてるんだな。俺は頷き、大規模討伐への参加をパーティーに確認しますと答えた。一応パーティーメンバーに相談してからでないと受けられない。
空間魔法使いがネージュには今いないから、輸送係としても俺の役割は大事だし、俺としては参加しないという選択肢は今のところない。
それに――なんと言っても肉がな……。
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