上 下
93 / 122
ハロンズ編

89 オールマン食堂経営再建計画・巨頭会談

しおりを挟む
 シーツを縫い縫いした翌日、俺はいきなりアンナさんとレベッカさんに挟まれ、厨房でブリ照りを作っていた。

 今朝アンナさんに都合を聞いたら「なんなら今日でもええよ」と言われ、レベッカさんに聞きに言ったら「そういうことなら早いことやりましょ」とスケジュールが前倒しになったのだ。

 コリンにハンドミキサーも見せてもらったけど、ちゃんと俺の知ってるハンドミキサーだった。凄い。
 あらゆる語彙を尽くしてコリン天才! って褒め称えたら、「俺ひとりの力じゃないし」とちょっと複雑な表情をしていた。
 だとしても、ハンドミキサーが出来上がったのは嬉しい。コリンには泡立て器とハンドミキサーの作成をしてもらってもよかったんだけど、本人が暑さに敵意を感じてるらしくて、サーシャとふたりでしばらくは寝間着の仕立てに専念するらしい。
 

「最初は牡蠣の食べ放題はどうかなって思ったんですが、牡蠣の数が注文に耐えきれるかわからなかったので、魚介を醤油で美味しく食べる店にするのはどうかと方向転換しました」

 じゅううっと音を立てながら、フライパンの上で醤油が香ばしい香りを振りまく。
 ブリ照りは多めに作って、サイモンさんや店長であるサイモンさんのお父さんにも後で食べてもらうつもりだ。
 なお、話し合いの場に店長さんがいない件に関しては、「自分の趣味に走って経営失敗してるアンタに発言権はない」とアンナさんがばっさり切り捨てたためだった。

 オールマン食堂は5号店まであって、2号店から5号店はオールマン家ではない人が雇われ店長をしている。そっちはごく普通に利益が出ているらしく、現状は評判を落としまくった1号店の穴埋めをギリギリそれでできているという状態らしい。
 クソまっずい蕎麦屋だった1号店は蕎麦を出すのをやめて普通の食堂になったけども、内装などはそのままなせいか「ここはまずい」とお客さんが先入観を植え付けられていて人が入らないのだとか。
 気持ちはわかる。

「あらっ、香ばしくてええ香りやねえ。美味しそうやわー」
「作るのも簡単ですしね」

 みりんも日本酒もないので、たれは醤油と砂糖だけで作る。今日もあらかじめ合わせてあるけど、これもまとめてたれを作っておけば味がその日によって変わるって事はなくなる。

「ブリの両面を焼いて火が通ったら、たれを入れて絡めながらとろみが出るまで煮詰めるだけです。できましたよ」

 皿にひとつずつ盛ってフォークと一緒に差し出すと、アンナさんとレベッカさんはその場で立ったまま試食を始めた。

「ちょっと変わった味だけど美味しいわ! 甘くてしょっぱいのね」
「うんうん、食べたことない味やね。これは美味しいわ。お酒も進みそう」

 ふたりが好感触なので俺はほっとした。ブリ照りはメニューのひとつでしかないけど、ここで躓いたらこの先も厳しいから。

「これ以外にも、醤油を使った料理をいくつか出したらどうかと思います。魚介類をメインにして。そうすると他のお店との差別化もできますし、『これはオールマン食堂でしか食べられない!』となったら強いんじゃないかなって」
「ジョーはん、そりゃ間違いなく当たりますわ。なんなら5号店まで全部同じメニューでもええくらいや。それで、この『ブリテリ』も美味しかったけど、ええもんもっとたくさんあるんやろ?」

 俺はアンナさんに頷いて見せた。どうでもいいけど、人にネタをゆするときの言い方がレベッカさんと同じだ。
 ブリ照りの他には、合法ハーブSHISOと醤油を使ったなめろうもどき、刺身や竜田揚げなども教える。竜田揚げの衣はコーンスターチを使った。
 この世界に片栗粉があるのはわかっていたけど、あんまり流通はしていないみたいだ。コーンスターチの方が店では見かける。ついでに、「デンプンがあるんだから」とチーズ入りいももちなんかも作ってみる。これも醤油と砂糖のたれを使うし、なんと言っても美味しい!

 今までしまいっぱなしになっていた醤油が火を吹いたぜ! っていうくらい醤油を使う料理を作れるだけ作って、気がついたら昼を過ぎていた。
 そのままお昼ご飯にしたんだけど、ソニアたちにも好評だった。よし、これはいい手応え。

「いやー、ジョーはん凄いわ! うちの息子にしたいくらいや! サイモンは経営はそれなりにできるんやけど、料理はいまいちでねえ」
「息子とかじゃなくても料理なら教えますから」
「ずるいわ、ジョー! 私にも醤油を使った料理を教えてよ! 今まで作った物はオールマン食堂専用なんでしょう? 蜜蜂亭で出せないんでしょう?」

 ブリタツタのサンドイッチを頬張ったレベッカさんが凄い勢いでむくれた。むむむ、どうしよう。確かに俺のレパートリー的にもほとんど尽きちゃってるし……あ、そうだ。

「レベッカさん! さっき照り焼きをブリで作ったんですけど、鶏肉で作っても美味しいんですよ! その照り焼きを薄切りにして、ゆで卵と一緒にサンドイッチにするのも凄く美味しいんです!」
「採用! 絶対美味しいじゃない、それ蜜蜂亭で出すわ! 持ち帰りもできるし」
「あああ、あと生姜焼き!! そうだ、豚肉で生姜焼きが作れる!!」
「午後も食堂に籠もるわよ!」
「脳みそ絞って出せるだけ出します!」

 結局、俺は夕方までずっと厨房で和食を作り続けた。疲れたけどなんだか満たされた。


「レベッカはん、豚生姜焼きやけど、うちでも出してええやろか」
「とりあえず魚介類に関してはオールマン商会専売ですよね? その他の物についてはどちらで扱ってもいいということにしません? チーズ入りいももちなんかはうちの店でも出したいですし」
「手ぇ組みますか。おたくはハロンズで、うちはオーサカでってことで。他のレシピを教えてもらえるなら、魚介系を蜜蜂亭で扱ってもええですよ。そうやね、3ヶ月後くらいなら」
「あらっ、じゃあオールマン商会でベーコンを作ってもらうのはどうかしら。オールマン食堂ではケーキ類は扱ってないんでしょう? だったらベーコンがいいと思うわ。そちらは販売利益で、こちらは安定した仕入れができることで理があるし」
「ベーコン?」

 応接室で向かい合ってお互いメモをやりとりしているアンナさんとレベッカさんは、なんだか立ち入れない熱気を発していた。
 話がベーコンに飛び火したことで、俺は厨房に行ってベーコンのスライスを用意しておく。コンロの火は落としてしまっていたので、焼いた物はまた後でってことになりそうだな。
 ついでにベーコン入り特製麦粥を魔法収納空間から出して、椀によそったものも一緒にしてアンナさんにお盆で出した。

「うちの知ってるベーコンと全然違う! これもジョーはんが? ほんまえらいこっちゃ~、へえ、スパイスをそんなに使うん? へえええ。確かに、オールマン商会でスパイスを横流し……ちゃうちゃう、家族価格で仕入れられるからうちらには有利やわ」
「ネージュの工房も完成して稼働し始めたので、昨日30個ほどもらってきたんですよ。それで、カンガの辺りに工房をもうひとつ作ろうって話になってて。こっちだと確かロクオでも大猪ビツグワイルドボアの大規模討伐があるんですよね? 猪肉だったら簡単に入手できるから工房を作ってもいいと思いますが。どうでしょう」
「よっしゃ、やりましょ! オーサカの空き物件虱潰しに当たって、すぐ使えそうな建物探しますわ。食堂とベーコン工房の2本柱なら、より安心できるし」

 アンナさん決断早っ! と俺は驚いたけど、レベッカさんは真顔でうんうんと頷いてる。蜜蜂亭もハンドミキサー待ちだっただけで、ケーキ屋さんにする物件を押さえたらしい。やっぱり、安定化のためにいろいろやる方がいいようだけども……。

「そ、そんな簡単に決めていいんですか……?」
「ネージュで成功してるんやろ? オーサカで失敗する理由がありまへん。それに、このベーコンはほんま美味しいからもっと食べたいわあ」

 引き気味に俺が尋ねると、何でもないように笑いながらアンナさんが答えた。
 そこだよな。
 結局「ベーコンもっと食べたい」で世界は動いていくんだ。せっかくだからベーコン以外にもハムとかも作り始めよう。今度は大猪は腿も買っておくことにしよう。


 その日、なんだかんだで初期メニューとしては十分な量のレシピを作ることができた。
 異国風の料理だから、オールマン食堂1号店のあの内装はそのままでいける。
 一番の問題は、一度どん底レベルまで評判を落とした「オールマン食堂1号店」に新メニューでお客さんをどう呼び込むかなんだけども。

 俺には既にアイディアがある。
 俺のアイディアというか、経験。先人よ、ありがとう。
 特別な知識はそんなに無い俺だけど、日本での生活自体が今から考えればいろいろ知識チートの下地だった。

 オールマン食堂を建て直し、サイモンさんをうちのパーティーに入れられるようになるまで、俺は頑張る!
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

対人恐怖症は異世界でも下を向きがち

こう7
ファンタジー
円堂 康太(えんどう こうた)は、小学生時代のトラウマから対人恐怖症に陥っていた。学校にほとんど行かず、最大移動距離は200m先のコンビニ。 そんな彼は、とある事故をきっかけに神様と出会う。 そして、過保護な神様は異世界フィルロードで生きてもらうために多くの力を与える。 人と極力関わりたくない彼を、老若男女のフラグさん達がじわじわと近づいてくる。 容赦なく迫ってくるフラグさん。 康太は回避するのか、それとも受け入れて前へと進むのか。 なるべく間隔を空けず更新しようと思います! よかったら、読んでください

異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜

山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。 息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。 壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。 茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。 そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。 明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。 しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。 仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。 そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。

斬られ役、異世界を征く!!

通 行人(とおり ゆきひと)
ファンタジー
 剣の腕を見込まれ、復活した古の魔王を討伐する為に勇者として異世界に召喚された男、唐観武光(からみたけみつ)……  しかし、武光は勇者でも何でもない、斬られてばかりの時代劇俳優だった!!  とんだ勘違いで異世界に召喚された男は、果たして元の世界に帰る事が出来るのか!?  愛と!! 友情と!! 笑いで綴る!! 7000万パワーすっとこファンタジー、今ここに開幕ッッッ!!

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界でナース始めました。

るん。
ファンタジー
──現代日本の看護師として働くスミレ(26)は疲れ果てていた。 が、ある日突然異世界へ巫女?として召喚された……!! 召喚理由を聞くと病の王女を治してほしいとのことだったが、魔法なんてゲームでしか使ったことがないし当然できない。 元の世界へ帰ることはできないと告げられたが、元の世界に何も未練はない。ただ、病棟に入院前していた患者さんに会えないことを寂しく思うぐらいであった。 魔法も使えず、このまま王宮に腫れ物…?の様に扱われるぐらいなら、王宮を出て一般人として(というか魔法が使えないので一般人)働き、生きていきたいと考えていたところに街の診療所で働く医者と出会い異世界でナースとして働くことに───? ※初投稿です。趣味でゆっくり描いていきます。 誤字脱字、文書を書くのは初めてなので拙い部分が目立つと思いますが、頑張って書いていきますので よろしくお願いします。 ★しっかり長編を読みたい方にオススメ! ✩閲覧ありがとうございます!! 作品を気に入って頂けましたら感想も是非お待ちしております!! 第一章完結しました!第二章もよろしくお願いします! ✩他サイトにも同時掲載始めました!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!

花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】 《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》  天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。  キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。  一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。  キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。  辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。  辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。  国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。  リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。 ※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作    

プラネット・アース 〜地球を守るために小学生に巻き戻った僕と、その仲間たちの記録〜

ガトー
ファンタジー
まさに社畜! 内海達也(うつみたつや)26歳は 年明け2月以降〝全ての〟土日と引きかえに 正月休みをもぎ取る事に成功(←?)した。 夢の〝声〟に誘われるまま帰郷した達也。 ほんの思いつきで 〝懐しいあの山の頂きで初日の出を拝もうぜ登山〟 を計画するも〝旧友全員〟に断られる。 意地になり、1人寂しく山を登る達也。 しかし、彼は知らなかった。 〝来年の太陽〟が、もう昇らないという事を。  >>> 小説家になろう様・ノベルアップ+様でも公開中です。 〝大幅に修正中〟ですが、お話の流れは変わりません。 修正を終えた場合〝話数〟表示が消えます。

処理中です...