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ネージュ編
40 オレ、イヌ、ゼンラ、ナンデェェェ!
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その晩俺は用意周到に犬の姿のままでベッドで眠り、目覚めたときに即座に頭からすっぽりと毛布を被ってその中で服を着た。
寝相がいい方で良かった……。これが掛けてるものを蹴り飛ばしてしまうタイプだったら、「朝になったらベッドで全裸」なんてとんでもないことになるところだった。
ネージュの手前まで来たときには既に夕方になっていたが、ソニアとメリンダさんに帽子を買いに行ってもらえるように頼み、アーノルドさんとサーシャは両パーティーの代表として冒険者ギルドへ報告に行った。
ついでに、俺が呪いに掛かったことも報告するらしい。
元々依頼元がタンバー神殿だから、解呪はしてもらえると思うけども。
「ジョー! とりあえず買ってきたわ」
「急いで! 夜になっちゃう!」
「ありがとうございます!」
俺はソニアからハンチングっぽい帽子を受け取ると、耳を押し込んでそれを被った。そして、コディさんの先導の元でタンバー神殿に向かって猛ダッシュする。
タンバー神殿はテトゥーコ様の神殿の側で、この辺は若干上り坂になっているので大変――なはずなんだけど、何故か俺はいつもより格段に速く走ることができ、コディさん待ちになることが何度かあった。
「あそこの、入り口に黒い石柱が立ってる神殿です!」
「ありがとうございます! 先に行きます!」
目的地がはっきりとした俺は、猛然と走った。駆け込んできた俺を見て、タンバーのプリーストたちが驚いている。
「サブカハのタンバー神殿の依頼を受けていた者です! 神殿の穢れは清めて、問題は解決しました!」
「おお、ありがたい! 詳しく話を聞かせてもらえないでしょうか」
「すみません、その際にタンバー様の像の足元にあった黒い腕輪に触れたらこの通りになってしまいまして、夜になるとアヌビスっぽい犬になってしまうので解呪をお願いしたいです!」
バッと帽子を取って、犬耳と首に着いている黒い石の首輪を示してみせる。
この神殿の入り口にも、アヌビスを模した置物があったから、プリーストにとっては馴染み深いのだろう。俺の耳を見るとさっと顔色を変え、すぐに詠唱に入ってくれた。
「デウス・ヴェリット・ホーマ・プレアヴァリキャトル・エスト・アナシェーマ・ディミーナ・ロン・ネリ・タンバー! ……おや? 変化がない」
な、なんだってー!?
タンバーのプリーストにも解呪できないってどういうことだ! 俺はてっきりここへ来ればこの犬騒動が終わると思っていたのに!
「わかりました、これは呪いではありません! タンバー様にまつわる呪いを我々が解呪できないことはあり得ない。ですから、呪いではない別の何かです」
「別の何かって何ですか!?」
焦って前のめりになりながら尋ねた俺に、解呪を唱えてくれたプリーストが申し訳なさそうに首を振る。
「わかりません」
それを聞いて俺はその場でぶっ倒れ、コディさんは白目を剥き、レヴィさんは無表情になった。
ギャレンさんは――足が遅いので辿り着けていなかった。
そして俺はそのままタイムアウトで犬になり、そのアヌビスそっくりの姿でタンバーのプリーストたちに異様にもてはやされた。
そんなのいいから、元に戻して欲しかった……。
「きゅーん……」
落ち込んでタンバー神殿の前で伏せをしている俺の頭を、レヴィさんがわしわしと撫でている。
それは、純粋に慰めてくれているのか、それとも趣味混じりか。どっちなんだ……。
そんな風に思ってしまうくらいには、今俺はやさぐれている。
「えっ、ジョーさん!?」
「間に合わなかったのか?」
サーシャとアーノルドさんがギルドの方角からやってきて、俺を見て驚いている。
喋れないので俺はふてくされて前脚の間に鼻を埋め、コディさんとレヴィさんが経緯を説明してくれた。
「呪いじゃない……えっ!? 呪いじゃないんですか!? じゃあ一体……」
口元に手を当ててサーシャが目を丸くしている。
そういう仕草が可愛いんだよな。はぁ、少しだけメンタルポイントが回復した。
「まさか、戻れてないとは思わなかった。ギルドにはジョーのことは簡単にしか報告してないんだ。今頃元に戻ってますよ、あはははー、とか言っちゃったぞ」
……この残念勇者、笑い事で済ませるつもりだったのか……。せっかく回復したメンタルポイントが減ったぞ。
しかし、本当に困った。犬の姿では宿屋には泊まれない。
家はあるけども……。
「一旦街の外に出るか? 俺は犬ジョーと一緒なら寝る場所は宿屋じゃなくても構わない」
「わ、私もジョーさんと一緒に行きますー!」
犬ジョー。
……やめて欲しいな、そんな新たな名前を付けるのは!
微妙な爆弾発言をしたアーノルドさんに対抗するように、サーシャが強い語調で言ってくれた。
それは嬉しい。嬉しいんだけど、今回に限っては……。
「サーシャはメリンダと一緒に宿屋に泊まるんだ。――察してやってくれ。下手すると朝は全裸なんだぞ、ジョーは」
「ぎゃん!」
俺は効果がないことを理解した上でアーノルドさんに向かって《火球》をぶつけた。
そのくらいは許される。サーシャに向かって「俺は朝は全裸」なんて言うのはデリカシーがなさ過ぎるだろう!
いや、実際、朝起きたときに全裸を晒すのが嫌だから、サーシャと今だけは同じところに泊まりたくなかったのは確かだけども!
これ、戻れなかったらどうしよう……。
その後、メリンダさんとソニアも合流し、ソニアは友人の家へ戻り、メリンダさんとサーシャはアーノルドさんの指示通りに宿屋へ向かった。
俺と離れることを――おそらくは犬の俺と、だが――寂しがるサーシャの肩を抱いて、メリンダさんは「今日はふたりきりで久しぶりに思いっきりお喋りしましょうね」なんて励ましてくれている。
もうアーノルドさんをお兄ちゃんと二度と呼ばずに、こちらを姉御と称えたい気分だ。
家は2部屋に風呂場とトイレだから、今回の依頼中も女性陣は小さな部屋の方で寝ていた。
けれど、そこからトイレに行こうとすると、大きな部屋を通らざるを得ないのだ。そしてそこには男性陣が寝ていた。つまり、予期せぬ事故が起きる可能性が消しきれない。
ギャレンさんはそこに気づき、昨日の朝はそっと俺を起こしてくれたのだった。
俺だってサーシャと一緒にいたい。
でも。
全裸で寝ているところはさすがに見られたくない……。
俺は街の外に出る前に、男性陣を先導して建設中のベーコン工房に向かってみた。運が良ければ、そこに家を置けると気付いたから。
そして実に運良く、ベーコン工房は外壁の一部ができていただけだったので、その内側に家を出す。街の外まで行かなくて済んだのは助かった。
「大丈夫か、ここに家を置いて」
「わふ」
アーノルドさんの問いかけに、俺はテーブルの上にベーコンをドンと出して見せることで答えた。一番早く察してくれたのはコディさんだった。
「ああ! 前に聞いたじゃないですか、ベーコンをたくさん作るために工房を作るって。ここなんですねえ。確か前は廃工場でしたけど。確かに今建ててる最中ですし、大丈夫でしょう。他ならぬジョーさんがここに連れてきたんですし」
俺は首をブンブンと振ってコディさんの言葉を肯定する。
そして夕食を終え、俺以外はひとりずつ風呂に入り、さて寝るかという段階になった時――。
「男だけっていうのは初めてじゃないか?」
「そうだな、メリンダが必ずいたからな」
何かに気付いて異様にハッとしたアーノルドさんにギャレンさんが頷く。
その時、キラリ、とアーノルドさんの目が輝いた。
「猥談でもするか! とりあえず、最初は軽く好みのタイプの暴露大会から!」
「やめてください、僕の中での残り少ない崇敬が散ります!」
「まだ残ってたんだな……それが驚きだ」
暴走し始めるアーノルドさんに、コディさんがわっと顔を覆った。その様子を見て、呆れたようにレヴィさんが呟く。
そうか、アーノルドパーティーの中では勇者の崇敬は限りなく0なんだな……。
まあ、俺も現在のところ0とマイナスを行ったり来たりしてるけど。
本当に、幽霊退治の時しか「頼りになる!」と今回は思えなかった。
「ところでジョー、ネージュに帰ってきたから耳に触っていいんだよな?」
突然そんな話を振ってくるし!
崇敬、マイナス100!
俺は変態勇者に向かって牙を剥いて威嚇すると、その場にベッドを4つ出し、隣の部屋に逃げ込んだ。
ドアを開けられないよう岩で塞いで、床に毛布を出してそこに埋まる。犬形態の時はこっちの方が寝やすいのだ。
はぁぁぁ……。
本当に、とんでもないことになったな。
この生活、いつまで続くんだろう。
寝相がいい方で良かった……。これが掛けてるものを蹴り飛ばしてしまうタイプだったら、「朝になったらベッドで全裸」なんてとんでもないことになるところだった。
ネージュの手前まで来たときには既に夕方になっていたが、ソニアとメリンダさんに帽子を買いに行ってもらえるように頼み、アーノルドさんとサーシャは両パーティーの代表として冒険者ギルドへ報告に行った。
ついでに、俺が呪いに掛かったことも報告するらしい。
元々依頼元がタンバー神殿だから、解呪はしてもらえると思うけども。
「ジョー! とりあえず買ってきたわ」
「急いで! 夜になっちゃう!」
「ありがとうございます!」
俺はソニアからハンチングっぽい帽子を受け取ると、耳を押し込んでそれを被った。そして、コディさんの先導の元でタンバー神殿に向かって猛ダッシュする。
タンバー神殿はテトゥーコ様の神殿の側で、この辺は若干上り坂になっているので大変――なはずなんだけど、何故か俺はいつもより格段に速く走ることができ、コディさん待ちになることが何度かあった。
「あそこの、入り口に黒い石柱が立ってる神殿です!」
「ありがとうございます! 先に行きます!」
目的地がはっきりとした俺は、猛然と走った。駆け込んできた俺を見て、タンバーのプリーストたちが驚いている。
「サブカハのタンバー神殿の依頼を受けていた者です! 神殿の穢れは清めて、問題は解決しました!」
「おお、ありがたい! 詳しく話を聞かせてもらえないでしょうか」
「すみません、その際にタンバー様の像の足元にあった黒い腕輪に触れたらこの通りになってしまいまして、夜になるとアヌビスっぽい犬になってしまうので解呪をお願いしたいです!」
バッと帽子を取って、犬耳と首に着いている黒い石の首輪を示してみせる。
この神殿の入り口にも、アヌビスを模した置物があったから、プリーストにとっては馴染み深いのだろう。俺の耳を見るとさっと顔色を変え、すぐに詠唱に入ってくれた。
「デウス・ヴェリット・ホーマ・プレアヴァリキャトル・エスト・アナシェーマ・ディミーナ・ロン・ネリ・タンバー! ……おや? 変化がない」
な、なんだってー!?
タンバーのプリーストにも解呪できないってどういうことだ! 俺はてっきりここへ来ればこの犬騒動が終わると思っていたのに!
「わかりました、これは呪いではありません! タンバー様にまつわる呪いを我々が解呪できないことはあり得ない。ですから、呪いではない別の何かです」
「別の何かって何ですか!?」
焦って前のめりになりながら尋ねた俺に、解呪を唱えてくれたプリーストが申し訳なさそうに首を振る。
「わかりません」
それを聞いて俺はその場でぶっ倒れ、コディさんは白目を剥き、レヴィさんは無表情になった。
ギャレンさんは――足が遅いので辿り着けていなかった。
そして俺はそのままタイムアウトで犬になり、そのアヌビスそっくりの姿でタンバーのプリーストたちに異様にもてはやされた。
そんなのいいから、元に戻して欲しかった……。
「きゅーん……」
落ち込んでタンバー神殿の前で伏せをしている俺の頭を、レヴィさんがわしわしと撫でている。
それは、純粋に慰めてくれているのか、それとも趣味混じりか。どっちなんだ……。
そんな風に思ってしまうくらいには、今俺はやさぐれている。
「えっ、ジョーさん!?」
「間に合わなかったのか?」
サーシャとアーノルドさんがギルドの方角からやってきて、俺を見て驚いている。
喋れないので俺はふてくされて前脚の間に鼻を埋め、コディさんとレヴィさんが経緯を説明してくれた。
「呪いじゃない……えっ!? 呪いじゃないんですか!? じゃあ一体……」
口元に手を当ててサーシャが目を丸くしている。
そういう仕草が可愛いんだよな。はぁ、少しだけメンタルポイントが回復した。
「まさか、戻れてないとは思わなかった。ギルドにはジョーのことは簡単にしか報告してないんだ。今頃元に戻ってますよ、あはははー、とか言っちゃったぞ」
……この残念勇者、笑い事で済ませるつもりだったのか……。せっかく回復したメンタルポイントが減ったぞ。
しかし、本当に困った。犬の姿では宿屋には泊まれない。
家はあるけども……。
「一旦街の外に出るか? 俺は犬ジョーと一緒なら寝る場所は宿屋じゃなくても構わない」
「わ、私もジョーさんと一緒に行きますー!」
犬ジョー。
……やめて欲しいな、そんな新たな名前を付けるのは!
微妙な爆弾発言をしたアーノルドさんに対抗するように、サーシャが強い語調で言ってくれた。
それは嬉しい。嬉しいんだけど、今回に限っては……。
「サーシャはメリンダと一緒に宿屋に泊まるんだ。――察してやってくれ。下手すると朝は全裸なんだぞ、ジョーは」
「ぎゃん!」
俺は効果がないことを理解した上でアーノルドさんに向かって《火球》をぶつけた。
そのくらいは許される。サーシャに向かって「俺は朝は全裸」なんて言うのはデリカシーがなさ過ぎるだろう!
いや、実際、朝起きたときに全裸を晒すのが嫌だから、サーシャと今だけは同じところに泊まりたくなかったのは確かだけども!
これ、戻れなかったらどうしよう……。
その後、メリンダさんとソニアも合流し、ソニアは友人の家へ戻り、メリンダさんとサーシャはアーノルドさんの指示通りに宿屋へ向かった。
俺と離れることを――おそらくは犬の俺と、だが――寂しがるサーシャの肩を抱いて、メリンダさんは「今日はふたりきりで久しぶりに思いっきりお喋りしましょうね」なんて励ましてくれている。
もうアーノルドさんをお兄ちゃんと二度と呼ばずに、こちらを姉御と称えたい気分だ。
家は2部屋に風呂場とトイレだから、今回の依頼中も女性陣は小さな部屋の方で寝ていた。
けれど、そこからトイレに行こうとすると、大きな部屋を通らざるを得ないのだ。そしてそこには男性陣が寝ていた。つまり、予期せぬ事故が起きる可能性が消しきれない。
ギャレンさんはそこに気づき、昨日の朝はそっと俺を起こしてくれたのだった。
俺だってサーシャと一緒にいたい。
でも。
全裸で寝ているところはさすがに見られたくない……。
俺は街の外に出る前に、男性陣を先導して建設中のベーコン工房に向かってみた。運が良ければ、そこに家を置けると気付いたから。
そして実に運良く、ベーコン工房は外壁の一部ができていただけだったので、その内側に家を出す。街の外まで行かなくて済んだのは助かった。
「大丈夫か、ここに家を置いて」
「わふ」
アーノルドさんの問いかけに、俺はテーブルの上にベーコンをドンと出して見せることで答えた。一番早く察してくれたのはコディさんだった。
「ああ! 前に聞いたじゃないですか、ベーコンをたくさん作るために工房を作るって。ここなんですねえ。確か前は廃工場でしたけど。確かに今建ててる最中ですし、大丈夫でしょう。他ならぬジョーさんがここに連れてきたんですし」
俺は首をブンブンと振ってコディさんの言葉を肯定する。
そして夕食を終え、俺以外はひとりずつ風呂に入り、さて寝るかという段階になった時――。
「男だけっていうのは初めてじゃないか?」
「そうだな、メリンダが必ずいたからな」
何かに気付いて異様にハッとしたアーノルドさんにギャレンさんが頷く。
その時、キラリ、とアーノルドさんの目が輝いた。
「猥談でもするか! とりあえず、最初は軽く好みのタイプの暴露大会から!」
「やめてください、僕の中での残り少ない崇敬が散ります!」
「まだ残ってたんだな……それが驚きだ」
暴走し始めるアーノルドさんに、コディさんがわっと顔を覆った。その様子を見て、呆れたようにレヴィさんが呟く。
そうか、アーノルドパーティーの中では勇者の崇敬は限りなく0なんだな……。
まあ、俺も現在のところ0とマイナスを行ったり来たりしてるけど。
本当に、幽霊退治の時しか「頼りになる!」と今回は思えなかった。
「ところでジョー、ネージュに帰ってきたから耳に触っていいんだよな?」
突然そんな話を振ってくるし!
崇敬、マイナス100!
俺は変態勇者に向かって牙を剥いて威嚇すると、その場にベッドを4つ出し、隣の部屋に逃げ込んだ。
ドアを開けられないよう岩で塞いで、床に毛布を出してそこに埋まる。犬形態の時はこっちの方が寝やすいのだ。
はぁぁぁ……。
本当に、とんでもないことになったな。
この生活、いつまで続くんだろう。
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