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ネージュ編
24 修行は道連れ、情けはない
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俺の空間魔法によって一部の床しかなくなった廃工場跡で、棟梁は仮の図面を書き上げ「見積もりは明日大工ギルドに来い!」と叫んで走り去っていった。
俺たちの家もまだ出来上がっていないし、忙しいんだろうな。
そして、問題はまだ気絶しているソニアなんだけど。
「今住んでるっていう友達の家まで運びますか?」
「私が回復魔法を掛けますよ」
「顔に水を掛けた方が早いぞ」
サーシャの提案に対して、クエリーさんの返しが酷い。
身内だけにそういうところは厳しくなっちゃうのかな。
商人だから「店の金庫から30万マギル」ってところで死にそうな顔してたし。
「今はお水持ってないんです。それに……あの、騙されたのはソニアさんの甘さかもしれませんが、それに対して石を投げるようなことは私はしたくありません。今誰よりも傷ついてるのは、きっと彼女ですから」
ああ……今日もサーシャが天使だ……。
確かに、ソニアはいくら付け込みやすかったとはいえ被害者側。責められるべきはチャーリーというソニアの婚約者の方だ。
「確かに、サーシャちゃんの言う通りだな……チャーリーなんだが、なんとか捕まえることはできないもんかね」
「そうですね、できることなら捕まえて、残ってる分だけでもお金を取り戻したいですね。……でも、俺が思うに、『チャーリー』も偽名ですよ。顔はソニアさんしか知らないかもしれないし、探すにしても手掛かりが少ないかと。半年前のことだからきっと今頃遠くに逃げてるでしょうし」
「あの、思うんですが、その『チャーリー』さんはそもそも冒険者ではないんじゃないかな、と。多少冒険者のことを知ってはいると思いますが、少なくとも星2以上の冒険者ではないです。
コカトリス討伐なんて、壁にぺたんと貼られる依頼じゃないですし。星4や星5じゃないと受けられない、という依頼はごく限られていて、ギルドの方から打診が来るものなんですよ」
だよなあ。例えばさっきサーシャが言ってたけど、いくら星4パーティーでもコカトリス討伐に上位聖魔法が使えるプリーストがいないパーティーを向かわせたりしないだろうし。
あれ、待てよ?
「逆に言うと、星1冒険者の可能性はある?」
「あっ! そうかもしれませんね! ギルドの身分証の偽造をするにも、元をよく知ってないと無理だと思いますし。ランクと討伐対象の矛盾を出してる辺りに粗さを感じますけど、それこそ上位に上がっていかないと知り得ない話かもしれませんので」
そこまで話してから、俺たち3人は一斉に唸った。
「しかし、半年前じゃ厳しいな」
「本当にそれですよ」
「ここに寝かせたままなのも可哀想ですし、ソニアさんを回復させますね。サーナ・メンテュア・エトゥ・モービス・インイルニアム・エピシフィクス・ディアム・ロン・ネリ・テットゥーコ!」
サーシャがソニアの傍らに跪いてすらすらと複雑な呪文を唱えると、ソニアの体が淡く青い光に包まれた。
おお、これが回復魔法か。もう1ヶ月近く一緒にいるはずなのに、サーシャの回復魔法は初めて見た!
しかし、これも俺が覚えきれる気がしない面倒な呪文だな……。本当に俺は無詠唱で良かった。
「う、ううん……」
青い光がソニアの体に吸い込まれていくと、ソニアは唸ってうっすらと目を開けた。回復魔法で顔色も少し良くなっている。
「わたし……どうしたの?」
「気分はどうですか? ソニアさんは気絶していたんですよ」
「チャーリーは結婚詐欺だという事実を突きつけられてな……」
「あ……そう、そうよ……チャーリーは、私の事を」
ソニアの目に涙が盛り上がる。ひっく、としゃくりあげる声を漏らして、ソニアは両手で顔を覆って泣きじゃくった。
「私、私とんでもないことをしちゃった……。騙されてお店のお金を渡すなんて! 30万マギル貯めても父さんに合わせる顔がないよぉ」
彼女の言葉はあまりにも悲しくて、聞いているこっちの胸が塞がれるようだった。
そして、サーシャはその細い腕を伸ばすと、いつか俺にしてくれたようにソニアを優しく抱きしめた。
「ソニアさん、悪いのはあなたを騙した相手です。あなたを利用した相手に罪があるんですよ。確かにソニアさんのしたことは大変なことでしょう。でも、お父様は贖罪の機会を与えてくださってるんじゃないですか? 30万マギルを稼いで、胸を張っておうちに戻りましょう」
「そう……なの? あれは、怒ってるからじゃなくて、私の贖罪のためなの?」
「ええ、そうでなければ、そんな条件を付けはしないと思います」
廃工場の壁を崩したときの声も落ち着いていたけども、今のサーシャの言葉には染み入るような慈愛が感じられる。
慈愛と知識の神のプリースト、か……。
テトゥーコ様の事を思うと複雑な気持ちになるけど、そこを除くとそれはとても彼女にふさわしい役割の気がした。
ソニアはサーシャに優しく背中を撫でられて、彼女に抱きついてわんわんと大泣きした。
やがて、目を真っ赤に泣き腫らして、切れ切れに言葉を紡ぐ。
「頑張って、働くわ……。それで30万マギル貯めて、父さんに謝るの。私、やり直すわ」
ソニアの声には、何かひとつの芯を感じた。
自分の過ちに気付いて、本気でやり直そうとしている、そんな強さを秘めた言葉。
そんな風に感じ取れたのは、きっと俺が「この世界で生き直そう」と以前に似た覚悟を決めたからかもしれない。
「ソニア、工房ができたら、是非そこで働いてくれないかな。まだ建物ができるまでにも大分時間が掛かるけど、それまでは大工ギルドや俺からの依頼を受けてればいいよ」
「本当!? ジョー、ありがとう! 大好きよ!」
サーシャの胸から顔を上げて、ぱっとソニアは笑顔になった。
――そして俺は、ピシッと何かが凍ったような音が聞こえた気がした。
「ソニアさん」
穏やかだけどさっきまでとは明らかに調子の違うサーシャの声に、俺は震えた。
これは、ソニアが軽々しく俺のことを大好きよとか言ったからか?
「いいことを思いつきました。今回ソニアさんが騙されたのは、冒険者についての知識がなさすぎたのも一因だと思うんです。だから、この際冒険者ギルドに登録して、私たちと一緒に何か依頼をこなしませんか? そうしたら30万マギルはきっとすぐに貯まりますよ」
「えっ、でも私、魔物と戦うのはちょっと……」
「それも贖罪だと思って」
押しの強いサーシャが出たぞ……。
こうなったらもう駄目だ。きっとソニアは押しきられて冒険者ギルドに登録して、しかも何故か俺たちとパーティーを組むことになるだろう。
確かに、それが稼ぐには手っ取り早い方法なんだけどさ。
「ジョーさんもそろそろ街の外で弱い魔物を相手取る修行をすることになってたんですよ。大丈夫、風魔法なら遠くからでも魔物の相手はできますし。――それに、ソニアさんは風魔法しか属性がないみたいですけど、魔力量なら相当ありますよね? 訓練さえすれば上位の風魔法まで使いこなせるはずですよ」
サーシャの指摘に、ソニアがあからさまにビクリとした。
その反応からすると、どうも自覚があって、敢えてそれを伏せていたっぽい。
いや、それよりも。
いつの間に、俺は街の外で弱い魔物を相手取る修行を「そろそろする」ことになってたんだ……。
まだ魔法収納空間の中に、70頭以上の大猪が入っているのに。
結局ソニアはサーシャの言う通りに冒険者をすることになってしまった。
速攻で冒険者ギルドに連行されて、登録をしている。
ついでなので俺は隣の倉庫に追加で20頭の大猪を置いてきた。
倉庫から事務エリアに戻ると、アーノルドさんとギャレンさんがサーシャと立ち話をしていた。
「ああ、ジョー。いいところに来たな。俺たちはしばらく依頼でネージュを留守にする。サーシャから特訓のことも聞いたよ。サーシャがいれば治るといっても、怪我はしないように気を付けるんだぞ」
今日もアーノルドさんは面倒見がいい。俺の実の兄よりも兄らしい。
確かに、俺も治るからって怪我したくはないな。痛そうだし。
そういうところを気遣ってくれるこの人は、本当に残念な性癖さえなければ非の打ち所のない勇者なんだけどな……。
「ネージュの周りは大した魔物は出ないが、殺人兎には気を付けろ。素早い上に蹴りが強いからな。盾でしっかり防御するんだぞ」
俺の戦闘術の師匠でもあるギャレンさんもそんなことを言って俺の背中を叩く。
殺人兎? キックが強い?
そ、それは、テトゥーコ様の言ってた奴、かな……。
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そして、問題はまだ気絶しているソニアなんだけど。
「今住んでるっていう友達の家まで運びますか?」
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ああ……今日もサーシャが天使だ……。
確かに、ソニアはいくら付け込みやすかったとはいえ被害者側。責められるべきはチャーリーというソニアの婚約者の方だ。
「確かに、サーシャちゃんの言う通りだな……チャーリーなんだが、なんとか捕まえることはできないもんかね」
「そうですね、できることなら捕まえて、残ってる分だけでもお金を取り戻したいですね。……でも、俺が思うに、『チャーリー』も偽名ですよ。顔はソニアさんしか知らないかもしれないし、探すにしても手掛かりが少ないかと。半年前のことだからきっと今頃遠くに逃げてるでしょうし」
「あの、思うんですが、その『チャーリー』さんはそもそも冒険者ではないんじゃないかな、と。多少冒険者のことを知ってはいると思いますが、少なくとも星2以上の冒険者ではないです。
コカトリス討伐なんて、壁にぺたんと貼られる依頼じゃないですし。星4や星5じゃないと受けられない、という依頼はごく限られていて、ギルドの方から打診が来るものなんですよ」
だよなあ。例えばさっきサーシャが言ってたけど、いくら星4パーティーでもコカトリス討伐に上位聖魔法が使えるプリーストがいないパーティーを向かわせたりしないだろうし。
あれ、待てよ?
「逆に言うと、星1冒険者の可能性はある?」
「あっ! そうかもしれませんね! ギルドの身分証の偽造をするにも、元をよく知ってないと無理だと思いますし。ランクと討伐対象の矛盾を出してる辺りに粗さを感じますけど、それこそ上位に上がっていかないと知り得ない話かもしれませんので」
そこまで話してから、俺たち3人は一斉に唸った。
「しかし、半年前じゃ厳しいな」
「本当にそれですよ」
「ここに寝かせたままなのも可哀想ですし、ソニアさんを回復させますね。サーナ・メンテュア・エトゥ・モービス・インイルニアム・エピシフィクス・ディアム・ロン・ネリ・テットゥーコ!」
サーシャがソニアの傍らに跪いてすらすらと複雑な呪文を唱えると、ソニアの体が淡く青い光に包まれた。
おお、これが回復魔法か。もう1ヶ月近く一緒にいるはずなのに、サーシャの回復魔法は初めて見た!
しかし、これも俺が覚えきれる気がしない面倒な呪文だな……。本当に俺は無詠唱で良かった。
「う、ううん……」
青い光がソニアの体に吸い込まれていくと、ソニアは唸ってうっすらと目を開けた。回復魔法で顔色も少し良くなっている。
「わたし……どうしたの?」
「気分はどうですか? ソニアさんは気絶していたんですよ」
「チャーリーは結婚詐欺だという事実を突きつけられてな……」
「あ……そう、そうよ……チャーリーは、私の事を」
ソニアの目に涙が盛り上がる。ひっく、としゃくりあげる声を漏らして、ソニアは両手で顔を覆って泣きじゃくった。
「私、私とんでもないことをしちゃった……。騙されてお店のお金を渡すなんて! 30万マギル貯めても父さんに合わせる顔がないよぉ」
彼女の言葉はあまりにも悲しくて、聞いているこっちの胸が塞がれるようだった。
そして、サーシャはその細い腕を伸ばすと、いつか俺にしてくれたようにソニアを優しく抱きしめた。
「ソニアさん、悪いのはあなたを騙した相手です。あなたを利用した相手に罪があるんですよ。確かにソニアさんのしたことは大変なことでしょう。でも、お父様は贖罪の機会を与えてくださってるんじゃないですか? 30万マギルを稼いで、胸を張っておうちに戻りましょう」
「そう……なの? あれは、怒ってるからじゃなくて、私の贖罪のためなの?」
「ええ、そうでなければ、そんな条件を付けはしないと思います」
廃工場の壁を崩したときの声も落ち着いていたけども、今のサーシャの言葉には染み入るような慈愛が感じられる。
慈愛と知識の神のプリースト、か……。
テトゥーコ様の事を思うと複雑な気持ちになるけど、そこを除くとそれはとても彼女にふさわしい役割の気がした。
ソニアはサーシャに優しく背中を撫でられて、彼女に抱きついてわんわんと大泣きした。
やがて、目を真っ赤に泣き腫らして、切れ切れに言葉を紡ぐ。
「頑張って、働くわ……。それで30万マギル貯めて、父さんに謝るの。私、やり直すわ」
ソニアの声には、何かひとつの芯を感じた。
自分の過ちに気付いて、本気でやり直そうとしている、そんな強さを秘めた言葉。
そんな風に感じ取れたのは、きっと俺が「この世界で生き直そう」と以前に似た覚悟を決めたからかもしれない。
「ソニア、工房ができたら、是非そこで働いてくれないかな。まだ建物ができるまでにも大分時間が掛かるけど、それまでは大工ギルドや俺からの依頼を受けてればいいよ」
「本当!? ジョー、ありがとう! 大好きよ!」
サーシャの胸から顔を上げて、ぱっとソニアは笑顔になった。
――そして俺は、ピシッと何かが凍ったような音が聞こえた気がした。
「ソニアさん」
穏やかだけどさっきまでとは明らかに調子の違うサーシャの声に、俺は震えた。
これは、ソニアが軽々しく俺のことを大好きよとか言ったからか?
「いいことを思いつきました。今回ソニアさんが騙されたのは、冒険者についての知識がなさすぎたのも一因だと思うんです。だから、この際冒険者ギルドに登録して、私たちと一緒に何か依頼をこなしませんか? そうしたら30万マギルはきっとすぐに貯まりますよ」
「えっ、でも私、魔物と戦うのはちょっと……」
「それも贖罪だと思って」
押しの強いサーシャが出たぞ……。
こうなったらもう駄目だ。きっとソニアは押しきられて冒険者ギルドに登録して、しかも何故か俺たちとパーティーを組むことになるだろう。
確かに、それが稼ぐには手っ取り早い方法なんだけどさ。
「ジョーさんもそろそろ街の外で弱い魔物を相手取る修行をすることになってたんですよ。大丈夫、風魔法なら遠くからでも魔物の相手はできますし。――それに、ソニアさんは風魔法しか属性がないみたいですけど、魔力量なら相当ありますよね? 訓練さえすれば上位の風魔法まで使いこなせるはずですよ」
サーシャの指摘に、ソニアがあからさまにビクリとした。
その反応からすると、どうも自覚があって、敢えてそれを伏せていたっぽい。
いや、それよりも。
いつの間に、俺は街の外で弱い魔物を相手取る修行を「そろそろする」ことになってたんだ……。
まだ魔法収納空間の中に、70頭以上の大猪が入っているのに。
結局ソニアはサーシャの言う通りに冒険者をすることになってしまった。
速攻で冒険者ギルドに連行されて、登録をしている。
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倉庫から事務エリアに戻ると、アーノルドさんとギャレンさんがサーシャと立ち話をしていた。
「ああ、ジョー。いいところに来たな。俺たちはしばらく依頼でネージュを留守にする。サーシャから特訓のことも聞いたよ。サーシャがいれば治るといっても、怪我はしないように気を付けるんだぞ」
今日もアーノルドさんは面倒見がいい。俺の実の兄よりも兄らしい。
確かに、俺も治るからって怪我したくはないな。痛そうだし。
そういうところを気遣ってくれるこの人は、本当に残念な性癖さえなければ非の打ち所のない勇者なんだけどな……。
「ネージュの周りは大した魔物は出ないが、殺人兎には気を付けろ。素早い上に蹴りが強いからな。盾でしっかり防御するんだぞ」
俺の戦闘術の師匠でもあるギャレンさんもそんなことを言って俺の背中を叩く。
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