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ネージュ編

22 工房発足……アイエエエエ!

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 その日の午後、サーシャは神殿から手伝いを頼まれて外出していた。
 俺はソミュール液から取り出した肉の水気を取り、ソニアさんに乾燥を頼もうと大工ギルドに向かった。

 だが――無情にもそこにいたのは知らない風魔法使い。
 聞けば、1日ずつ交代制で仕事をしているらしい。
 棟梁に聞いたところ、ソニアさんの住んでいる場所を教えてくれた。ソルース区3番地の5、という割合俺にも馴染みのある形式でほっとする。
 俺は大まかにソルース区の場所を聞いて、迷子覚悟で歩いて探すことにした。
 ……大丈夫。宿屋の名前は覚えてるから、最悪出発点に戻ることはできる。

 4人ほどの人に道を聞き、俺は「ソルース区3番地の5」に辿り着くことができた。そこは商業区ではなく住宅区のようで、よく海外の写真で見るちょっとおしゃれな3階建てのアパートメントが並んでいる。

「5……の何階だ?」

 建物を見上げて俺は悩んだ。一軒一軒総当たりという手もあるけど、あまりに他の家に迷惑だ。
 困ったな……。

 俺がその場で腕を組んで悩んでいると、通りすがりの若い女性が警戒するような目つきで俺の様子を窺っていた。

「ここに何か用?」

 声にも若干厳しいものが混じっている。
 俺は慌てて道を譲ると、風魔法使いのソニアさんを探していることを彼女に告げた。

「ああ、ソニアに仕事か何か? 呼んできてあげるわ。あなた、名前は?」
「ジョーと言います。昨日会ってるからわかると思うんですが」
「了解よ、待ってて」

 女性はドアを開けて階段を上っていった。やがて、3階の部屋の窓から顔を出して、俺に向かって声を投げかけてきた。

「10分待って、だって!」
「ありがとうございます!」

 俺も上に向かって返事をする。そしてぼんやりとそこで待っていると、やがてバタバタという音がしてソニアさんが現れた。
 今日も乳。
 ……じゃなくて、ちょっと胸元の露出が多めの服だなあ。
 顔立ちと赤毛が派手だから、似合ってはいるんだけど。

「ジョー! わざわざ探してきてくれたの? ありがとう!」
「大工ギルドに行ったらいらっしゃらなかったので、聞いてきました。突然すみません」
「いいのいいの! で、今日はどんな御用? お仕事? それとも、デートのお誘いとか? 今日は暇だからどっちでも大丈夫よ。うふっ」

 突然腕に抱きつかれて俺は硬直してしまった。
 だって。

 乳が。
 谷間が。
 俺の腕にバッチリ当たってる……。

「あ、あの、近くないですか?」
「何が? 家? ここ、実は友達の家なのよ。さっきの子なんだけどね」
「それは聞いてないんですけど、近いのは距離です」

 俺は半ば無理矢理ソニアさんの腕から自分の腕を引き抜いた。そして1歩後ずさる。

「あらー、ジョーって案外うぶなのね。ま、いいわ。からかうのはこのくらいにしないと拗ねちゃうわよね。大工ギルドの仕事は明日だから、今日なら空いてるわ。これは本当」

 なんだろうな……このお姉さんオーラが妙に強いな。
 更に押してきたら面倒だから別の風魔法使いの人を探そうかと思ってたのに、からかってただけとするりと逃げられては文句も言えない。

「今から2時間くらい仕事をお願いしたいです。場所は……また冒険者ギルドを借りるか……」

 正直、あそこを使うと後が面倒なんだけども。

「場所はどれくらい必要? 乾燥の仕事なのよね? もしこれからも定期的に必要なら、街外れの方に廃工場があるからそこを使う手もあるわよ」
「廃工場!? ちょっとそこ行ってみたいです」

 これから工房を作るにしても、物件は必要だ。物件探しはクエリーさんにお願いしようと思ってたんだけども、あちらも忙しいだろうし俺が見つけられれば一番良い。

 ソニアさんに案内されたのは、確かに街の外れだった。
 建物はある程度大きいけども石造りの外壁は半分くらいしか残っていなくて、屋根も半分くらい落ちている。
 ある意味、理想的。燻製をしても煙が籠もらない。

「ここって買い取ることとかできるんですかね」
「んー、商業ギルドに聞いてみた方がいいと思うわ。誰かしらの管理下にあることは間違いないだろうし。でも、子供が遊んだりすることもあるから、出入り程度なら全然気にされてないのよ。住み着いちゃうとさすがに文句言われるけどね。乾燥程度なら周囲の迷惑にもならないし、大丈夫よ」
「先に商業ギルドに行くことにします。実は燻製を作る工房を立ち上げることになりまして、その場所とかも考えないといけないので」

 ここなら、外壁を修復して、屋根も全部は直さず一部は露天のままにしておけばいい。うん、理想的。街の外れの方なら地価も安いだろうし。

「工房! ね、ねえ、私をそこで雇ってもらえないかしら? 訳あってお金を貯めないといけないのよ。大工ギルドはシフトがあるから1日置きでしか入れないし。毎日働いたっていいわ!」

 俺の言葉に食いついてきたソニアさんは、さっきまでの余裕たっぷりのお姉さんの仮面を全力で投げ捨てていた。
 とにかく必死。そうか、大工ギルドはシフト制なのか。
 お金を貯めないといけないというなら、働きたいのは当然だよな……。
 それに、毎日働いたっていい、って……。
 俺はブラック企業を興すつもりはないから、最低でも週2日は休んでもらうけども。

 ソニアさんか……。
 ちょっと変に思わせぶりなところはあるけど、工房を経営することになるクエリーさんの姪だし、まずおかしなことはしないだろうな。

「俺はいいですよ。その場合もソニアさんには1時間300マギルお支払いします。商人ギルドに案内してもらえますか?」
「ほんと!? すっごく助かるわ! じゃ、行きましょう。――あ、それと、私の事はソニアでいいわ」
「いえ、ソニアさんの方が年上ですし」
「……女性に年齢のことを持ち出しちゃ駄目よ。それに、ジョーは私のご主人様になるんだもの! ね?」
「語弊が」
「何か?」
「……いえ、まあ、いいです」
「敬語もなしよ」
「それは、おいおい……」

 俺は別にコミュ障じゃないし、知らない人に道を聞くくらいのことは平気でできるんだけど、そんなにいきなり距離を詰められる人間じゃないんだよな。
 この世界でもタメ口利いてるのはサーシャだけで、サーシャは出会い方が特殊でいきなりゼロ距離だったせいもあるし、同い年のせいもある。

 駄目だ。
 俺は押しの強い人間にはどうも弱いらしい。お兄ちゃんモードのアーノルドさんとか。


 ソニアさん――ソニアに商業ギルドに連れて行ってもらって例の廃工場の話をしたら、管理権が商業ギルドに委託されているそうで、手続きはスムーズに進んでいった。
 価格は70万マギルで、現状そのままの引き渡しということになった。つまり、普通の人が買ったらまずあれを取り壊して新しく建物を建てなければいけないということになる。
 本来保証人も必要らしいけども、冒険者ギルド所属の空間魔法使いであることをギルドカード提示で証明して、70万マギル即金で積んだらOKされた。

 高すぎる買い物だけども、サーシャは文句は言わないはずだ。
 なにせ、あのベーコンがもっと食べられるようになるんだから。

 ソニアと一緒に廃工場に戻る途中で棚を買い、収納。
 廃工場の地面は草だらけなので、もし火事になったら危ないから草だけぽいぽいと空間魔法で収納していく。
 ソニアは俺の雑な空間魔法を見て呆然としていたけど、床の残っている場所に棚を置いて肉を並べたら、我に返って真面目に仕事をしてくれた。

 肉30キロくらいを頑張って2時間乾燥させてくれたソニアに、お礼として600マギルを払うとあどけないくらいに無垢な笑顔を向けられた。
 ……そうしてた方がいいのになあ。
 なんか、この人無理して大人っぽくしてるように見えるんだよな。

 その後もふたりで大工ギルドへ向かって、工房の建物の発注と、工房ができたらソニアはそっちで働くことを報告した。
 一番喜んでたのは、今日のシフトの風魔法使いの男性だ。割のいい働き口って限られてるんだろうな。ソニアがいなくなるとこの人が入れる日が増える。単純にそういうことだろう。

「よし、じゃあ今残ってる外壁と屋根を見て、使えるところは修復、無理そうなところは作り直しってことだな。建物の大きさにもよるが――見積もりは明日でいいか」

 棟梁の言葉に俺は頷いて、クエリーさんにも声を掛けようと思いついた。

「はい、それじゃあ明日現地で待ち合わせと言うことで。こちらも工房の実際の経営者になる方を連れていきます。ソニアも来てく……れるんだよね」
「ええ、もちろんよ!」

 来てくださいと言おうとして、慌てて語尾を修正したら妙に喜ばれた。


 そして翌日――。

 俺が思ってもみなかった事態が起きていた。

「ソニア!? 今までどこにいたんだ! 兄さんが探してるんだぞ!?」
「えええええ、叔父さんがなんでここにいるのぉー!? てか、私勘当されたんですけどぉー! なんで勘当した父さんが私を探してるのー!?」

 廃工場に集合してお互いの顔を見た途端、ソニアは逃げ腰、クエリーさんは逆にソニアの腕をがしっと掴んでいる。
 
「……何か、おかしな雰囲気ですね」
「うん……」

 俺とサーシャはただ、謎の状況に白目を剥きながら頷くことしかできなかった。
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