【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織

文字の大きさ
上 下
124 / 154

124 これだけのこと

しおりを挟む
 化粧の最後の仕上げに、ヴァージルが真珠の夢を太いブラシで顔全体にうっすらと重ねる。白粉こそ多少厚塗りではあるが、その他の色がきつくないせいで、真珠の夢を付けると厚化粧とは思えなくなった。
 目元に優しい紫色を載せ、頬紅も入れてマリアの顔はとても明るく見える。やはりヴァージルの腕は確かだ。

「もういいですよ、目を開けてください」

 マリアの前に鏡を置きながらヴァージルが声を掛ける。
 カモミールは歓声を上げたかったが、マリアが自分で驚くのを邪魔したくないと必死に声を堪えた。

「これが……私?」

 前髪を上げたままのマリアは、鏡に映った自分の顔を見て目を見開いた。そして、そのままぽろぽろと涙を流し始める。

「傷が、見えない……凄い、凄いです。私がずっと願っていて諦めていたことが、お化粧で叶えられるなんて」

 しゃくり上げながら、マリアは何度も声を詰まらせ、カモミールに抱きついてきた。

「カモミールさん! 私、わたし……っ!」
「マリアさん、お化粧してみてよかったでしょう? これで、あなたが『こんな私なんて』って言うことはなくなったんですよ」

 わあわあと泣くマリアの背を、カモミールは何度も撫でた。涙で化粧が流れてしまうだろうが、それは直せば良い。
 今はマリアが自分の心の傷から解き放たれる方が大事なのだから。

「今までずっと消えなくて、治らなくて、ガストン先生にも相談したけど半分くらい諦めてて……。カモミールさん、あなたに出会えてよかった。あなたに出会ってなかったら、お化粧しようなんて思えなかった」
「ううん、多分だけど、私に出会ってなくても、マリアさんはいずれお化粧と出会ってたんです。――ガストンがクリスティンで化粧品を買っていったって、お店の人から聞いたの。なんでだろうって思ってたら、そのすぐ後にマリアさんと話すガストンを見たんです。
 薬で治らないなら、お化粧で隠せばいい。最初にそう思ったのはガストンなんですよ。だから、『なんで私に言わないの』って怒っちゃった。化粧品は私の専門分野なんだから。ガストンなんか前に『化粧品なんて錬金術師の作るものじゃない』とか言ってたくせに、マリアさんのために化粧品を作ろうとしてたの」
「ガストン先生が、私のために化粧品を?」

 驚いて体を離したマリアに、カモミールは頷いてみせる。驚きすぎたせいなのか、マリアは泣き止んでいた。

「ねえ、たったこれだけのことで、あなたが長年苦しめられていた傷は消えるんです。
 顔に傷が付いたことは、女の子にとってとても辛いことだったというのは想像が付きます。ちょっとの傷でも気になるのに、マリアさんは大きな傷痕と長年過ごしてきた……辛かったでしょうね。
 でも、あなたを苦しめ続けた傷は、ガストンにとっては関係なかった。お化粧で隠せるだけの『たったこれだけ』のことだった」

 カモミールが話している途中でヴァージルが突然玄関に向かい、ドアを開ける。そして、外に向かって声を掛けた。

「タマラさん、ガストンさん、入ってきてください」
「えっ!?」
「もう来てるの?」

 マリアとカモミールは驚きの声を上げた。マリアはガストンが来るとは聞いていなかったので予想外の出来事に驚いているし、カモミールは今までマリアに化粧をしていたヴァージルが外に声を掛けたことに驚いた。

 ヴァージルが知っていると言うことは、さっきマリアの着替えの間外に出ていたときにふたりがやってきたのだろうか。
 ガストンはきちんとコテを当てた皺のない服を着ていて、確かに立派な装いだった。髪もきちんと撫でつけられている。その横にいるタマラは、変身したマリアを見て胸元で手を組んで飛び跳ねそうな勢いで喜んでいた。

「まー! マリアちゃん、綺麗よ! それにおでこの形が凄くいいじゃない。ヴァージル、今日の髪型は前髪を上げたものにしてあげて」
「うん、わかったよ」
「マリアさん、よく似合ってますよ。その化粧も、服も」

 少し恥ずかしそうにしながらも、箱を持ったガストンが工房に入ってくる。

「化粧をしてあなたの価値が何ら変わるわけではないけれど、それであなたが胸を張れるならば、したらいい。カモミールは錬金術師らしいことはろくすっぽやってこなかったが、化粧品を作る腕に関しては母の志を継いでいて本物です。だから……」
「なんでこんな時にうだうだ言ってるの? スパッと言いなさいよ」

 タマラがガストンの背中を勢いよく叩いた。それにむせながら、ガストンは一度言葉を飲み込みかけ、顔を赤らめながらマリアに向かって言い切った。

「そんな傷があってもなくても、私はあなたを愛している!」
「よく言ったわ、ガストン!」

 思わずカモミールも声を出し、拳を握りしめていた。
 ガストンとマリアはお互いに見つめ合っているが、その他は全員ガストンに目をやっている。

「マリアちゃん、その服はね、ミリーのじゃないの。私とガストンでお店に行って、マリアちゃんのことを考えて選んできたのよ」
「わ、わたしのために……? ガストン先生が、そこまで」

 戸惑うマリアの前でガストンが箱を開け、靴を取り出して床に置く。

「春の若草のように可憐で優しいあなたに、よく似合う色だと思いました。
 女手ひとつで私を育ててくれた母を病で失い、私の心はあの頃荒れていた。カモミールのことも、無理矢理家から追い出した。私はカモミールに母を取られたような気持ちを何年も抱えていたから」
「黙っていてあげたのに、自分で言っちゃうのね」
「ああ、私はもう隠し事はしたくない。そして自己嫌悪のあまりに沈みきっていた頃、あなたに出会った。父ひとり娘ひとりのあなたの境遇は私と似ていたのに、あなたはその優しさをお父上だけではなく私にも向けてくれた。
 凍えきっていた私の心を溶かしたのは、春の日差しのようなあなたの温かい優しさでした」

 何度目かわからない求愛を受けるマリアは、またぼろぼろと涙をこぼしていた。タマラはふたりを見守りながら貰い泣きをしている。

「どうですか、カモミールの作った化粧品は。マリアさんに自信を与え、幸せに導くことができる化粧品でしょうか?」
「……素晴らしいです。そっか、そうだったんですね。全部ガストン先生から始まって、カモミールさんもタマラさんもヴァージルさんも、私のためにいろいろしてくださった……。こんな、ずっと俯いてばかりだった私のために」
「マリアさん、もう『こんな』なんて言わないで」

 カモミールがマリアを抱きしめると、マリアが細い手でカモミールの腕をきゅっと握ってきた。その手が微かに震えているのを感じる。

「いえ、私は『これだけのこと』にずっとうじうじしていた、情けない人間です。でも、ガストン先生は何度もこんな私に愛を告げてくださった。それだけじゃなくて、傷から目を離せないでいた私の心に自由を与えるために、カモミールさんたちにも働きかけてくださった……。
 みなさん、本当にありがとう。目が覚めました。私にとってこの傷は大きいものだったけど、世の中にはそれを気にしない人もいる……。ガストン先生が気にしないというなら、きっと私もいつか気にしないようになれる気がします」

 テオまでもが思わず見守る中で、マリアはそっとカモミールの腕を外して自分からガストンに歩み寄った。そして、その胸の中に飛び込んでいく。

「あなたは、私の太陽です。先生は私が心を溶かしたと言ってましたけど、私の氷を溶かしたのもあなたの温かさ。――大好きです。私を、あなたの隣に置いてください」
「はい、喜んで」

 見つめ合うふたりを囲んで、その場に立ち会った人間は惜しみなく拍手で祝福を降らせた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

望月かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...