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白粉3色、その白粉を使ったクリーム白粉3色、「真珠の夢」、下地クリーム、化粧水、香水3種に石けん2種。それに、新しく開発した下地クリームとは違う、化粧落としクリーム。
ヴィアローズの現時点での全商品をずらりとテーブルに並べると、さすがに「おー」と言ってしまう。カモミールだけでなく、キャリーもマシューもテオさえも言っていた。
悔しいのはここにタマラの爪紅を入れられなかったことで、オシロイバナはまだ咲いていないので実験出来なかったのだ。
ヴィアローズはミラヴィアの時と価格は同じだ。サマンサとドロシーに白粉を詰めるのを手伝って貰ったが、それからも商業ギルドに求人を出して手先の器用な人を紹介して貰い、何日か手伝って貰った。
早い話が、ミラヴィアの時とは人件費が桁違いにかかっている。
けれど、制作規模を大きくしたおかげで仕入れは割安になり、商品ひとつ当たりにかかる人件費としてはそれほどではなくなったので、最終的に原価は安くなった。
カモミールは正直に安くなった分商品の値段も下げようとしたが、それはクリスティンとキャリーに止められた。
クリスティンからは「品質が上がっているのに値段を下げては買う人が不信感を抱く」と言われ、キャリーは「今後の工房の規模拡大を考えて、利益は上げておくべきです」と熱弁を振るった。どちらももっともな話なので、値段はミラヴィアの時と変わらないものにした。
香水とクリーム白粉と化粧落としクリームについてはキャリーが価格を設定してくれたので安心である。
「やっぱりこのバラの図案がいいですよね。タマラさんがたくさん作ってくれたおかげで、白粉は色毎に分けられてクリーム白粉との関係がわかりやすくなってますし、香水瓶も種類毎にエッチングで入れて貰ってるから見分け付きやすいですし」
キャリーが言うことは大概実用性に関することで、「バラの図案綺麗ですよね」に話が行かないところが面白い。
「それはそうと、お嬢さんは弟子をとらんのか?」
マシューがそんな話題をカモミールに振ってきた。その言葉があまりに予想外だったので、飲み込むのに僅かに時間がかかる。
「私が、弟子を……ですか?」
「そうじゃ、現状、ヴィアローズのレシピはメモがある程度できちんとまとめた物は無かろう? ミラヴィアはお嬢さんとロクサーヌのふたりで作っておったからこうして後継がおるが、ヴィアローズに後継はおらん。お嬢さんの身に何かあったとき、ヴィアローズを作れる人間がいなくなるんじゃ」
「た、確かに……」
自分は弟子を最近まで取らなかったが、その代わりに石けんに関する恐ろしいまでの知識を詰め込んだノートを作っていたマシューの言だ。重みがある。
だが、弟子を取るというのはカモミールにとってはまだ現実味がない。自分自身がまだまだ成長の余地があると思うし、自分とさほど年齢が変わらない弟子というのも不思議な物だ。
「うーん、私まだ20歳ですし、10歳の子とかならともかく、15歳の成人してる人を弟子に、とかなんか違う気がしますね。歳が近すぎて。それに、10歳の子の方向性を今から決めちゃうのもなんだか……」
「カモミールさん……私に前に弟子を取れって言いませんでしたっけ? 石けんのことで」
「ちょっと言ったことがあるけど、それも後々、って話よー。石けんもヴィアローズも、確かにちゃんとレシピを残さないといけないわね。最悪、私が弟子を取る前に突然死んだらテオに伝えて貰うわ」
「やなこった! ……て、おまえ石けんの時にもこのやりとりしなかったか?」
「した覚えがあるのう……」
全員が一瞬遠い目になる。これがこの工房の通常状態なのだと気づいたのだ。
「とりあえずカモミールはレシピを残せ。王都に行くとき船旅だろ? 暇って昔聞いたぜ」
「えっ、私大きい船に乗るの初めてですっごい楽しみにしてるんだけど! 船の中で書けってこと? ロフ川を王都に向かって上っていくのよね、揺れるのかしら」
「ロフ川は国で一番大きい川ですし、流れは急じゃないですよね。多分ですけど、馬車よりは余程いいと思います。侯爵家の船って大きいですしね」
1週間後に迫ったお披露目会のため、カモミールは侯爵夫人と共に船で王都に移動することになっている。クリスティンは準備のために先行し、新しい商品については使い方を店員に伝えているところだ。当日は石けんの泡立て実演などもするという。見て違いがはっきりわかるのが石けんなので、これは大いに客の興味を惹くだろう。
出立まではとにかく制作を進めて在庫を増やし、クリスティンの商団の物流網を使って王都へ送る手はずになっている。船で同行するのは、タマラとヴァージル、そして侯爵夫人の使用人が数人だという。
一行の中ではヴァージルだけが男性なので、使用人と同じ船室で寝ることになっている。タマラは男性扱いではなく、カモミールと同じ船室を宛がわれた。
船を利用するのは、この時期の風がちょうど川を遡上するのに適しているからだという。行きは帆で風を受けて進み、帰りは川の流れのままに下ってくればいいのだ。馬車よりも速く、揺れが少ない分快適というのも大きな理由だろう。
タマラは、実は今回お披露目会には直接参加はしない。店の在庫を置く倉庫で、来客の反応を窺うだけにするという。王都行きは侯爵夫人の強い後押しがあったからだ。
カモミールのドレスをデザインしてから、タマラはドレイク夫人の服飾店とも仕事をすうようになり、着実に実績を積んでいる。そのタマラに王都で流行のドレスや絵画などの芸術に触れさせ、彼女の才能をより磨いて欲しいとのことなのだ。
王都ではジェンキンス侯爵家のタウンハウスに逗留することが決まっているので、自然とヴァージルとは距離ができるだろう。けれどタマラが近くにいればカモミールにとっては心強い。
「船は楽しみ、まあ、レシピ書くのもそんなに時間かかることじゃないし、インクはこぼしたら怖いから鉛筆で書けばいいし。ただ、問題は……私の服を10着くらい侯爵夫人が作ってることなのよ……」
「いいじゃないですか、ただで服が貰えるんですから」
「靴もよ!? キャリーさん、そこまで貰ったら申し訳なくならない?」
「私はならないですねー。領主様にはちゃんと税を納めてるんですし。そうそう、この化粧品、凄い関税掛かってるんですよ、知ってました?」
「前にヴァージルから聞いたわ。6割ですって? 凄いわねー」
他領とやりとりする品の中では、あり得ないほどに高い税率だ。だが、逆にジェンキンス領内で化粧品が比較的安価であるのも税率が高くなる理由だった。領内ならば、一般庶民でも「贅沢品」という認識ではあるが、買えない物ではない。
だが、領外では完全に貴族向けという位置付けで、価格が上がっても購入層はさほど痛くないのだ。今回ヴィアローズの生産量はミラヴィアの4倍になったが、増えた分はほとんど領外へ出る分になる。
「それだけ化粧品人気が強いんですよ。カモミールさんがいない間は、既にできてる製品を容器に詰めて出荷したり、石けんを作ったり、ということになりますね」
「そういうことになるわね。やることがなくなったらもうキャリーさんはお休みでもいいし。と言っても、10日も掛からないわよ」
「石けん、2日でほぼ終わるじゃないですか」
「それじゃあキャリーにはどんどん石けんの勉強をして貰うことにしようかの。レシピも目的別に10個ほど組んで貰おうか。この先は時間が取りにくくなるじゃろ」
「そうしてください、先生。よろしくお願いします。で、キャリーさんは石けんを作らなくてもうちの工房には欠かせない人材だから、できればキャリーさんからまた石けん作りの弟子を繋げて、ゆくゆくはそっちの方に石けんを任せたいわよねー」
「ああ、なるほど。私が全部ってわけにもいかなくなりますもんね……でも、まずはこの石けんが認められて、石けん職人になりたいという人が出ないことにはどうにもなりませんね」
「そうね。私も今まで名前以外全部隠してきたヴィアローズが市場に出回り始めてやっと、独り立ちした錬金術師として認められるのよ。――弟子は当分先ね」
「それにしても、この数の品物を作る工房としては狭いですよ、ここ。そのうち引っ越しましょうよ。商業ギルドにはいい物件があったら教えて貰えるように伝えておきますから」
カモミールはキャリーの言葉に腕を組んで考え込んだ。
確かにこの工房は狭い。けれど、ここには「テオがいる」という他に代えがたい強みがあるのだ。それに、さすがに他の物件を借りたりする金は今はない。
「最悪、別の工房見つけて錬金釜を移動させるにしても……できるところまでこのままやりましょ。新製品を無理に作ったりしなければ、私も手が空くから生産体制はなんとかなるはずよ」
アトリエ・カモミールの内部でのお披露目会は、結局「生産体制はこのままで」という確認で終わった。
ミラヴィアの後継ブランドという優位性がヴィアローズにはあるが、まだどの程度売れるかはわからないのだ。
そして、カモミールたちが王都へ旅立つ日がついにやってきた。
ヴィアローズの現時点での全商品をずらりとテーブルに並べると、さすがに「おー」と言ってしまう。カモミールだけでなく、キャリーもマシューもテオさえも言っていた。
悔しいのはここにタマラの爪紅を入れられなかったことで、オシロイバナはまだ咲いていないので実験出来なかったのだ。
ヴィアローズはミラヴィアの時と価格は同じだ。サマンサとドロシーに白粉を詰めるのを手伝って貰ったが、それからも商業ギルドに求人を出して手先の器用な人を紹介して貰い、何日か手伝って貰った。
早い話が、ミラヴィアの時とは人件費が桁違いにかかっている。
けれど、制作規模を大きくしたおかげで仕入れは割安になり、商品ひとつ当たりにかかる人件費としてはそれほどではなくなったので、最終的に原価は安くなった。
カモミールは正直に安くなった分商品の値段も下げようとしたが、それはクリスティンとキャリーに止められた。
クリスティンからは「品質が上がっているのに値段を下げては買う人が不信感を抱く」と言われ、キャリーは「今後の工房の規模拡大を考えて、利益は上げておくべきです」と熱弁を振るった。どちらももっともな話なので、値段はミラヴィアの時と変わらないものにした。
香水とクリーム白粉と化粧落としクリームについてはキャリーが価格を設定してくれたので安心である。
「やっぱりこのバラの図案がいいですよね。タマラさんがたくさん作ってくれたおかげで、白粉は色毎に分けられてクリーム白粉との関係がわかりやすくなってますし、香水瓶も種類毎にエッチングで入れて貰ってるから見分け付きやすいですし」
キャリーが言うことは大概実用性に関することで、「バラの図案綺麗ですよね」に話が行かないところが面白い。
「それはそうと、お嬢さんは弟子をとらんのか?」
マシューがそんな話題をカモミールに振ってきた。その言葉があまりに予想外だったので、飲み込むのに僅かに時間がかかる。
「私が、弟子を……ですか?」
「そうじゃ、現状、ヴィアローズのレシピはメモがある程度できちんとまとめた物は無かろう? ミラヴィアはお嬢さんとロクサーヌのふたりで作っておったからこうして後継がおるが、ヴィアローズに後継はおらん。お嬢さんの身に何かあったとき、ヴィアローズを作れる人間がいなくなるんじゃ」
「た、確かに……」
自分は弟子を最近まで取らなかったが、その代わりに石けんに関する恐ろしいまでの知識を詰め込んだノートを作っていたマシューの言だ。重みがある。
だが、弟子を取るというのはカモミールにとってはまだ現実味がない。自分自身がまだまだ成長の余地があると思うし、自分とさほど年齢が変わらない弟子というのも不思議な物だ。
「うーん、私まだ20歳ですし、10歳の子とかならともかく、15歳の成人してる人を弟子に、とかなんか違う気がしますね。歳が近すぎて。それに、10歳の子の方向性を今から決めちゃうのもなんだか……」
「カモミールさん……私に前に弟子を取れって言いませんでしたっけ? 石けんのことで」
「ちょっと言ったことがあるけど、それも後々、って話よー。石けんもヴィアローズも、確かにちゃんとレシピを残さないといけないわね。最悪、私が弟子を取る前に突然死んだらテオに伝えて貰うわ」
「やなこった! ……て、おまえ石けんの時にもこのやりとりしなかったか?」
「した覚えがあるのう……」
全員が一瞬遠い目になる。これがこの工房の通常状態なのだと気づいたのだ。
「とりあえずカモミールはレシピを残せ。王都に行くとき船旅だろ? 暇って昔聞いたぜ」
「えっ、私大きい船に乗るの初めてですっごい楽しみにしてるんだけど! 船の中で書けってこと? ロフ川を王都に向かって上っていくのよね、揺れるのかしら」
「ロフ川は国で一番大きい川ですし、流れは急じゃないですよね。多分ですけど、馬車よりは余程いいと思います。侯爵家の船って大きいですしね」
1週間後に迫ったお披露目会のため、カモミールは侯爵夫人と共に船で王都に移動することになっている。クリスティンは準備のために先行し、新しい商品については使い方を店員に伝えているところだ。当日は石けんの泡立て実演などもするという。見て違いがはっきりわかるのが石けんなので、これは大いに客の興味を惹くだろう。
出立まではとにかく制作を進めて在庫を増やし、クリスティンの商団の物流網を使って王都へ送る手はずになっている。船で同行するのは、タマラとヴァージル、そして侯爵夫人の使用人が数人だという。
一行の中ではヴァージルだけが男性なので、使用人と同じ船室で寝ることになっている。タマラは男性扱いではなく、カモミールと同じ船室を宛がわれた。
船を利用するのは、この時期の風がちょうど川を遡上するのに適しているからだという。行きは帆で風を受けて進み、帰りは川の流れのままに下ってくればいいのだ。馬車よりも速く、揺れが少ない分快適というのも大きな理由だろう。
タマラは、実は今回お披露目会には直接参加はしない。店の在庫を置く倉庫で、来客の反応を窺うだけにするという。王都行きは侯爵夫人の強い後押しがあったからだ。
カモミールのドレスをデザインしてから、タマラはドレイク夫人の服飾店とも仕事をすうようになり、着実に実績を積んでいる。そのタマラに王都で流行のドレスや絵画などの芸術に触れさせ、彼女の才能をより磨いて欲しいとのことなのだ。
王都ではジェンキンス侯爵家のタウンハウスに逗留することが決まっているので、自然とヴァージルとは距離ができるだろう。けれどタマラが近くにいればカモミールにとっては心強い。
「船は楽しみ、まあ、レシピ書くのもそんなに時間かかることじゃないし、インクはこぼしたら怖いから鉛筆で書けばいいし。ただ、問題は……私の服を10着くらい侯爵夫人が作ってることなのよ……」
「いいじゃないですか、ただで服が貰えるんですから」
「靴もよ!? キャリーさん、そこまで貰ったら申し訳なくならない?」
「私はならないですねー。領主様にはちゃんと税を納めてるんですし。そうそう、この化粧品、凄い関税掛かってるんですよ、知ってました?」
「前にヴァージルから聞いたわ。6割ですって? 凄いわねー」
他領とやりとりする品の中では、あり得ないほどに高い税率だ。だが、逆にジェンキンス領内で化粧品が比較的安価であるのも税率が高くなる理由だった。領内ならば、一般庶民でも「贅沢品」という認識ではあるが、買えない物ではない。
だが、領外では完全に貴族向けという位置付けで、価格が上がっても購入層はさほど痛くないのだ。今回ヴィアローズの生産量はミラヴィアの4倍になったが、増えた分はほとんど領外へ出る分になる。
「それだけ化粧品人気が強いんですよ。カモミールさんがいない間は、既にできてる製品を容器に詰めて出荷したり、石けんを作ったり、ということになりますね」
「そういうことになるわね。やることがなくなったらもうキャリーさんはお休みでもいいし。と言っても、10日も掛からないわよ」
「石けん、2日でほぼ終わるじゃないですか」
「それじゃあキャリーにはどんどん石けんの勉強をして貰うことにしようかの。レシピも目的別に10個ほど組んで貰おうか。この先は時間が取りにくくなるじゃろ」
「そうしてください、先生。よろしくお願いします。で、キャリーさんは石けんを作らなくてもうちの工房には欠かせない人材だから、できればキャリーさんからまた石けん作りの弟子を繋げて、ゆくゆくはそっちの方に石けんを任せたいわよねー」
「ああ、なるほど。私が全部ってわけにもいかなくなりますもんね……でも、まずはこの石けんが認められて、石けん職人になりたいという人が出ないことにはどうにもなりませんね」
「そうね。私も今まで名前以外全部隠してきたヴィアローズが市場に出回り始めてやっと、独り立ちした錬金術師として認められるのよ。――弟子は当分先ね」
「それにしても、この数の品物を作る工房としては狭いですよ、ここ。そのうち引っ越しましょうよ。商業ギルドにはいい物件があったら教えて貰えるように伝えておきますから」
カモミールはキャリーの言葉に腕を組んで考え込んだ。
確かにこの工房は狭い。けれど、ここには「テオがいる」という他に代えがたい強みがあるのだ。それに、さすがに他の物件を借りたりする金は今はない。
「最悪、別の工房見つけて錬金釜を移動させるにしても……できるところまでこのままやりましょ。新製品を無理に作ったりしなければ、私も手が空くから生産体制はなんとかなるはずよ」
アトリエ・カモミールの内部でのお披露目会は、結局「生産体制はこのままで」という確認で終わった。
ミラヴィアの後継ブランドという優位性がヴィアローズにはあるが、まだどの程度売れるかはわからないのだ。
そして、カモミールたちが王都へ旅立つ日がついにやってきた。
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