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58 自覚する想い

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 次の休みの日、カモミールは緊張しながらも先日買った新しい服を出した。
 黄色いブラウスと水色のスカートを身にまとい、編んだ髪の毛を少し苦労しながらうなじの辺りでひとつにまとめてアップにし、タマラからプレゼントされた大振りの水色のリボンを飾る。

 鏡に向かっていろんな角度を取ってみたが、我ながらなかなか可愛いと思ってしまった。もちろん、苦労をした分の感動も含まれているのだが。

 階下へ降りると、朝食を作っていたエノラが早速気づいて反応してくれた。

「まーあ! 新しい服ね? とっても可愛いわよ、ミリーちゃん! いつものワンピースと違っていかにも年頃の女の子だわ! 可愛い~!」
「えへへ、可愛いでしょう? 私は買うとき腰が引けてたんですけど友達が気合い入れて探してくれたんです。いろいろ頑張って着てみました」

 エノラが凄い勢いで褒めてくれるので、嬉しくなってくるりと回ってみせる。水色のスカートがふわりと広がって、とても心が浮き立った。

「あらあらあら素敵! どこで買ったの? 今度教えてちょうだいな」
「エノラさんもこういう服を着るんですか?」
「もちろんよー。歳を取ったからって地味な格好をしていると心まで老けるわ。私は年甲斐とか気にしないことにしたの。
 夫の意見に左右されなくなって、若い頃にはあまり着られなかった好きな服を存分に着て、お気に入りの格好で好きな役者さんの出ている舞台を観に行って……ヴァージルちゃんとミリーちゃんが来てくれて家も賑やかになったし、今がとっても幸せ。
 今日はお休み? そのうちおしゃれして私とお出かけしましょ?」

 エノラが幸せそうで良かったなあと思う反面、キャリーやタマラと同じ種類の押しの強さが若干気になる。何故自分の周りの女性はみんなこうなのだろうかと不思議になった。
 自分で気づいていないだけで、女性全てこういう資質を持っているのかもしれないとまで思ってしまう。

「お出かけって舞台ですか? よ、余裕があったら」
「お勧めの舞台があるのよ! 一緒に観て、その後存分に語れる相手が欲しいの!! いつも一緒に行く友達は、好きな役者さんが出てないからって行ってくれないのよ」
「……ふわぁ……おはようございます」

 女ふたりの朝から響く声に起こされたのか、身支度を終えたばかりらしいヴァージルがあくびをしながら、寝癖を手で撫でつけつつ階段を降りてくる。
 せっかくなのでヴァージルにも感想を聞いてみたくて、カモミールは小走りにヴァージルの前に行くとエノラにして見せたようにくるりと回って見せた。

「ねえヴァージル、これキャリーさんとタマラが選んでくれて、教えられたとおりに着てみたんだけど。おかしくないかなあ?」
「えっと……す、凄く可愛い。とっても似合ってるよ。……どうしよう」

 ヴァージルはカモミールの姿を見ると片手で口を押さえて横を向いてしまった。その顔が耳まで真っ赤になっていく。

「ミリー、今日はどこか出かけるの?」
「特に出かける用事は無いわよ? なんで?」
「よかった……」

 心の底から安心した響きの「よかった」という言葉と共に、ヴァージルは顔を覆ってしまった。

「あんまり可愛くて……他の男に見られたらどうしようって」
「な、何言ってんの!? いつかは誰かに見られるわよ? ヴァージル、いつもと違うわ」
「違うよ、いつもと違うのはミリーだよ。あー、無理、本当に無理。直視出来ない……僕はどうしたらいいんだ」

 消え入るような声で呟いて、その後ヴァージルは赤い顔で俯いたまま終始無言で朝食を食べて、いつもと違う様子から立ち直れない状態で出勤していった。

 にんまりと無言で目尻を下げているエノラに朝食のお礼を言い、カモミールは早足で自分の部屋へと戻る。
 心臓が早鐘を打ち続けていた。さっき服装を確認した鏡を見ると、いつか見たタマラがテオに一目惚れをしたときのような顔をした自分がいる。

「おかしいわ……私。いつもはヴァージルに褒められてもこんなに……」

 ヴァージルの様子もいつもとは違った。彼はいつも笑顔でカモミールを褒めてくれたのに、あんなに照れた姿は見たことがない。

「可愛いって、言ってくれた」

 じわりと胸を温かい物が満たす。それと同時にいつもの頭痛が襲ってきた。
 慌てて最近頭痛が多いからと用意しておいた薬を、水差しの水で飲む。しばらくすると、頭痛はピタリと止んだ。

「どうしよう、今頃気づいちゃった。……私、ヴァージルのことを好きなんだわ」

 今更ながら気づいた気持ちは、妙にストンと胸の中で落ち着いていて、あたかもずっとそこにあったかのようだった。

 いろいろなところがふわふわとして笑顔が優しい、自分を存分に甘えさせてくれる幼馴染み。タマラに何度からかわれても、自分は彼をただの幼馴染みだとしか思っていないと言い続けてきたのに。

 カモミールの好きなものを全部憶えていて、それを笑顔で受け取るとまるで自分の幸せのように微笑んでくれる、少し猫っ毛の金髪と蛍石の色の目をした青年。今思い返すと、確かにあれはただの幼馴染みに向ける表情ではない気がする。――自分の願望も入っているかもしれないが。

「そうだ、あのブローチ」

 自分で選んだフローライトのブローチを引き出しから出して、カモミールは手に取ってじっくりと見てみた。タマラが複雑そうな表情で「ヴァージルの目の色」と言っていた理由が今ならわかる。

 この宝石は本当に緑色が彼の目の色と同じで、それに一目惚れしてしまった自分はどれだけヴァージルのことを好きなのだろう。自覚がなかったのが本当に不自然に感じた。

「綺麗……私、自分でこの宝石を選んだのよね。本当に、なんで今まで自分の気持ちに気づかなかったの?」

 ブローチを手のひらに包んでそっと胸に当てると、今までヴァージルと過ごした日々が脳裏に蘇ってくる。
 何故かカールセンに来てからのことばかりだったが、カモミールにお化粧をして満足げに微笑む彼の顔や、過保護過保護と言われながらも決してカモミールの側を離れることがなかったすこしばかり自分勝手な部分。

 そして何より、ロクサーヌの葬儀のあった日、店を途中で休んでまで駆けつけてくれた彼の姿。あの時自分は、彼に心配されていることが本当はとても嬉しかったのだ。

「どうしよう、どうしよう――やっぱり好きだよ」

 自覚した恋心がカモミールを翻弄する。気がつけば、カモミールは切なさに胸を潰されてただ涙を流していた。
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