33 / 154
33 環境を整えましょう
しおりを挟む
カモミールが工房へ戻ると、外壁が仕上がったらしく久々にテオが外にいなかった。
「ただいま。漆喰塗り終わったの?」
「おうよ、なかなかいい出来だろォ? 釜の中のカオリンも乾燥が終わったから壺に移しておいたぜ」
「うわー、助かるー。さすがテオ!」
テオは物凄く得意げだ。確かに、錬金術師の助手としては有能極まりないだろう。カモミールよりもテオの方が錬金術師としては素養があるくらいなのだ。
カモミールは改めて外に出ると外壁を確かめた。鏝で波のような模様を描いた外壁は芸術的ですらある。いかにも一点集中したら他のことが目に入らない錬金術師気質が表れているようにも見えた。
「うん、凄く綺麗に塗れてる! 見た目だけならうんと新しい建物みたいになったね。――そうそう、侯爵夫人のところでいろいろお話をしてきたんだけど、ヴィアローズの実稼働を1ヶ月後に予定して、それまでに商品を揃えることになったの。テオと私だけじゃ人手が足りないから、白粉を計量してケースに詰めたり、誰でもできそうなことをする人を雇うことにしようと思って。テオ、精霊だって隠し通せる?」
「おいおい、馬鹿にすんなよ。というか、普通にしてるだけで精霊だなんて見抜く奴はヴァージルくらいのもんだぜ。魔法使いじゃない人間でも魔力がぼやっと見える奴はいるみたいだけど、おそらくその程度じゃ人間と精霊の区別は付かねえ。精霊を見たことがあって、それが精霊だと気づく奴は今のこの世界に何人いるんだろうな」
「えー、ヴァージルってそんなに特別なの?」
いろいろ出来て魔力もあって精霊も見分けられるなんて、カモミールから見るとずるすぎる。魔力無しであるせいで錬金術もかなり制限されているのだ。魔力があるなら化粧品店で働くより錬金術やってよ! と言いたくなる。
「あいつは――まあ、現代に於いては特別な奴だよ。自分でどう思ってるかは知らねえけど」
「そっか……確かに、魔力持ちだといろいろそれで困ることもあるって聞いたことがあるし、あんまり突っ込まない方がいいか。あ、これマーガレット様が持たせてくれたお土産。お菓子だけど、テオが食べられそうなら食べてみてもいいよ。私はちょっとお隣に行ってくるね」
カモミールはケーキをひとつとクッキーを数枚取り分け、それを手土産にエノラの家へと向かった。玄関をノックすると、エノラは在宅していたようですぐに中から返事があった。
「あら、ミリーちゃん……? よね?」
「はっ! お化粧したままでした! ちょっと待っててください」
お化粧がそのままどころか、服も着替えていない。カモミールは急いで工房に戻り、イヴォンヌから借りた服の一式を脱いでいつものワンピースに着替えた。化粧は落とすのが面倒なので、とりあえずそのままエノラの元に戻る。
一部始終をテオが見ていたが、テオはカモミールの中では男性に数えられていない。タマラが「性別・タマラ」なのと一緒で「性別・テオ」なのだ。周囲で男性に区分されているのはガストンとヴァージルくらいのものだった。今日そこにジョナスという特例が加わったわけだが。
「こんにちは、エノラさん。さっきはすみません」
「いいのよ、どこかお出かけしてきたの?」
「はい、ジェンキンス侯爵夫人に招かれて、それであんな服とお化粧を」
「まあー。御領主様のところへ! 入って適当に座ってちょうだい」
カモミールはいつも食事で座るのと同じ場所に座り、お裾分けの菓子をテーブルに置いた。
「いただいたお菓子を少し持ってきました。美味しかったからエノラさんも食べてください。……それで、今日はご相談があって……私もここに間借りすることって出来ますか?」
「いいわよ。3階のヴァージルちゃんの隣の部屋が空いてるわ」
「ヴァージルの、隣……」
それはつまり薄めの壁一枚隔てた向こうにヴァージルがいるということだ。――当たり前なのだが、少し躊躇もする。
いや、工房の隣に間借り出来るという状況は、他の欠点を補って余りあるほど大きい。というより、エノラの家はカモミールが知る限り他に欠点などはない。
「お部屋見てみる? 3階の奥なんだけど」
「そうですね、見てみます」
狭い階段を上り、限られた敷地を有効活用した結果上へ伸びた建物を進んでいく。
1階は水回り、2階は主寝室で現在はエノラの部屋、3階は狭い部屋がふたつで、息子たちと娘たちの部屋にしていたという。工房の屋根裏部屋と広さを比べると段違いに狭いが、こちらは当たり前のようにきちんと立てる高さがある。
部屋には古いがベッドとクローゼットが備え付けられていた。簡単に掃除をすれば今日からでも泊まれそうだ。
「実は、屋根裏部屋に私物を置いて寝ていたら、干したドクダミの匂いが服に移っちゃって、侯爵夫人に『部屋を借りるように』と釘を刺されちゃいまして」
「ドクダミを寝る場所に干したの? あらー、ミリーちゃん凄いことをするわねえ。臭かったでしょう」
「それはもう……」
エノラにも、マーガレットがわざわざ『部屋を借りなさい』と指示した理由は納得出来たようだ。今までのように朝と昼の食事を付けて月3万5千ガラムという安い金額で間借りをすることがきまった。マーガレットは寡婦にしては珍しく生活に困っていないので、若い人が一緒に住んで賑やかになれば、と賃料を安くしてくれたのだ。
カモミールの私物は主に工房で使うものなので、エノラの家へ持ってくるのはそれこそ着替えとごく少ない身の回りの品物だけだ。
それを取りに工房へ戻ると、ヴァージルが神妙な顔で椅子に座っていた。
「お帰り、ミリー」
「ヴァージルもお帰り。あ、侯爵夫人からお土産いただいたの。食べる? フロランタンは全部私のだからダメだけど」
いつも通り軽い調子で話すと、ヴァージルは一瞬変な顔をして目を瞬かせた。
「ただいま。漆喰塗り終わったの?」
「おうよ、なかなかいい出来だろォ? 釜の中のカオリンも乾燥が終わったから壺に移しておいたぜ」
「うわー、助かるー。さすがテオ!」
テオは物凄く得意げだ。確かに、錬金術師の助手としては有能極まりないだろう。カモミールよりもテオの方が錬金術師としては素養があるくらいなのだ。
カモミールは改めて外に出ると外壁を確かめた。鏝で波のような模様を描いた外壁は芸術的ですらある。いかにも一点集中したら他のことが目に入らない錬金術師気質が表れているようにも見えた。
「うん、凄く綺麗に塗れてる! 見た目だけならうんと新しい建物みたいになったね。――そうそう、侯爵夫人のところでいろいろお話をしてきたんだけど、ヴィアローズの実稼働を1ヶ月後に予定して、それまでに商品を揃えることになったの。テオと私だけじゃ人手が足りないから、白粉を計量してケースに詰めたり、誰でもできそうなことをする人を雇うことにしようと思って。テオ、精霊だって隠し通せる?」
「おいおい、馬鹿にすんなよ。というか、普通にしてるだけで精霊だなんて見抜く奴はヴァージルくらいのもんだぜ。魔法使いじゃない人間でも魔力がぼやっと見える奴はいるみたいだけど、おそらくその程度じゃ人間と精霊の区別は付かねえ。精霊を見たことがあって、それが精霊だと気づく奴は今のこの世界に何人いるんだろうな」
「えー、ヴァージルってそんなに特別なの?」
いろいろ出来て魔力もあって精霊も見分けられるなんて、カモミールから見るとずるすぎる。魔力無しであるせいで錬金術もかなり制限されているのだ。魔力があるなら化粧品店で働くより錬金術やってよ! と言いたくなる。
「あいつは――まあ、現代に於いては特別な奴だよ。自分でどう思ってるかは知らねえけど」
「そっか……確かに、魔力持ちだといろいろそれで困ることもあるって聞いたことがあるし、あんまり突っ込まない方がいいか。あ、これマーガレット様が持たせてくれたお土産。お菓子だけど、テオが食べられそうなら食べてみてもいいよ。私はちょっとお隣に行ってくるね」
カモミールはケーキをひとつとクッキーを数枚取り分け、それを手土産にエノラの家へと向かった。玄関をノックすると、エノラは在宅していたようですぐに中から返事があった。
「あら、ミリーちゃん……? よね?」
「はっ! お化粧したままでした! ちょっと待っててください」
お化粧がそのままどころか、服も着替えていない。カモミールは急いで工房に戻り、イヴォンヌから借りた服の一式を脱いでいつものワンピースに着替えた。化粧は落とすのが面倒なので、とりあえずそのままエノラの元に戻る。
一部始終をテオが見ていたが、テオはカモミールの中では男性に数えられていない。タマラが「性別・タマラ」なのと一緒で「性別・テオ」なのだ。周囲で男性に区分されているのはガストンとヴァージルくらいのものだった。今日そこにジョナスという特例が加わったわけだが。
「こんにちは、エノラさん。さっきはすみません」
「いいのよ、どこかお出かけしてきたの?」
「はい、ジェンキンス侯爵夫人に招かれて、それであんな服とお化粧を」
「まあー。御領主様のところへ! 入って適当に座ってちょうだい」
カモミールはいつも食事で座るのと同じ場所に座り、お裾分けの菓子をテーブルに置いた。
「いただいたお菓子を少し持ってきました。美味しかったからエノラさんも食べてください。……それで、今日はご相談があって……私もここに間借りすることって出来ますか?」
「いいわよ。3階のヴァージルちゃんの隣の部屋が空いてるわ」
「ヴァージルの、隣……」
それはつまり薄めの壁一枚隔てた向こうにヴァージルがいるということだ。――当たり前なのだが、少し躊躇もする。
いや、工房の隣に間借り出来るという状況は、他の欠点を補って余りあるほど大きい。というより、エノラの家はカモミールが知る限り他に欠点などはない。
「お部屋見てみる? 3階の奥なんだけど」
「そうですね、見てみます」
狭い階段を上り、限られた敷地を有効活用した結果上へ伸びた建物を進んでいく。
1階は水回り、2階は主寝室で現在はエノラの部屋、3階は狭い部屋がふたつで、息子たちと娘たちの部屋にしていたという。工房の屋根裏部屋と広さを比べると段違いに狭いが、こちらは当たり前のようにきちんと立てる高さがある。
部屋には古いがベッドとクローゼットが備え付けられていた。簡単に掃除をすれば今日からでも泊まれそうだ。
「実は、屋根裏部屋に私物を置いて寝ていたら、干したドクダミの匂いが服に移っちゃって、侯爵夫人に『部屋を借りるように』と釘を刺されちゃいまして」
「ドクダミを寝る場所に干したの? あらー、ミリーちゃん凄いことをするわねえ。臭かったでしょう」
「それはもう……」
エノラにも、マーガレットがわざわざ『部屋を借りなさい』と指示した理由は納得出来たようだ。今までのように朝と昼の食事を付けて月3万5千ガラムという安い金額で間借りをすることがきまった。マーガレットは寡婦にしては珍しく生活に困っていないので、若い人が一緒に住んで賑やかになれば、と賃料を安くしてくれたのだ。
カモミールの私物は主に工房で使うものなので、エノラの家へ持ってくるのはそれこそ着替えとごく少ない身の回りの品物だけだ。
それを取りに工房へ戻ると、ヴァージルが神妙な顔で椅子に座っていた。
「お帰り、ミリー」
「ヴァージルもお帰り。あ、侯爵夫人からお土産いただいたの。食べる? フロランタンは全部私のだからダメだけど」
いつも通り軽い調子で話すと、ヴァージルは一瞬変な顔をして目を瞬かせた。
41
お気に入りに追加
599
あなたにおすすめの小説
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!
りーさん
ファンタジー
ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。
でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。
こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね!
のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
【完結】俺様フェンリルの飼い主になりました。異世界の命運は私次第!?
酒本 アズサ
ファンタジー
【タイトル変更しました】
社畜として働いてサキは、日課のお百度参りの最中に階段から転落して気がつくと、そこは異世界であった!?
もふもふの可愛いちびっこフェンリルを拾ったサキは、謎の獣人達に追われることに。
襲われると思いきや、ちびっこフェンリルに跪く獣人達。
え?もしかしてこの子(ちびっこフェンリル)は偉い子なの!?
「頭が高い。頭を垂れてつくばえ!」
ちびっこフェンリルに獣人、そこにイケメン王子様まで現れてさぁ大変。
サキは異世界で運命を切り開いていけるのか!?
実は「千年生きた魔女〜」の後の世界だったり。
(´・ノω・`)コッソリ
誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る
月
ファンタジー
癒しの能力を持つコンフォート侯爵家の娘であるシアは、何年経っても能力の発現がなかった。
能力が発現しないせいで辛い思いをして過ごしていたが、ある日突然、フレイアという女性とその娘であるソフィアが侯爵家へとやって来た。
しかも、ソフィアは侯爵家の直系にしか使えないはずの能力を突然発現させた。
——それも、多くの使用人が見ている中で。
シアは侯爵家での肩身がますます狭くなっていった。
そして十八歳のある日、身に覚えのない罪で監獄に幽閉されてしまう。
父も、兄も、誰も会いに来てくれない。
生きる希望をなくしてしまったシアはフレイアから渡された毒を飲んで死んでしまう。
意識がなくなる前、会いたいと願った父と兄の姿が。
そして死んだはずなのに、十年前に時間が遡っていた。
一度目の人生も、二度目の人生も懸命に生きたシア。
自分の力を取り戻すため、家族に愛してもらうため、同じ過ちを繰り返さないようにまた"シアとして"生きていくと決意する。
転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~
ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉
攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。
私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。
美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~!
【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避
【2章】王国発展・vs.ヒロイン
【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。
※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。
※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差)
ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/
Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/
※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。
異世界で趣味(ハンドメイド)のお店を開きます!
ree
ファンタジー
波乱万丈な人生を送ってきたアラフォー主婦の檜山梨沙。
生活費を切り詰めつつ、細々と趣味を矜持し、細やかなに愉しみながら過ごしていた彼女だったが、突然余命宣告を受ける。
夫や娘は全く関心を示さず、心配もされず、ヤケになった彼女は家を飛び出す。
神様の力でいつの間にか目の前に中世のような風景が広がっていて、そこには普通の人間の他に、二足歩行の耳や尻尾が生えている兎人間?鱗の生えたトカゲ人間?3メートルを超えるでかい人間?その逆の1メートルでずんぐりとした人間?達が暮らしていた。
これは不遇な境遇ながらも健気に生きてきた彼女に与えられたご褒美であり、この世界に齎された奇跡でもある。
ハンドメイドの趣味を超えて、世界に認められるアクセサリー屋になった彼女の軌跡。
【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~
Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。
「俺はお前を愛することはない!」
初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。
(この家も長くはもたないわね)
貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。
ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。
6話と7話の間が抜けてしまいました…
7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる