上 下
14 / 154

14 道具の本懐、とは

しおりを挟む
 この勢いでしゃべり続けてどうやって息継ぎをしているのだろうとカモミールが疑問に思い始めた頃、はっと正気を取り戻したようにエノラが真顔に戻り、頬を赤くする。

「あら嫌だわ、私ばっかりしゃべっちゃって恥ずかしい」
「おばさんが元気そうで良かったよ。好きなことがあるっていいことだしね」

 少女のように照れるエノラに、若干頬を引きつらせながらヴァージルがフォローした。

「そうですよ、好きなことがあるって凄く素敵なことだと思います。――そのうち機会があったら、私も観劇に誘ってくださいね」

 多少引いてしまう要素はあるが、エノラに悪気があったわけでもないし、いい人なのだと言うことはわかる。それに、好きなことに夢中になる幸せは、ロクサーヌの側でミリーが得た一番大きなものなのだ。

「カモミールさん……あなた、とってもいい子ねえ!」
「いやー、あはは、私の師匠も好きなことの話は長くなることがあったので。良かったらミリーと呼んでください。ヴァージルの家主さんならこれからもいろいろお世話になると思いますし」

 ここまでではないが、ロクサーヌもハマる話題があると語りが止まらないときがあった。大体は酒が入っていたときだったが、何かにのめり込んで好きになるには、恐ろしい熱量が必要なのだとカモミールは思い知っている。

「ええ、わかったわ、ミリーちゃん。うふふ、孫――いえ、お友達が増えたみたいでとっても楽しい! そうそう、ご飯はどうするの? 確かここってただの工房で料理出来るような設備は何もないのよね」
「えーと、まあ通りに出れば屋台も出てそうですし、買えばいいかなーって思ってました」
「良かったらテオさんも一緒にうちで食べなさいな。ヴァージルちゃんの分も作るんだし、二人分作るのも四人分作るのも大して変わりないしね」
「それじゃあ、お言葉に甘えて朝ご飯とお昼ご飯だけお邪魔します。できればお昼はヴァージルと同じお弁当にしてもらえると、作業してたりするので助かります。もちろん、その分のお金は払いますね」
「ふふっ、本当にしっかりしたお嬢さんだこと。いいお嫁さんになりそうね、ねえ、ヴァージルちゃん」

 ヴァージルの方を向いてにまっと笑ったエノラの言葉に、慌てたようにヴァージルが大げさな身振りで割って入った。

「あーっ! そうだ、おばさん、テオのご飯は要らないんだ。だから僕とミリーの分だけお願い」
「遠慮しなくていいのよ? 手間は変わらないんだから」
「そうそうそうそう! えーと、テオはすっごく好き嫌いが激しくてですね! 自分でなんとかするから大丈夫なんですよ!」

 精霊であるテオは毎日の食事が必要ない。それをごまかさなければいけないことを思い出し、カモミールはヴァージルの言葉の後にあわあわと言い訳を付け足した。

「まあー。テオさん、好き嫌いは良くないわよ、そのすべすべお肌に吹き出物でもできたら私泣いちゃうわ」
「ハ……ハハハ……気をつけるよ」

 引きつった笑いでテオが話を合わせる。
 古布があったら分けて欲しいと頼むと、エノラはすぐにちょうどいい大きさの布を持ってきてくれた。
 ありがたくそれを受け取り、カモミールは丁寧すぎるほどのお礼を言って彼女を送り返す。


 エノラが家の中に入っていったことを確認すると、三人は手近な椅子に座り込んで一斉にため息をついた。
 テーブルの上に籠を置いたまま、揃って1分ほどぼーっとする。最初に動き出したのはヴァージルだった。

「……さっきミリーの荷物引き上げてきたときに果実水も買ってきたんだ。ちょっと早いけどなんか疲れたし、お昼にしちゃおうか」
「ヴァージルってこういうこと本当に気が利くわね。ありがとう、コップ……はまだないからビーカーでいいや」
「ビーカーで果実水を飲むなァー!」

 数だけは揃っているビーカーにカモミールが手を伸ばすと、テオが凄い形相で彼女の手からビーカーを奪っていった。

「ビーカーにはビーカーの領分って物があるんだよ! コップの代わりじゃねえ!」

 自らも道具であるなりのこだわりなのだろう。眉をつり上げて怒るテオの言い分はもっともに聞こえたが、カモミールは眉間に皺を寄せてわずかに悩んだ後、別のビーカーを手に取った。

「いや、私は使う。この形が物を飲むのに向いてるんだから使ってもおかしくない。そもそも先生もフラスコでお茶を淹れてたわ」
「お、おまえら……それでも錬金術師か! 道具に対する敬意はないのか!」
「フラスコでお茶を淹れることと錬金術師であることは関係ありませんー。目の前に道具があり、その道具でできそうなことがあるからやる。何も間違ってないでしょ? 逆に私たちは道具の新たな可能性をそこに見いだしている!」

 カモミールは椅子の上に立ち上がり、果実水を注いだビーカーを掲げた。自信にあふれたその口調に、テオはカモミールを見上げながら「なん……だと?」と声を漏らす。

「新たな道具の可能性……? そ、そうか。型にはまった考え方だけじゃあ新しい物は作れねえ! 俺はそれをずっと見てきたじゃねえか!」
「それとビーカーで飲み物を飲むのとは違うと思うよ」

 カモミールに言いくるめられているテオを面白そうに眺めながら、ヴァージルもビーカーで果実水を飲み始める。

 エノラが差し入れてくれたのは、焼いたパンの間にオムレツを挟んだ物だ。そしてカゴの中には若者三人が昼食にするには十分な量の軽食が詰められていた。
 手を洗ってからカモミールとヴァージルはパンに手を伸ばす。

「あ、美味しい。エノラさん料理上手なのね。ご飯が近くで食べられるの物凄く助かっちゃう」

 オムレツの中には鶏挽肉と野菜を炒めた物が入っていて、そのまま肉と野菜を食べるよりもこぼれにくいように工夫がされている。一口食べてカモミールは笑顔になった。

「……それにしても、エノラおばさんがあんなにパワフルだったなんて……」

 大きく見えない口でバクリとパンにかぶりついて、ヴァージルが少し疲れたような声で呟く。

「酔っ払ったときの先生をちょっと思い出したわ」
「錬金術師たちの中にもああいうノリの奴は時々いたけど、それが自分に向けられるのはまた感じ方が違うぜ……」

 三者三様の感想を言い合い、ふとカモミールは気になりつつも聞きそびれたことを切り出す。

「ヴァージルはエノラさんと知り合いだったの? ヴァージルちゃんってまた凄い呼ばれ方してるのね。私もあっという間にミリーちゃんになったけど」

 サンドイッチは三人分あるが、テオは物珍しそうにしているだけだ。余ったら夕飯に回そうかなとカモミールが考えていると、男性にしては華奢な外見にそぐわず、ヴァージルが涼しい顔でパクパクと食べ進めている。これでは余りが出そうにはない。

「そうだった……ヴァージルって凄い食べるのよね。どこに回ってるの? 贅肉にならないの? 女の敵?」
「代謝がいいだけだよ。――んっ、エノラおばさんというか、隣の息子さんが僕の父さんの昔の友達なんだ。僕も何回かここに遊びに来たことがあってね。あの頃は隣が錬金工房だなんて知らなかったなあ」
「へえー、凄い偶然もあるものね。まあ、そうでもなきゃいきなり『部屋貸してください』『いいわよ』ってことにはならないかあ」
「ヴァージル、おまえよぉ」
「あっ、テオは自分が精霊とか絶対他の人に言わない方がいいよ。それだけで怪しまれてもおかしくないからね」
「お、おう……」

 テオはヴァージルに何か言いたげにしていたが、何故かヴァージルににこりと笑いながら首をかしげられ、つられて首をかしげてため息をついていた。
 男同士ってわからないな――厳密に言うと片方は無性だけど。ふたりを見ながら、カモミールはそんなことを考えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

私が豚令嬢ですけど、なにか? ~豚のように太った侯爵令嬢に転生しましたが、ダイエットに成功して絶世の美少女になりました~

米津
ファンタジー
侯爵令嬢、フローラ・メイ・フォーブズの体はぶくぶくに太っており、その醜い見た目から豚令嬢と呼ばれていた。 そんな彼女は第一王子の誕生日会で盛大にやらかし、羞恥のあまり首吊自殺を図ったのだが……。 あまりにも首の肉が厚かったために自殺できず、さらには死にかけたことで前世の記憶を取り戻した。 そして、 「ダイエットだ! 太った体など許せん!」 フローラの前世は太った体が嫌いな男だった。 必死にダイエットした結果、豚令嬢から精霊のように美しい少女へと変身を遂げた。 最初は誰も彼女が豚令嬢だとは気づかず……。 フローラの今と昔のギャップに周囲は驚く。 さらに、当人は自分の顔が美少女だと自覚せず、無意識にあらゆる人を魅了していく。 男も女も大人も子供も関係なしに、人々は彼女の魅力に惹かれていく。

グライフトゥルム戦記~微笑みの軍師マティアスの救国戦略~

愛山雄町
ファンタジー
 エンデラント大陸最古の王国、グライフトゥルム王国の英雄の一人である、マティアス・フォン・ラウシェンバッハは転生者である。  彼は類い稀なる知力と予知能力を持つと言われるほどの先見性から、“知将マティアス”や“千里眼のマティアス”と呼ばれることになる。  彼は大陸最強の軍事国家ゾルダート帝国や狂信的な宗教国家レヒト法国の侵略に対し、優柔不断な国王や獅子身中の虫である大貴族の有形無形の妨害にあいながらも、旧態依然とした王国軍の近代化を図りつつ、敵国に対して謀略を仕掛け、危機的な状況を回避する。  しかし、宿敵である帝国には軍事と政治の天才が生まれ、更に謎の暗殺者集団“夜(ナハト)”や目的のためなら手段を選ばぬ魔導師集団“真理の探究者”など一筋縄ではいかぬ敵たちが次々と現れる。  そんな敵たちとの死闘に際しても、絶対の自信の表れとも言える余裕の笑みを浮かべながら策を献じたことから、“微笑みの軍師”とも呼ばれていた。  しかし、マティアスは日本での記憶を持った一般人に過ぎなかった。彼は情報分析とプレゼンテーション能力こそ、この世界の人間より優れていたものの、軍事に関する知識は小説や映画などから得たレベルのものしか持っていなかった。  更に彼は生まれつき身体が弱く、武術も魔導の才もないというハンディキャップを抱えていた。また、日本で得た知識を使った技術革新も、世界を崩壊させる危険な技術として封じられてしまう。  彼の代名詞である“微笑み”も単に苦し紛れの策に対する苦笑に過ぎなかった。  マティアスは愛する家族や仲間を守るため、大賢者とその配下の凄腕間者集団の力を借りつつ、優秀な友人たちと力を合わせて強大な敵と戦うことを決意する。  彼は情報の重要性を誰よりも重視し、巧みに情報を利用した謀略で敵を混乱させ、更に戦場では敵の意表を突く戦術を駆使して勝利に貢献していく……。 ■■■  あらすじにある通り、主人公にあるのは日本で得た中途半端な知識のみで、チートに類する卓越した能力はありません。基本的には政略・謀略・軍略といったシリアスな話が主となる予定で、恋愛要素は少なめ、ハーレム要素はもちろんありません。前半は裏方に徹して情報収集や情報操作を行うため、主人公が出てくる戦闘シーンはほとんどありません。 ■■■  小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも掲載しております。

【完結】悪役令嬢に転生しましたが、聞いてた話と違います

おのまとぺ
ファンタジー
ふと気付けば、暗記するほど読み込んだ恋愛小説の世界に転生していた。しかし、成り代わったのは愛されヒロインではなく、悪質な嫌がらせでヒロインを苦しめる悪役令嬢アリシア・ネイブリー。三日後に控える断罪イベントを回避するために逃亡を決意するも、あら…?なんだか話と違う? 次々に舞い込む真実の中で最後に選ぶ選択は? そして、明らかになる“悪役令嬢”アリシアの想いとは? ◆もふもふな魔獣と共に逃避行する話 ◇ご都合主義な設定です ◇実在しないどこかの世界です ◇恋愛はなかなか始まりません ◇設定は作者の頭と同じぐらいゆるゆるなので、もしも穴を見つけたらパンクする前に教えてくださると嬉しいです 📣ファンタジー小説大賞エントリー中 ▼R15(流血などあり)

スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~

白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」 マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。 そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。 だが、この世には例外というものがある。 ストロング家の次女であるアールマティだ。 実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。 そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】 戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。 「仰せのままに」 父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。 「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」 脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。 アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃 ストロング領は大飢饉となっていた。 農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。 主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。 短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

転生したら死にゲーの世界だったので、最初に出会ったNPCに全力で縋ることにしました。

黒蜜きな粉
ファンタジー
『世界を救うために王を目指せ? そんなの絶対にお断りだ!』  ある日めざめたら大好きなゲームの世界にいた。  しかし、転生したのはアクションRPGの中でも、死にゲーと分類されるゲームの世界だった。  死にゲーと呼ばれるほどの過酷な世界で生活していくなんて無理すぎる!  目の前にいた見覚えのあるノンプレイヤーキャラクター(NPC)に必死で縋りついた。 「あなたと一緒に、この世界で平和に暮らしたい!」  死にたくない一心で放った言葉を、NPCはあっさりと受け入れてくれた。  ただし、一緒に暮らす条件として婚約者のふりをしろという。  婚約者のふりをするだけで殺伐とした世界で衣食住の保障がされるならかまわない。  死にゲーが恋愛シミュレーションゲームに変わっただけだ!   ※第17回ファンタジー小説大賞にエントリー中です。  よろしければ投票をしていただけると嬉しいです。  感想、ハートもお待ちしております!

処理中です...