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第三章 煌めきの王子と王宮勤め

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 夕刻、エミリアがようやく目を覚ました頃には、辺りにはもう夜の気配が忍び寄りつつあった。

 これまでは毎日、家と城とを往復していたのだったが、今日ばかりは城に泊まると、家へ伝言を頼む。



 庶民出身の侍女が寝起きする大部屋ではなく、来賓用の客間を特別に一室与えられたエミリアは、一人きりで遅めの夕食を食べたあと、その部屋に入ったが、なかなか寝つけないでいた。

 居間と寝室の二間構成なのだが、天蓋付きの大きな寝台が中央に据え置かれた寝室だけで、エミリアの自室の三倍以上の広さがある。

 慣れない柔らかな寝台の上で、何度も寝返りを打つ。



(フィオナ起きてないかな?)



 左隣の部屋にはフィオナが泊っているはずだが、まったく物音が聞こえないので、わざわざ訪ねていくのはどうかと迷う。



(少し夜風にでも当たってこようかな)



 大きな窓の向こうのバルコニーは、王族用の露台と同じく、広場に面している。

 宮殿の中でも最上階に位置するこの部屋からならば、リンデンの街の全景まで見渡すことができるかもしれない。



(うん、そうしよう……)



 しかし、横並びの全ての部屋と共用になっているその長いバルコニーには、すでに先客がいた。

 こちらには背中を向けて街の様子を眺めているその見慣れた人影に、エミリアは黙ったまま近づき、隣に並んだ。



「もう目が覚めたのか?」



 隣に来たのが誰なのかを確認もせずに、その人影――アウレディオは呟く。



 それを少し嬉しく思いながらも、エミリアは、

「おかげさまで」

 ともったいぶった返事をした。



 眼下に広がる街は闇に包まれていた。

 その所々に蝋燭やランプの明かりに照らされた小さな窓が浮かび上がる。



 ポツリポツリとした光が散らばる街は、まるで夜空のようで、

「綺麗だね」

 と呟いて隣を見たエミリアは、そのままアウレディオの横顔から目が離せなくなった。



(どうしてこんなに、どこにいても何をしてても絵になるんだろう……)



 うす明かりの中、アウレディオは、怪しいくらいに綺麗だった。



淡い色の髪は、日光を浴びている時よりこうして月の光の中のほうが、よりいっそう不思議な色に輝く。

 蒼い瞳も、夜の色が重ねられて、空に輝く星よりも神秘的に煌めく。



(もしもディオが女の子だったなら、いくら幼馴染でも、隣に並ぶのはかなり辛かったと思うんだよね……)



 しみじみと頷くエミリアに向かって、アウレディオはふいに語りかけた。



「本当はこの間、リリーナに聞いたんだ。さっき王子が言ってた時間を止めるとかって話……あれって『天使の時間泥棒』って言うんだってさ」

「え? ……お母さん? はぁっ!? 『天使の時間泥棒』???」



 あまりの驚きに、エミリアは開いた口が塞がらなかった。

 そんな表情を見てアウレディオは、瞳を細めて薄く笑う。



「そう。特別に気持ちをこめて大声を出すことで、しばらくの間、時間を止められるんだそうだ。自分と誰かのために……ある程度の天使だったら誰でもできることだって……」

「ちょ、ちょっと待って。でも私、天使じゃなくて人間だよ……?」



 エミリアの驚きは止まらない。



「リリーナが天使だったら、お前だって半分天使だろ?」



 アウレディオに指摘されて、エミリアは初めてその事実に気がついた。



「そっか。そうなるのか……!」



 なんとも現実感がない。

 急にそんなことを言われても、外見がああな母はともかく、自分のこととしては考えられなかった。



 しかし先日の式典での出来事も、エミリアが天使の力を使ったのだとするならば、全て説明がつくのだ。

 これまで「こうだ」と思っていた自分という人間が、根本から覆されていくような気がして、エミリアは眩暈を感じた。



「大丈夫か?」



 心配げにアウレディオが尋ねるので、この際、近くに一つだけあった椅子に、優先的に座らせてもらうことにする。



「大丈夫……だと思うわ……」



 微妙な返事にアウレディオが笑った。



「なんだよ、それ」



 そのいつもと変わらない声に、大きく動揺していたはずの気持ちがなぜだか落ち着いていくから不思議だ。

 エミリアはさっきから考えていたことを、口にしてみた。



「ディオは知ってたんでしょ? 私の変な能力のこと……」

「何?『天使の時間泥棒』ってやつ?」



 わざと茶化した言い方をするアウレディオは、子供の頃のような無邪気な顔をしている。

 つられたようにエミリアの表情も緩んだ。

 笑顔のアウレディオに向かって、にっこりと頷く。



 その途端、アウレディオはなぜか少し不機嫌になった。



「やっぱり……お前、覚えてないのか?」

「何を?」



 そのあまりに急激な表情の変化に、エミリアはまったく心当たりがない。



 悪気なく聞き返したエミリアの顔を見ながら、小さくため息をつくと、アウレディオはくるりと背中を向けた。

 そしてうしろ姿のまま、ひとり言のように呟く。



「俺もお前に作ってもらったことがあるんだよ。俺だけのための時間……」

「へ?」



 その返答があまりにも意外すぎて、エミリアは自分でもかなり間抜けな声が出たと思った。



 アウレディオはもう一度ため息を吐くと、かなり投げやりに言い放った。



「学校を卒業する時の、騎士団の特別講習。騎士見習いを選別するための模擬試合」



 エミリアは今も脳裏にくっきりと焼きついているその場面を思い出して、

「ああああっ!」

 と大声で叫んだ。
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