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第四章 錆色の迷宮
47:通学電車3
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「ねえねえ……いつもこの電車に乗ってるよね? 高校生?」
真っ暗な窓に映る紅君の姿をぼんやりと眺めていた私に、ふいに声をかけてくる人がいた。
大学生くらいだろうか。
長めの髪で耳にピアスをいっぱいつけた、派手な服装の男だった。
(嫌だな……)
返事をしないでいると、ますます近づいてくる。
「街に毎日通ってんの? 今度一緒に遊びに行かない? いい店知ってるよ?」
黙ったまま首を横に振ると、馴れ馴れしく隣に座ろうとした。
「えー? いいじゃない……」
でも私の隣には、それより先に別の人が座った。
肩が触れるほどすぐ近くに腰を下ろされ、茶色い髪が視界の隅に映り、私は心臓が止まるかと思った。
(紅君!)
紅君は私の肩へ腕をまわしながら、目の前に立つ男を見上げた。
「いくら誘ったって無駄ですよ?」
痛いくらいの力強さでぐっと近くにひき寄せられ、息が止まる。
「なんだよ……男連れかよ……」
舌を鳴らして去って行くその人の何倍も、おそらく私のほうが驚いていた。
(紅君……?)
とまどいながら見上げた彼の顔は、とても近い位置にある。
困ったように眉根を寄せている、綺麗な横顔。
緊張で心臓が止まってしまいそうだった。
「明日からしばらく電車の時間を変えよう……もう一本遅くなっても平気?」
問いかけに深く考えず一瞬頷いてから、私ははっと我に返った。
「紅君が私にあわせる必要はないよ! 私は一本遅らせるから、紅君は気にしないで!」
「なんで? そっちこそ気にしなくていいよ。俺は兄さんに頼まれてるんだから……」
ズキリと胸が痛み、舞い上がっていた心が一気に現実へひき戻された。
(そっか……蒼ちゃんに頼まれたから助けてくれたんだ……)
嬉しいのに悲しい。
自分でも困惑するほど、私の感情は複雑すぎる。
「俺だって、他の奴が隣に座ってるところなんて見たくないし……」
「紅君……?」
彼はいつも、ふいに思いもかけないようなことを言うので、余計にわけがわからなくなる。
肩を抱いていた腕を下ろし、少し距離を置いて座り直した紅君は、私にもう一度顔を向けた。
「その呼び方……」
指摘されて、はっとする。
いつの間にか私は、彼を昔のままに『紅君』と呼んでいた。
再会してからはずっと『紅也君』で通していたのに――。
(馬鹿だ! なにやってるんだろう、私!)
慌てて言い訳を探そうとする私に、紅君は真顔で呟いた。
「俺には記憶がないから、お前は『紅也』だよって言われても、なんだかピンとこなくて……」
「紅君……?」
突然飛躍した話に首を傾げ、また無意識に彼を昔の呼び名で呼んでしまい、私は両手で自分の口を塞ぐ。
紅君が思いがけず笑顔を見せた。
「いいよ。そのままでいい。そんなふうに呼ばれて……初めて自分は『紅也』なんだって実感した。不思議だ……なんだか納得がいった」
小さなものではあったが、昔の彼を思い出させるような笑顔に、また微かに胸が痛んだ。
(そうだよ! あなたはまちがいなく紅君なんだよ!)
口に出して言えない言葉を、心の中だけで叫ぶ。
「だからいいよ……これからもそんなふうに呼んで……そして兄さんが一緒にいれないところでは、ボディーガードに使って……ね?」
蒼ちゃんの冗談を、紅君は純粋に実行しようとしている。
似ているようで似ていない、似ていないようで似ている兄弟の共通点は、優しいこと。
園長先生の言葉を借りるならば、『自分が辛い思いをしたことがある』人間だから、相手にもとても優しくできること。
自分にはもったいない申し出に、私はいつも蒼ちゃんにそうしているように「ごめんね」と謝りはせず、本音のままに頭を下げた。
「ありがとう……」
(守ってくれて、そんなふうに言ってくれて、笑いかけてくれて、本当に本当に――)
「ありがとう」
くり返す私に紅君の笑顔は大きくなる。
いつか蒼ちゃんや昔の紅君にも負けない満面の笑みになるのではないかと思うほどの鮮やかな笑顔が、胸に痛くて眩しかった。
真っ暗な窓に映る紅君の姿をぼんやりと眺めていた私に、ふいに声をかけてくる人がいた。
大学生くらいだろうか。
長めの髪で耳にピアスをいっぱいつけた、派手な服装の男だった。
(嫌だな……)
返事をしないでいると、ますます近づいてくる。
「街に毎日通ってんの? 今度一緒に遊びに行かない? いい店知ってるよ?」
黙ったまま首を横に振ると、馴れ馴れしく隣に座ろうとした。
「えー? いいじゃない……」
でも私の隣には、それより先に別の人が座った。
肩が触れるほどすぐ近くに腰を下ろされ、茶色い髪が視界の隅に映り、私は心臓が止まるかと思った。
(紅君!)
紅君は私の肩へ腕をまわしながら、目の前に立つ男を見上げた。
「いくら誘ったって無駄ですよ?」
痛いくらいの力強さでぐっと近くにひき寄せられ、息が止まる。
「なんだよ……男連れかよ……」
舌を鳴らして去って行くその人の何倍も、おそらく私のほうが驚いていた。
(紅君……?)
とまどいながら見上げた彼の顔は、とても近い位置にある。
困ったように眉根を寄せている、綺麗な横顔。
緊張で心臓が止まってしまいそうだった。
「明日からしばらく電車の時間を変えよう……もう一本遅くなっても平気?」
問いかけに深く考えず一瞬頷いてから、私ははっと我に返った。
「紅君が私にあわせる必要はないよ! 私は一本遅らせるから、紅君は気にしないで!」
「なんで? そっちこそ気にしなくていいよ。俺は兄さんに頼まれてるんだから……」
ズキリと胸が痛み、舞い上がっていた心が一気に現実へひき戻された。
(そっか……蒼ちゃんに頼まれたから助けてくれたんだ……)
嬉しいのに悲しい。
自分でも困惑するほど、私の感情は複雑すぎる。
「俺だって、他の奴が隣に座ってるところなんて見たくないし……」
「紅君……?」
彼はいつも、ふいに思いもかけないようなことを言うので、余計にわけがわからなくなる。
肩を抱いていた腕を下ろし、少し距離を置いて座り直した紅君は、私にもう一度顔を向けた。
「その呼び方……」
指摘されて、はっとする。
いつの間にか私は、彼を昔のままに『紅君』と呼んでいた。
再会してからはずっと『紅也君』で通していたのに――。
(馬鹿だ! なにやってるんだろう、私!)
慌てて言い訳を探そうとする私に、紅君は真顔で呟いた。
「俺には記憶がないから、お前は『紅也』だよって言われても、なんだかピンとこなくて……」
「紅君……?」
突然飛躍した話に首を傾げ、また無意識に彼を昔の呼び名で呼んでしまい、私は両手で自分の口を塞ぐ。
紅君が思いがけず笑顔を見せた。
「いいよ。そのままでいい。そんなふうに呼ばれて……初めて自分は『紅也』なんだって実感した。不思議だ……なんだか納得がいった」
小さなものではあったが、昔の彼を思い出させるような笑顔に、また微かに胸が痛んだ。
(そうだよ! あなたはまちがいなく紅君なんだよ!)
口に出して言えない言葉を、心の中だけで叫ぶ。
「だからいいよ……これからもそんなふうに呼んで……そして兄さんが一緒にいれないところでは、ボディーガードに使って……ね?」
蒼ちゃんの冗談を、紅君は純粋に実行しようとしている。
似ているようで似ていない、似ていないようで似ている兄弟の共通点は、優しいこと。
園長先生の言葉を借りるならば、『自分が辛い思いをしたことがある』人間だから、相手にもとても優しくできること。
自分にはもったいない申し出に、私はいつも蒼ちゃんにそうしているように「ごめんね」と謝りはせず、本音のままに頭を下げた。
「ありがとう……」
(守ってくれて、そんなふうに言ってくれて、笑いかけてくれて、本当に本当に――)
「ありがとう」
くり返す私に紅君の笑顔は大きくなる。
いつか蒼ちゃんや昔の紅君にも負けない満面の笑みになるのではないかと思うほどの鮮やかな笑顔が、胸に痛くて眩しかった。
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