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第一章 桜色の初恋

1:さし伸べられた手1

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千紗ちさちゃんって、どうして夏の暑い時も長袖の服を着ているの?』

 私に初めてそう質問したのは、小学三年生の頃に仲がよかった真澄ちゃんだっただろうか。
 それとも、四年生の頃に一緒にいることの多かった結衣ちゃんだろうか。
 いずれにせよ、私が正直には答えず、曖昧にごまかしたことだけは確かだ。

『別に……この服が好きだから……』
『ふーん』

 学年が変わるごとに行動を共にする相手も変わる私に、それ以上しつこく訊いてくるような『友人』などいなかった。
 だからかまわず、一年を通して同じ服を着続けた。

「よーし、それじゃ今日の終わりのあいさつをするぞー」

 担任が教卓の前で大きく叫ぶので、私は袖丈の短くなりつつあるブラウスを、懸命にひっぱって細い腕を隠す。
 そこには強く掴まれてしまったことで、できた痣がある。
 今でさえ少ない私に話しかけてくれるクラスメートが、これ以上減らないよう、他の子たちとは違う部分を必死に隠そうというのは、自己防衛本能だ。

「それではみなさん、さようなら。また明日」
「さよならー」

 担任のあいさつに元気に答え、みんなは誘いあって教室を出ていく。

「りーちゃん、帰ろう!」
「サッカーするやつ、校庭に集合!」
「はーい」
「行くぞ、おい!」

 にぎやかな声が次第に少なくなる中、わざとのろのろと帰るしたくをして席を立つのは、私が誰からも声をかけられないことに、担任が気づかないためだ。
 そうでなければ『長岡さんは一人で帰るの?』なんて、よけいな気を遣わせてしまう。
 教科書やノートでずしりと重くなったランドセルを背負い、ふと目を向けた窓の向こうは、眩いほどのオレンジ色の空だった。

「紅也ーそっち行ったぞー」
「祐樹! 待てって、わあっ!」

 さっき教室を走り出ていった同じクラスの男の子たちが、もうサッカーをしている声が聞こえる。
 窓からのぞいてみた、夕焼けの中で楽しそうに笑いあっている姿は、まるで私とは別の世界で生きているかのようで、まぶしすぎて視線を逸らした。

 重い足をひきずるようにして、私が一人で帰るのは、川沿いに長く続く土手の道。
 川の向こうでは、母の働く製鉄工場が、今日も高い煙突から黒煙をもうもうと吐き出している。

 ランドセルの肩ベルトを両手でぎゅっと掴み直し、私は歩く速度を速めた。
 母が疲れて帰ってくるまでに、夕飯のしたくをすませておきたい。
 そして「お帰りなさい」と笑顔で出迎えたい。
 その一心で、歩き続ける。
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