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第三章 文化祭

8.非常階段の後夜祭

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「きゃあああ!! 古賀せんぱーい! すっごくかっこ良かったですー!!」

 舞台のあと。
 衣装のまま控え室になってる体育準備室までの道のりを急いでいた夏姫は、あっという間に下級生の女の子たちにとり囲まれた。

 夏姫に女の子ばかりで編成された親衛隊があることは知っていたが、実際に目にしたのは初めてで、その勢いにも人数にも、私は軽く引く。

「ありがとう。みんな見てくれてありがとうね」

 爽やかこの上ない笑顔で女の子たちを見回す夏姫は慣れたもので、なんだか本物のスターのようだ。

「足! 足はもう大丈夫ですか?」

 ファンに問いかけられれば、「うん大丈夫だよ」と笑顔で応える様子も堂に入っている。
 思わず私までポッと頬染めてその光景に見入ってしまったが、それではいけなかったのだと、ハッとした。

「本当は、長い間立ってるのもあまり良くないんだ……本人がどうしてもって言うから劇には出てもらったけど……相当無理してるだろうから、出番が終わったらすぐに休ませてあげて」

 そっと耳打ちされた貴人からの指令を思い出す。

「あ、あの……みんな……そろそろ……」

 おずおずと夏姫の退場を主張しようとしてみるが、飛び交う黄色い声にかき消されて、誰も私の言葉なんか耳に届いていない。

「ちょっとっ……聞いて……!」

 大声には自信があったつもりだったが、平均的女子高生以下の身長しかない私じゃ、ここにいること自体、ひょっとしたら大方の子が気づいていないのかもしれない。

 笑顔ではあるが明らかに疲れた様子の夏姫が気になって、女の子の山をかき分けて私が前に進み始めた時、はるか頭の上から穏やかな声がした。

「ごめん。夏姫も疲れただろうから、ちょっと休ませてあげてくれないかな……?」

 いつもと同じ声なのに、ついさっきまで舞台の上にいたものだから、こんな場所でも玲二君の声はよく響いて、みんなの耳にもしっかりと届く。

「みんな後夜祭まで夏姫と一緒に楽しみたいだろ? だったら……ね?」

 自然と人垣が割れて、玲二君の前に進むべき道ができた。
 その道は夏姫の所まで真っ直ぐに続いていて、彼はあっという間に夏姫の真正面にたどり着く。

 玲二君が向かい合って立つと、夏姫は即座にプンと顔を背けた。

「余計なお世話よ!」

 そんな反応なんてまるで気にした様子もなく、玲二君はちょっと身を屈めて、すぐに夏姫を両腕に抱え上げる。
「ちょっと! 玲二!」

 夏姫が足を痛めたあの時と同じように、お姫様抱っこのまま、玲二君はその場から退場し始めた。

 抗議の声一つ上げずに二人を見送っている親衛隊の子たちの目が告げている。
「うん! あの人にだったら古賀先輩を託してもいい……!」と――。

(……やっぱり夏姫が羨ましい……いいなあ……)

 感動にも似た憧れを感じながら、私も遠くなって行く二人の姿を、黙ったまま見送った。
 


 
「中学を卒業する直前に足を痛めて、自分は陸上はできなくなったけど、夏姫にはずっと続けて欲しいから……なんて! そんなこと、これまで一言だって言わなかったくせに!」

 外はすっかり暗くなったというのに、明かりが燦々と輝く体育館。
 片隅に置かれたパイプ椅子に腰掛けながら、夏姫はぷうっと頬を膨らませた。

 視線の先を辿れば、劇で使った王子の扮装そのままに、あちらこちらと走り回っている玲二君の姿が見える。

「まあ、だけど……今回はそれを実際に行動で示したわけだろ? 普段は口下手だけど、いざとなったら譲れないところは頑として譲らない……ずい分男気のある奴だったんだと、私は感心したぞ……?」

 珍しく、絶賛と言ってもいいくらい彼のひととなりを褒める繭香と、まだ膨れっ面の夏姫に挟まれて、私は座っている。

 時刻は夕方。
 もうすぐ全校生徒お待ちかねのダンスタイムが始まるため、みんなパートナー探しに余念がないというのに、救護席と銘打った席に私が座っているのは、けっしてダンスの相手がいないからではない。

「せっかくだけど今日は見学だけにしておきなさい」と保健の先生からドクターストップがかかった繭香と夏姫に、付き添っているのだ。
 ちなみに、可憐さんはトレジャーハントの副賞として早々に連れ去られ、美千瑠ちゃんは体育館の反対側で黒山の人だかりを築いている。

(絶対に、誰も私を誘いに来てくれないからじゃないわよ!)

 自分でも虚しくなるような叫びは、心の中だけに止めておいた。

「あれだけ想われていれば言うことないじゃないか……まったく羨ましい限りだ……」

 口調はともかく、珍しく女の子らしい発想の繭香に、夏姫は大慌てで手を振る。

「ち、違うわよ! 玲二が好きなのは私みたいなんじゃないんだから!」
「夏姫……」

 前から散々思っていたことを、この際私もハッキリと口に出すことにした。
 そもそも奥歯に物が挟まったような言い方なんて、私にこれ以上続けられるものではない。

「あのね、それってきっと違うと思うよ……なんか『かん違い』だと思う……ねえ、いったいどんな状況でそう聞いたの?」

 『かん違い』の部分を強調しながら話すと、繭香が満足げに唇の両端を吊り上げて、同意するように頷いてくれる。

「えーっ……だって……」

 夏姫は軽く眉間に皺を寄せながら、人差し指を額に当てた。
 しばらくしてから、どこか遠い所を見るように目を眇めながら、一言一言やけにきっぱりと言い切ることには――。

「中学の時。市の記録会で競技場に行った時、ろくに顔も知らない他校生に呼び出されて、『好き』だの『つきあってくれ』だの言われたから、腹が立って私の理想のタイプをまくし立てた。そしたら、偶然そこに玲二が通りかかって……口から出まかせを聞かれたのが恥ずかしくって、『勝手に聞いたんだから、あんたのタイプも教えなさいよ!』って詰め寄ったら、答えてくれた。それが『大人しくって行儀のいいお嬢さま』……どう? これってまちがいないでしょ?」

 自信満々な夏姫には悪いが、私は軽く眩暈を感じた。

「いや……それって、きっと嘘だわ……」
「嘘おっ? なんで?」

 あきらかに、夏姫と同じように口から出まかせでしょうとか。
 夏姫が自分と全然違うタイプを並べたから、玲二君だって意地になったんでしょうとか。

(答えを言っちゃうのは簡単だけど……これって私が言ってしまっていいのかなあ……? だって『玲二君ってその頃からすでに夏姫を好きだったんじゃない?』なんて言ってるようなものじゃない……?)

 この期に及んで思案する私の目の前で、夏姫がその時、何の前触れも無くいきなりすっくと立ち上がった。

「玲二……!」

 思わず漏れた小さな悲鳴に、夏姫の視線の先をたどってみれば、何人かの女の子にとり囲まれた玲二君の姿が見える。
 頬を赤く染めた女の子たちの様子と、あきらかにとまどった玲二君の表情を見れば、このあとのダンスに誘われているらしいことは一目瞭然だった。

(ま、まさかOKしたりはしないわよね……?)

 玲二君が女の子たちに答えを返すよりも先に、ギョッとして見守る私の視界の隅で、夏姫が動き出した。
 体育館の出口に向かって、痛い足をちょっと引きながら駆け出す。

「ちょ……ちょっと! 今、走ったりしたらダメだよ。夏姫!」

 私が叫ぶのよりも、あまり早くはない足であとを追うのよりも、玲二君が私たちの所に走って来るほうが速かった。
 ずっとずっと速かった。

 夏姫がスピードを上げる前に、あっという間に腕をつかんで引き止めて、これ以上逃げられないように両腕に抱え上げてしまう。
 あまりにも軽々と。

「下ろせ! 下ろせっ!! 玲二のバカ!」
「うん。俺はバカでもいいけど……今は走ったらダメだよ夏姫。絶対に走らないって誓うんだったら下ろす。でも誓えないんなら下ろさない。ずっと下ろさない」
「なっ! バカッ!」
「うん……バカでも構わない……」

 体育館にいるかなりの人間が、二人の動向を固唾を飲んで見守っていた。
 もちろん、自分たちのことで一生懸命な人たちもいるにはいるが、まるで今日の『HEAVEN』の舞台を再現するかのような夏姫と玲二君のやりとりに、みんなが大注目している。

「……しんないっ……」
「……ん?」
「走んないわよ! だから下ろして、バカ玲二!」
「うん。わかった」

 真っ赤になった夏姫を玲二君が体育館の床に下ろした瞬間、体育館の床を揺るがすような地響きが起こった。

「うおおおおっ!」という大歓声が、体育館のあちこちから沸き起こったのだ。
 中には大喝采を送っている人たちもいる。 
 さっき玲二君を囲んでいた女の子たちだって、ちょっと羨ましそうにではあるが、夏姫と玲二君に向かってパチパチと手を叩き始めた。

「……え? ……え? なに……?」

 まるでこの状態にたった今気がついたかのように、玲二君はキョトンと目を瞬かせている。
 いや。
 ひょっとすると本当に、今初めて自分たちがこんなに大注目されていたことに気がついたのかもしれない。
 その証拠に、さっきまでの男らしい彼はどこへやら、真っ赤になってオロオロしてしまっている。

「なんだか、いつもの玲二君に戻った……?」

 私の呟きには、繭香がしっかりと答えを返す。

「どうやらそのようだな……今の今まで多分夏姫のことしか見えてなかったぞ……だとしたら相当のものだ……!」

 どこか笑みを含んだ物言いに、私は繭香のほうに視線を向けて一緒に笑った。

「すごいね! 本当に羨ましいや、夏姫!」
「…………だな」

 繭香も大きな瞳を和ませて微笑み返してくれた。

 その瞬間、私たちの背後でこの上なく魅惑的な声が響いた。

「何が羨ましいの?」

 ドキリと心臓が跳ねる。
 それはきっと繭香だって同じだろう。
 ふり返る前から、その人が誰なのかはわかる。
 わかりすぎるほどにわかる。

 ふり返って見て見れば、私と繭香のパイプ椅子のうしろには、やっぱりいつの間にか貴人が立っていた。

「夏姫と玲二君! ……いいなあって、そう思ったの……!」

 心に思ったままを素直に言葉にすれば、貴人も私に負けないくらいの笑顔を返してくれる。

「お望みとあれば、いつだって俺が琴美にもお姫様扱いくらいはできるよ?」
「馬鹿者! 好きな相手にやってもらうからいいんじゃないか! ……そんなもの……勝手に大安売りするな!」

 繭香の叱責にも、貴人の笑顔は崩れない。

「……俺じゃダメなの? 琴美……?」

 どうしようもないくらい焦った。
 花が綻ぶような貴人の笑顔は、まちがいなく本物の笑顔だ。
 なんでこんな顔で、私にこういう質問ができるんだろう。

(それはやっぱり……冗談だから……だよね?)

 そう思えば胸が痛む私も、確かにどこかにいる。
 だからと言って繭香の手前、『ううん。貴人でいい』なんてことは、口が裂けても言えない。

(どうしよう……なんて答えよう……?)

 本気で困る私の頭上に、バサッと黒い布のような物がかけられた。

「これ持ってろ! あとで取りに来るから絶対に死守しろよ!」

 視界を奪われた私の耳に聞こえてきたのは諒の声。
 それもかなり切羽詰って焦ったものだった。

 頭に被せられた物を取って見てみれば、諒が今日朝からずっと身に付けていたマント。
 確か、昨日行なわれた我が二年一組の舞台発表で、見事『星誠学園初代クイズ王』に輝いた諒が、副賞に貰ったもの――これを持っていれば学食一ヶ月無料の権利付き――だった。

「ちょ、ちょっと諒! なんなのよ! これ……! どうすんの?」

 体育館の入り口から走り出て行こうとしている諒を追いかけているのは、我がクラスの一部の女子と、大勢の男子だ。

「待ってぇ勝浦君! そうじゃないの! そうじゃないのよ! 私たちはただ……ダンスを!!」

 斎藤さんをはじめとする女の子たちの悲痛な叫びを聞けば、彼女たちのお目当てはこのマントではなく諒本人なのは一目同然だし。

「待てよ諒! なぁ……ちょっとくらいいいだろ!」

 カラカラと笑いながら諒の名前を呼ぶ男子たちは、きっとこのマントを諒から奪うことが目的なのだろう。

 私は焦って、彼らの目に付かないようにマントをグルグルと畳んだ。

「自分とマント。二手にわかれて逃げるという作戦だな。なかなかいい手だが……遅い……もう気づいている奴がすでにいる……!」

 繭香のどこか愉快そうな声にふり返って見てみれば、私の現在の天敵とも言える奴とバチリと目があった。

「か、柏木っ!」

 一歩ずつこちらに近付いて来る気配を感じて、急いで椅子から立ち上がり踵を返す。

「なんで? なんで私が?」

 脱兎の如く私が逃げ出した背後では、貴人が大声で笑い出した声が聞こえた。
 そのいつも通りの大笑いにちょっとだけホッとした。

 結局、貴人の問いに答えを返さなくて済んだ。
 私の本心は、うやむやになったことになる。

(これって諒のおかげだ……おかげで貴人とも繭香とも気まずくならずに済んだ……でも……さすがにこれはないんじゃない?)

 鬼気迫る表情で追って来る柏木の姿を見て、思わず悲鳴を上げる。

「きゃああああ!!」

 華やかなダンスの音楽が流れ始めた体育館をあとにして、私は諒のマントをつかんだまま、真っ暗になった校舎に駆け戻った。
 
 


「だいたいなんで私がこんな目にあわなきゃならないのよ……! そりゃあ一緒に踊りましょうなんて約束してた相手がいなかったのは不幸中の幸いだったけど……ひょっとしたらなかなか言い出せない人だっていたかもしれないし……あそこに一人でいたら、本命と踊り終わった人が声をかけてくれたかもしれないじゃない……?」

 考えれば考えるだけなんだか虚しくなって来ることを、小さな声でブツブツと呟く。

「それに……繭香が先に踊ったあとだったら、私だってなんにも考えずに貴人の手を取れたんだから……!」

 一度は諒の行動によって、窮地から救われたと感謝した。
 だけどよくよく考えてみれば、私が貴人と踊れる僅かな可能性まで、これでなくなった事になるのだ。
 そのことに思い当って、だんだん腹が立ってきた。

「しかもあのバカ! どこまで逃げたのよ……私はいったいいつまでこんな所に隠れてなきゃならないの……?」

 真っ暗闇の中でひとり座りこんでいると、やっぱりだんだん恐くなってくる。

 二年一組の廊下の奥の扉から出た非常階段。
 私のいつもの隠れ場所は、体育館からそう遠くはなかったが、すぐに戻れるほど近くもなかった。
 楽しそうな笑い声と軽快な音楽だけはしっかりと聞こえてくるから、余計に惨めな気持ちになる。

「諒のバカ……!」

 不安のあまり滲む視界をごまかすために、膝頭に瞼を押しつけた時、背後でギイッと扉の開く音がした。

「なんだよ……やっぱりここか……」

 疲れ切ったような諒の声に、思いっきり文句を言ってやろうとふり返ったけれどできなかった。
 他の人では気がつかないかもしれないこの場所を、ちゃんと探しに来てくれたことが、不覚にも嬉しかった。
 しかも――。

「まったくワンパターンな奴だな……よく見つからなかったもんだ……」

 口調の割にかなり優しい顔で、小さく笑いながら見下ろされるからドキリとする。
 月の光を背に受けながら汗ばんだ前髪をかきあげている諒は、いつも以上に可愛かった。

「なんだよ……?」

 訝しげに尋ねられるから、慌ててそっぽを向く。

「別に……! 誰かさんのせいで、ダンスパーティーに参加できなかったなぁって、悲しくなってただけ……!」

 途端、諒の声が険しくなった。

「悪かったな」

 (ああ、またやってしまった!)と内心ため息をつく。
 私がわざわざ突っかかるような言い方をしなければ、諒だってこんなに態度を硬化させたりしないんだろうに、もうどうしようもない。

 いいかげんわかっているのだが、止められない。
 長年染み付いた悪意のこもった口の聞き方は、最近は諒の事を見直しつつあるからといって、そう簡単に改められるものではない。
 返事をしたらまた悪態になってしまいそうだったので、私はもう黙り込むことにした。
 膝を抱えたまま再び諒に背中を向けると、体育館から軽快な音楽が聞こえてくる。

「おい……」

 諒が呼びかけてくるけれど返事しない。

(もう、放っておいてよ……半分八つ当たりだってことは自分でもわかってるんだから……)

 ふてくされ気味に心の中でだけ考えていたって、相手に伝わるものではない。
 ましてや諒は、根本のところで私を誤解している。

「悪かったって言ってるだろ……なんだよ……そんなに貴人と踊りたかったのかよ……」
「………………!!」

 もう言い返さないでおこうと思っていたのに、やっぱりふり向いてしまった。

「別に『貴人と』とも、『踊りたい』とも言ってないでしょ! ただ私は、みんなが楽しそうにしてる様子を見ていたいの! ちょっと夏姫のことは羨ましかったけど……あんなふうに誰かを想って、その人からも想われることができたら、きっと幸せなんだろうなあって……そう思ったけど……!」

 これ以上ないほど強い口調で反論しながら、自分で気がついた。

 想ったり、想われたり。
 その方向と比重が上手くいかなかった苦しい恋をやっぱり私はひきずっている。
 もう平気だっていつもは思っているけれど、やっぱり心のどこかにひっかかっている。

 あの体育館のどこかで、きっと手を取りあってる渉と佳世ちゃんの姿を、目にする前にここに逃げて来れたのは、今考えるとラッキーだったのかもしれない。

 目に涙まで浮かべて熱く語った私に、諒は何も言葉を返さなかった。
 キッと睨むような視線で、いつまでも真っ直ぐに私の顔を見下ろしていた。
 そして不意に、黒いマントを抱きかかえていた私の腕を掴む。

「じゃあ帰るぞ……」

 思いがけないほどの力でひっぱりり上げられるからビックリする。

「あの場所にいたいんだったら、そうすればいい。俺はダンスなんて絶対しないし、お前と想いあってるなんてことも絶対ないけど、体育館の隅っこで高見の見物するのにはつきあってやるよ……貴人が女の子に囲まれてる所とか、他にも見たくない奴なんかがいたら、その時はちゃんとお前に喧嘩を売ってやるし……いつもの勢いで俺に文句言ってたら、いろんなこと気にしてる暇もないだろ……?」

 あっという間に立ち上がらされて、諒に手を引かれて歩かされながら、思いがけない提案をされる。
 目の前を歩く塗れたような黒髪を、私は驚愕の思いで見つめた。

「な、なんで……?」

 あとに続く「あんたがそんなことしてくれるのよ?」という棘だらけの言葉は飲みこんで正解だったと思う。
 諒はちょっとふり返って、まるで小悪魔のように魅惑的に瞳を輝かせた。

「決まってるだろ。俺がお前の『単なるクラスメート』で『生徒会関係の知りあい』だからだよ」

 絶句した私の顔を見て、ひどく満足そうに笑った顔から目が離せなかった。

 いつの間にか握っていた私の手を、ギュッと強く掴んで、「行くぞ」と駆け出す諒にそのままついて行く自分が、自分でも意外なくらい自然だった。
 
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