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5 知らない日常

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 実際に上之社まで一旦登って崖から転げ落ちるより、その道を進んだほうが、目的の場所へたどり着くまで半分の時間ほどしかかからなかった。
 もっとも崖を落ちたあとは、私はいつも気を失い、起きるまでどれだけかかっているのかはわからないので、正確なところは不明だが――。

 ともあれ、沈み始めた太陽が、遠くの山の稜線の向こうへ、完全に姿を消してしまわないうちに、なんとか『うてな』へたどり着くことができた。
 その時間に行くことには、おそらく意味があるのだ。
 ハナちゃんも「夕暮れ時に、その『うてな』へ行ったら」と話していた。

 昼と夜の境目。
 人と、人ならざるものが交わる時間。
 異なる世界が交錯する時刻――。

 その特別な時に起きた不思議な現象に関する伝承ならば、この町に関してではないが、私もいくつか耳にしたことがある。

(神隠しとか……もう死んだ人に会ったとか……私のこれも、『もう死んだ人に会った』ってことになるのかな?)

 それにしては、椿ちゃんも誠さんも、今この時を生きているかのようにリアルだった。
 確かに今になって思い返してみれば、少し時代が古いのではないかという考え方や、事象もあったが、この町ではそうなのだろうと、都会とそうではない場所の地域差のように私は受け止めていた。

 二人が抱えていた問題も、私たちくらいの年齢の者がもっとも関心を大きくしている恋愛問題で、だからこそ私は、そこに本当はかなりの時間差があったなど、こうなるまでまったく気がつかなかった。

(本当に、また会えるかな……?)

 少しの不安と、大きな期待を抱えて、私はその場所へ足を踏み入れる。
 最後の草をかきわけて前へ進むと、目が眩むほどの夕焼けに迎えられた。
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