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5 知らない日常
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父はおそらく椿ちゃんと誠さんの息子だった。
だとすれば私は、二人の孫娘に当たる。
父があれほど『成宮』に過敏に反応していたことにも説明がつく。
父は『青井』姓を名乗っているが、それは母と結婚する時改姓したのを、離婚後も使っているのだとは私も知っていた。
(きっと何かの理由で『成宮』を離れたんだ……)
その理由が何なのかは、今は確かめることができない。
椿ちゃんと誠さんが結婚しておらず、父という人間が存在しないからだ。
私は『長倉和奏』で、長倉さんと母の娘だ。
この髪振町には、縁もゆかりもない。
それなのに、夏祭りで事故に遭い、突然連絡が来たので、母はあれほど驚いていたのだとようやく理解できた。
(そうか……そういうことか……)
理解はできたが、しかし納得はいかない。
なぜなら私だけは、椿ちゃんと誠さんが結婚し、父が存在する現実を知っているからだ。
(どちらが正しくて、どちらがまちがっているかなんて、私にはわからない……でも私は、やっぱりお父さんの娘で……椿ちゃんにも誠さんにも幸せになってほしい……!)
縋るように掴もうとした胸もとには、父と一緒に作ったあの思い出のペンダントがなく、私は打ちひしがれる思いだったが、代わりにポケットに、小さな小箱の感触があった。
「あ……!」
急いで出して眺めてみると、赤いリボンをかけられたその箱を、ハナちゃんもじっと見つめる。
「あら、お嬢さまの名前が書いてあるねえ……なんか弁護士先生の字に似ちょる気がするけど……」
綺麗にリボンを掛けられたその箱に頭を下げて、私は丁寧にメッセージカードを抜き取り、リボンを解いた。
真新しい白木の蓋を開けてみると、中には丸いブローチのようなものが入っている。
細かな銀細工が縁を飾り、中央に焼きものが嵌めこまれているそれは、次第に涙で滲んで見えなくなっていった。
(よかった……お父さん……!)
それは、父が私に『祖母の形見』だといって見せてくれた、あの帯留めだった。
それが誠さんから椿ちゃんへのプレゼントとして存在しているということは、私の推測は当たっているということだ。
そして、私がまた父をとり戻せる可能性が残っているということだ。
私の祖父と祖母がいつ亡くなったのはわからないが、昔の人物である椿ちゃんと誠さんに、私が会うことができた理由ならば思い当たるものがある。
(椿ちゃんと初めて会った……あの場所だ!)
もともと私は、髪振神社の上之社を目指して山を登り、足を滑らせてあの場所へ落ちたのだったが、行くことを決意した理由の一つに、ハナちゃんからある話を聞かせてもらったことがあった。
『今の展望台が整備されるよりずっと前に使われちょった、自然の見晴らし台やね……どこにあるのか誰も知らんけど、古い言い伝えがあって……夕暮れ時に、その『うてな』へ行ったら、『いろんなもの』が見れるんじゃそうだ……『いろんなところ』へ行けると言う人もおる』
(『うてな』か……)
椿ちゃんや誠さんと会ったあの不思議な場所が、本当にその『うてな』なのかは不明だが、他に手がかりはない。
窓の外で夕日が傾きかけているのを見て、行くのならば早いほうがいいだろうと、私はハナちゃんに向き直った。
「ハナちゃん……私、もう行くね」
ハナちゃんは、私を不法侵入者扱いすることはもうなかったが、代わりにとても寂しそうに肩を落とした。
「そうかい。ひさしぶりに懐かしい話ができて嬉しかったけど、いつまでもひき止めるわけにはいかんもんねぇ」
つぶらな瞳を何度もぱちぱちと瞬かせて、涙を必死にこらえているようだった。
「みーんなもう、いなくなってしまったけえ……」
いつも小柄な姿が、より一層小さくなったように見え、私は胸が締めつけられる思いだった。
「あんた、またここへ来ることがあるかい? 家と小屋が壊れて崩れてしまわんように、私は時々修繕に来るけど……」
小さな声で訊ねてきたハナちゃんを、私は夢中で抱きしめた。
「絶対に来る! ハナちゃんがもう嫌だって思うほど、顔をあわせることになる未来を約束するし、お父さんにも必ずまた会わせてあげる!」
「何を言っちょるのかちっともわからんねぇ……ほんとうにおかしな子じゃ……」
ハナちゃんはしきりに首を傾げていたが、その表情は嬉しそうだった。
約束を現実のものにするため、私はすぐに山の頂上へ向かうことにした。
だとすれば私は、二人の孫娘に当たる。
父があれほど『成宮』に過敏に反応していたことにも説明がつく。
父は『青井』姓を名乗っているが、それは母と結婚する時改姓したのを、離婚後も使っているのだとは私も知っていた。
(きっと何かの理由で『成宮』を離れたんだ……)
その理由が何なのかは、今は確かめることができない。
椿ちゃんと誠さんが結婚しておらず、父という人間が存在しないからだ。
私は『長倉和奏』で、長倉さんと母の娘だ。
この髪振町には、縁もゆかりもない。
それなのに、夏祭りで事故に遭い、突然連絡が来たので、母はあれほど驚いていたのだとようやく理解できた。
(そうか……そういうことか……)
理解はできたが、しかし納得はいかない。
なぜなら私だけは、椿ちゃんと誠さんが結婚し、父が存在する現実を知っているからだ。
(どちらが正しくて、どちらがまちがっているかなんて、私にはわからない……でも私は、やっぱりお父さんの娘で……椿ちゃんにも誠さんにも幸せになってほしい……!)
縋るように掴もうとした胸もとには、父と一緒に作ったあの思い出のペンダントがなく、私は打ちひしがれる思いだったが、代わりにポケットに、小さな小箱の感触があった。
「あ……!」
急いで出して眺めてみると、赤いリボンをかけられたその箱を、ハナちゃんもじっと見つめる。
「あら、お嬢さまの名前が書いてあるねえ……なんか弁護士先生の字に似ちょる気がするけど……」
綺麗にリボンを掛けられたその箱に頭を下げて、私は丁寧にメッセージカードを抜き取り、リボンを解いた。
真新しい白木の蓋を開けてみると、中には丸いブローチのようなものが入っている。
細かな銀細工が縁を飾り、中央に焼きものが嵌めこまれているそれは、次第に涙で滲んで見えなくなっていった。
(よかった……お父さん……!)
それは、父が私に『祖母の形見』だといって見せてくれた、あの帯留めだった。
それが誠さんから椿ちゃんへのプレゼントとして存在しているということは、私の推測は当たっているということだ。
そして、私がまた父をとり戻せる可能性が残っているということだ。
私の祖父と祖母がいつ亡くなったのはわからないが、昔の人物である椿ちゃんと誠さんに、私が会うことができた理由ならば思い当たるものがある。
(椿ちゃんと初めて会った……あの場所だ!)
もともと私は、髪振神社の上之社を目指して山を登り、足を滑らせてあの場所へ落ちたのだったが、行くことを決意した理由の一つに、ハナちゃんからある話を聞かせてもらったことがあった。
『今の展望台が整備されるよりずっと前に使われちょった、自然の見晴らし台やね……どこにあるのか誰も知らんけど、古い言い伝えがあって……夕暮れ時に、その『うてな』へ行ったら、『いろんなもの』が見れるんじゃそうだ……『いろんなところ』へ行けると言う人もおる』
(『うてな』か……)
椿ちゃんや誠さんと会ったあの不思議な場所が、本当にその『うてな』なのかは不明だが、他に手がかりはない。
窓の外で夕日が傾きかけているのを見て、行くのならば早いほうがいいだろうと、私はハナちゃんに向き直った。
「ハナちゃん……私、もう行くね」
ハナちゃんは、私を不法侵入者扱いすることはもうなかったが、代わりにとても寂しそうに肩を落とした。
「そうかい。ひさしぶりに懐かしい話ができて嬉しかったけど、いつまでもひき止めるわけにはいかんもんねぇ」
つぶらな瞳を何度もぱちぱちと瞬かせて、涙を必死にこらえているようだった。
「みーんなもう、いなくなってしまったけえ……」
いつも小柄な姿が、より一層小さくなったように見え、私は胸が締めつけられる思いだった。
「あんた、またここへ来ることがあるかい? 家と小屋が壊れて崩れてしまわんように、私は時々修繕に来るけど……」
小さな声で訊ねてきたハナちゃんを、私は夢中で抱きしめた。
「絶対に来る! ハナちゃんがもう嫌だって思うほど、顔をあわせることになる未来を約束するし、お父さんにも必ずまた会わせてあげる!」
「何を言っちょるのかちっともわからんねぇ……ほんとうにおかしな子じゃ……」
ハナちゃんはしきりに首を傾げていたが、その表情は嬉しそうだった。
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