上 下
9 / 77
1 山の上のふしぎな場所

しおりを挟む
 山の麓から、父の仕事小屋兼住居へと続く道を登っていると、遠くで人の声が聞こえた。

(珍しい……こんな夜に……)

 昼間でもハナちゃんぐらいしか来ることのない家だが、夜になるとそれもないので、家の外から聞こえてくるのはいつも、鳥の声や虫の声くらいだ。
 静か過ぎていっそ怖いほどだが、真夜中でも常に人の声や車の音が窓の外から聞こえていた都会から来た身としては、憧れていた環境と言えなくもない。
 しかし、夜の人の声となれば、少し話は別だ。

(ちょっと怖いな……)

 警戒しながら道を登り続けるうちに、私はそれが父の声だと気づいた。

(え……お父さん?)

 しかもしきりに、私の名前を呼んでいる。

「和奏ー……どこだ? どこにいるー? 和奏ー」

 私は慌てて、それまでのんびりと登っていた道を駆け上がった。

「お父さん! ここだよ!」

 庭の植え込みを揺らしてざざざっと父の前に走りこんだ私を見て、父は驚いた顔をしたが、何も言わなかった。
 仕方がないので私のほうから訊ねる。

「どうしたの?」

 頭に被っていた手拭いを取り、ぺたんこになった髪を雑にかき上げながら、父は私に背を向けた。

「いや、特に用はないが……母屋に帰ってきたらお前がいないから……」

 ぽつぽつと呟かれる言葉は、単に事実を述べているだけで、それに関して父がどう思っているのかの説明はない。
 口数が少なくてあまり自分のことを語らない父に、母はよくイライラして、もっともっとと言葉を求めていたが、その気持ちもわからなくはない。

 父が言わないので自分で推し測るしかなく、夜に出歩いていたことを咎められているのだろうと、私は解釈した。

「ごめんなさい……こんなに遅くなると思わなくて」
「そうか」

 うしろ姿のまま呟き、家の中へ入っていく父に、私も続く。

(どこへ行ってたのかとか、誰といたのかとか……訊かれたら訊かれたで鬱陶しいと思うのかもしれないけど……何も訊かれないっていうのもな……)

 まるで『お前が何をしようと関係ない、興味もない』と言われているかのようで、そもそも父のところへ来たこと自体を、後悔してしまいそうになる。

(そうじゃない! お父さんはあまりしゃべらない人なんだって、昔の記憶でも、ここに来てからの経験でも、よくわかってるじゃない……無関心とかそういうことじゃないんだよ、たぶん……きっと……)

 断定できないところが我ながら苦しいが、そう思っていなければ、ここへ来た私の選択は、父にとっては迷惑でしかないという結論にたどり着いてしまい、悲しくなる。

(迷惑……なのかな……)

 紺地の作務衣に包まれた広い背中を追って、私も家の中へ入った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

ばあちゃんの豆しとぎ

ようさん
ライト文芸
※※「第七回ほっこり・じんわり大賞」にて奨励賞をいただきました。ありがとうございます※※ 「人生はアップで観れば悲劇、遠写なら喜劇 byチャールズ・チャップリン」  2児の母である「私」。祖母が突然亡くなり、真冬の北三陸に帰省する事に。しかも祖母の遺志で昔ながらの三晩続く通夜と葬儀を自宅で行うという。実家は古民家でもなければ豪邸でもないごく普通の昭和築6SK住宅で、親戚や縁故だらけの田舎の葬式は最低でも百人以上の弔問客が集まるーーそんな事できるの???  しかも平日ど真ん中で療育の必要な二男、遠距離出張中でどこか他人事の夫、と出発前から問題は山積み。  18歳まで過ごした実家、懐かしい顔ーーだが三世代六人が寝泊まりし、早朝から近所の人から覚えてないような親戚までもが出入りする空間にプライバシーは無く、両親も娘に遠慮が無い。しかも知らない風習だらけでてんやわんや。  親子、きょうだい、祖父母と孫ーー身内だからこそ生じる感情のズレやぶつかり合い、誰にも気づいてもらえないお互いのトラウマ。そんな中、喪主の父と縁の下の力持ちの母がまさかの仲違いで職務放棄???  自由過ぎる旧友やイケメン後輩との意外な再会ーー懐かしい人々の力を借りながら、家族で力を合わせて無事に祖母を送る事はできるのか……? ※2000年代が舞台のフィクションです。 ※複数の地方の風習や昭和、平成当時の暮らしぶりや昔話が出てきますが、研究や定説によるものではなく個人の回想によるものです。 ※会話文に方言や昭和当時の表現が出てきます。ご容赦ください。 ※なお、某朝ドラで流行語となった「じぇじぇじぇ!」という感嘆詞について、番組放送前は地域限定型の方言でネイティブ話者は百人程度(適当)であった事をついでに申し添えておきます(豆知識)

【完結】幼馴染に婚約破棄されたので、別の人と結婚することにしました

鹿乃目めの
恋愛
セヴィリエ伯爵令嬢クララは、幼馴染であるノランサス伯爵子息アランと婚約していたが、アランの女遊びに悩まされてきた。 ある日、アランの浮気相手から「アランは私と結婚したいと言っている」と言われ、アランからの手紙を渡される。そこには婚約を破棄すると書かれていた。 失意のクララは、国一番の変わり者と言われているドラヴァレン辺境伯ロイドからの求婚を受けることにした。 主人公が本当の愛を手に入れる話。 独自設定のファンタジーです。実際の歴史や常識とは異なります。 さくっと読める短編です。 ※完結しました。ありがとうございました。 閲覧・いいね・お気に入り・感想などありがとうございます。 (次作執筆に集中するため、現在感想の受付は停止しております。感想を下さった方々、ありがとうございました)

きさらぎ村

白雪の雫
ライト文芸
この話は、数年前のCSで放送していた某番組を見て初めて知った「きさらぎ駅」が元となっています。 数年前に、ブログで別の名前で載せていた「きさらぎ村」を加筆修正したものです。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

女装男子は百合乙女の夢を見るか? ✿【男の娘の女子校生活】学園一の美少女に付きまとわれて幼なじみの貞操が危なくなった。

千石杏香
ライト文芸
✿【好きな人が百合なら女の子になるしかない】 男子中学生・上原一冴(うえはら・かずさ)は陰キャでボッチだ。ある日のこと、学園一の美少女・鈴宮蘭(すずみや・らん)が女子とキスしているところを目撃する。蘭は同性愛者なのか――。こっそりと妹の制服を借りて始めた女装。鏡に映った自分は女子そのものだった。しかし、幼なじみ・東條菊花(とうじょう・きっか)に現場を取り押さえられる。 菊花に嵌められた一冴は、中学卒業後に女子校へ進学することが決まる。三年間、女子高生の「いちご」として生活し、女子寮で暮らさなければならない。 「女が女を好きになるはずがない」 女子しかいない学校で、男子だとバレていないなら、一冴は誰にも盗られない――そんな思惑を巡らせる菊花。 しかし女子寮には、「いちご」の正体が一冴だと知らない蘭がいた。それこそが修羅場の始まりだった。

僕は精神病である。

中七七三
ライト文芸
 僕は精神病である。まだ寛解していない。  仕事がきっかけで病気になったらしいのだが、いつおかしくなったかはとんと見当がつかない。  何でも、薄暗く誰もいない深夜のオフィスの床に倒れ込み、寝ていた事は記憶している。翌日、新人が僕を発見した。そこで絶叫されたので記憶は鮮明だ。 ======================= 完全フィクションの精神病、闘病記である。 =====================

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

処理中です...