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第五章

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「まったく……ひどい目にあった……」

 何度もぼやくフィオレンツィオは、リリーアが座る椅子に背を向けて、王族用の座席からは一段低くなった場所に立っている。
 そこは公式行事の際に、王族の警護のため、近衛騎士が控える場所だそうで、アルノルト王子の代わりにやってきたフィオレンツィオは、困ったようにリリーアに軽く頭を下げると、すぐその場所に回り込んでしまった。

 真後ろなので声は届くが、顔が見えないので、リリーアは逆に安堵する。
 アルノルト王子におかしなことを言われ、今はどういう顔をしてフィオレンツィオと向き合っていいのかわからなかった。

「後で責められるかもって、殿下がおっしゃってました」

 リリーアが伝えると、フィオレンツィオは憤慨したように、大きく息を吐く。

「もちろん責めるさ。俺は盛装なんて嫌いだ……いつもの騎士服で、こうして目立たないように警護の位置についているほうが落ち着く」

 それでも、ちらりと見た盛装姿のフィオレンツィオは、王子と同じでため息が出るほど麗しかったので、場に花を添える意味でも、王子が着飾らせたい気持ちは、リリーアにもわかる。

「よく似合っていて……素敵ですよ」

 思ったことをそのまま伝えると、少し沈黙した後に、口調を改めて仕返しされた。

「姫君こそ……いつにも増してお綺麗ですよ」

 ちょうど給仕係がお茶と軽食を運んできたところだったので、姫に接する騎士のように態度を変えられたのだろう。
 言葉をそのまま受け取っていいのか微妙なのに、フィオレンツィオの声音がとても真摯だったこともあり、リリーアはそわそわと落ち着かなくなる。
 急に脈拍が上がり、頬が熱くなる。

「殿下の代わりに、姫君のお相手するようにと申しつけられましたので……よかったら、私と一曲……」

 ダンスの申し込みをされそうに感じたので、フィオレンツィオの言葉が全て終わる前に、リリーアはとっさに椅子から立ち上がった。

「私! 少し暑いので……夜風にあたってまいります!」

 声高らかに宣言したリリーアに、フィオレンツィオは虚を突かれたふうだったが、すぐに笑い交じりに同調してくれた。

「そうですか……それでは私もお供します」
「――――!」

 アルノルト王子と踊った時のように、平然とダンスすることがフィオレンツィオ相手では出来そうになく、うまく逃げたつもりだったリリーアは、ますます窮地に立たされた。
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