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第二章
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街から少し離れた場所まで馬を走らせると、フィオレンツィオとドナテーノはようやく会話を始めた。
「今日は遅めに出発して、途中でもう一晩宿を取るつもりだったのですが……」
「ああ……このぶんなら、あまり休まず進み続ければ、夜にはなるだろうが、王都まで一気に行けるな……そうするか?」
「ええ」
二人が今後の旅の方針を決定するのを待って、リリーナは口を開いた。
「あの……」
ルーヴェンスの街で起きた出来事について、疑問が溜まっている。
いったい何から尋ねたらいいのかと迷ううちに、フィオレンツィオが話し始めた。
「ベルトランド前国王陛下なら……俺の母の父だ」
「ああ、だから『祖父』……って、えええええっ!?」
大きな叫び声を上げて驚くリリーアを、フィオレンツィオは「ははは」と屈託なく笑う。
ドナテーノは、うるさいとばかりに、あからさまに手で耳を塞いでみせる。
「フィオレンツィオ様は、前国王ベルトランド・エフィージオ・ディ・グランディス陛下のご息女、フランチェスカ様が、エッシェンバッハ侯爵に降嫁なさってお産みになったご子息です。あなたに身代わりをお願いしたコンスタンツェ姫の婚約者――アルノルト王子殿下の近衛騎士でもありますが、同時に殿下の従兄でもあります。だから、我々はせめて、前国王陛下には若い頃のお姿にうり二つの外孫がいるということを、知っているような階級の者が、営んだり集ったりしている場所にだけ、立ち寄るべきなんです」
「そう……だったんですね」
そういう事情があるとは知らず、なるべく目立たないほうがいいだろうという理由だけで、安い宿を決めてしまった自分を、リリーアは反省する。
その肩を、フィオレンツィオが励ますように叩いた。
「まあ、たまにはいいじゃないか。珍しいことが多くて、俺は楽しかったぞ」
「そういう問題じゃありません」
ぷいっと顔を逸らしたドナテーノは、馬の速度を上げる。
「おかげで、美味しそうな卵料理を食べ損ねました」
フィオレンツィオも馬を急がせながら、笑みを深くする。
「なんだ、お前もやっぱり食べたかったんじゃないか」
「美味しい食べ物に貴賤はありませんから」
「だな」
二人のやり取りに耳を傾けながら、リリーアはやはり、自分とは生きる世界が違う者たちだということを、ひしひしと実感していた。
(記憶はないけれど、カルンの町の人たちと話をしていて、困ることはなかったもの……住むところだって、食べ物だって、服だって、分けてもらったものが、私にとっても普通だった。でも、この人たちは違う……)
煌びやかな装飾がついた騎士服を身にまとっている以上に、実はこの上なく高貴な血筋であるというフィオレンツィオを、ちらりと振り返る。
「ん? どうした?」
彼は、これまでと同じような垣根のない笑顔を向けてくれたが、何も考えずそれに見惚れることは、今のリリーアには難しかった。
「……なんでもありません」
これから王城へ行って過ごす身代わり生活に、改めて緊張の思いを大きくした。
「今日は遅めに出発して、途中でもう一晩宿を取るつもりだったのですが……」
「ああ……このぶんなら、あまり休まず進み続ければ、夜にはなるだろうが、王都まで一気に行けるな……そうするか?」
「ええ」
二人が今後の旅の方針を決定するのを待って、リリーナは口を開いた。
「あの……」
ルーヴェンスの街で起きた出来事について、疑問が溜まっている。
いったい何から尋ねたらいいのかと迷ううちに、フィオレンツィオが話し始めた。
「ベルトランド前国王陛下なら……俺の母の父だ」
「ああ、だから『祖父』……って、えええええっ!?」
大きな叫び声を上げて驚くリリーアを、フィオレンツィオは「ははは」と屈託なく笑う。
ドナテーノは、うるさいとばかりに、あからさまに手で耳を塞いでみせる。
「フィオレンツィオ様は、前国王ベルトランド・エフィージオ・ディ・グランディス陛下のご息女、フランチェスカ様が、エッシェンバッハ侯爵に降嫁なさってお産みになったご子息です。あなたに身代わりをお願いしたコンスタンツェ姫の婚約者――アルノルト王子殿下の近衛騎士でもありますが、同時に殿下の従兄でもあります。だから、我々はせめて、前国王陛下には若い頃のお姿にうり二つの外孫がいるということを、知っているような階級の者が、営んだり集ったりしている場所にだけ、立ち寄るべきなんです」
「そう……だったんですね」
そういう事情があるとは知らず、なるべく目立たないほうがいいだろうという理由だけで、安い宿を決めてしまった自分を、リリーアは反省する。
その肩を、フィオレンツィオが励ますように叩いた。
「まあ、たまにはいいじゃないか。珍しいことが多くて、俺は楽しかったぞ」
「そういう問題じゃありません」
ぷいっと顔を逸らしたドナテーノは、馬の速度を上げる。
「おかげで、美味しそうな卵料理を食べ損ねました」
フィオレンツィオも馬を急がせながら、笑みを深くする。
「なんだ、お前もやっぱり食べたかったんじゃないか」
「美味しい食べ物に貴賤はありませんから」
「だな」
二人のやり取りに耳を傾けながら、リリーアはやはり、自分とは生きる世界が違う者たちだということを、ひしひしと実感していた。
(記憶はないけれど、カルンの町の人たちと話をしていて、困ることはなかったもの……住むところだって、食べ物だって、服だって、分けてもらったものが、私にとっても普通だった。でも、この人たちは違う……)
煌びやかな装飾がついた騎士服を身にまとっている以上に、実はこの上なく高貴な血筋であるというフィオレンツィオを、ちらりと振り返る。
「ん? どうした?」
彼は、これまでと同じような垣根のない笑顔を向けてくれたが、何も考えずそれに見惚れることは、今のリリーアには難しかった。
「……なんでもありません」
これから王城へ行って過ごす身代わり生活に、改めて緊張の思いを大きくした。
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